-10.4-24 時間24
「……ねぇ、お姉ちゃん。なんでポラリスさんが話し始めたとき、私の耳を押さえたの?」
「えっ?んー……ちょっと、大人の話をしなきゃならないかな、って思ったからよ?」
「えっと……あのときお姉ちゃんが抑えてたのって頭の方の耳だから、ポラリスさんたちとの話、全部聞こえてたんだけど……」
「…………あ」
どこからともなく叫び声が聞こえてからすぐ、未来との会話を切断したワルツたち。それから彼女たちは、なんとも微妙そうな空気を纏いつつ、叫び声を上げただろう人物がいるはずの馬小屋へと戻ってきた。
するとそこでは案の定——
「ゆ、指がぁぁぁぁ!!」じたばた
——と叫びながら、地面を転げ回るエンデルス少年の姿が……。どうやら彼は、ポラリス(小)に指を囓られてしまったらしい。それも、千切れるほどに思い切り……。
「ちょっと、落ち着きなさいよ。エンデルス。それともあれ?痛いの痛いのなんとかー、って言わなきゃダメ?」
「そ、そんなこと言ったって、ドラゴンに指を噛まれて……!」じたばた
「えぇ、分かってるから、まずは落ち着きなさい。落ちついたら今度は、自分の指を見てみなさい?」
「ゆ、指って…………あれ?」
「血は付いてるけど、元に戻ってるでしょ?(ナノマシンが治しちゃうから)」
「うん……治ってる……」
つい直前まで猛烈な痛みに襲われていた上、ドクドクと血液が流れ出していたのは間違いないというのに、ワルツに言われて改めて見てみると、元通りになっていた自身の指。それを見たエンデルス少年は、まさに狐に化かされたと言わんばかりの様子で、首を傾げてしまった。
なお、これは繰り返しになるが、彼の体内にナノマシンを注入したのはカタリナである。"女神"によって神になる呪い——もとい、魔力を暴走させる女神製のナノマシンの注入を受けた彼を助けようと、カタリナが彼の身体に、ワルツ製のナノマシンを注入したのだ。その結果、彼は、不死身(?)の肉体と長寿命を得ることになり……。エルフという種族であることも相まって、1000年以上の時を生きることになった、というわけである。
まぁ、それはさておいて……。
未だエンデルス少年の頭は、現実を受け入れられずにいたようだ。
「これ……回復魔法?でも、欠損部位が治るなんて聞いたこと……」
「……聞いたこと無いって?えぇ、回復魔法よ?魔法っていう名の進んだ科学、ってやつだけどね」
「ふーん。やっぱり、お姉ちゃんすごい!」
「なんでお姉ちゃん……」
と、ワルツが納得出来なさそうな表情を浮かべていると……。エンデルスに噛みついた後で何やらムシャムシャと口を動かしていたポラリス(小)を押さえていたメイド勇者が、エンデルス少年に代わって口を開いた。
「エンデルス君、ワルツ様のことを、随分と尊敬されているようですよ?」
「尊敬?尊敬されるようなことなんてした覚えないんだけど?」
「指を治したり、空を飛んだり、魔王たちを傷付けずに撃退したり……。色々とありましたよね?」
「最後のは単なる偶然よ、偶然。あれ、完全に自滅だったし……」
そう言って、焼け落ちた城のことを思い出すワルツ。それは、捕らえられていた人々曰く、恐るべき魔王が住まう城。実際には、魔王城ではなく、ドラゴニュートたちの居城だったものの……。それを知る術は、今のところなかったりする。
その際、ワルツには、ふと思い出すことがあったようだ。
「あ、そうそう。捕まってた人たちのために、仮住まいを作んなきゃね」
すぐには帰ることの出来ない人々のために、避難所を作ろう、というわけである。
「というわけで、ルシア?頼める?」
「うん。どんな感じにすればいいかなぁ?」
「そうねぇ……。とりあえず、サウスフォートレスにあったような感じの大きな城壁を作って……」
「城壁を作って?」ドゴォォォォン
「町の中心部が高くなるように造成して……」
「造成して?」ドゴォォォォン
「あとは……適当に石造りの建物があれば、それっぽいんじゃない?」
「おっけー、適当な建物ねー」ドゴォォォォン
「……ねぇ、ルシア?」
「うん?」ドゴゴゴゴッ
「なんかすごい揺れてるし、外で大きな音がするんだけど……何?」
「忘れないように、お姉ちゃんが言ったことをすぐにやっただけだけど?」ドンッ
「……だと思った」
そう言って呆れたように溜息を吐いた後で、馬小屋の入り口の方を振り向くワルツ。その結果、彼女の目に入ってきた景色は、随分と様変わりしていたようだ。
例えば、標高。彼女たちがいた場所は、ただの平地だったはずが、今ではなぜか小高い丘の上になっていて……。夜だったために暗かったものの、辺り一帯の草原が見渡せるようになっていた。
その他、つい先ほどまでは瓦礫の山でしかなかった城跡にも、立派な城が建っていたようである。ただし城には、基礎と柱、それに壁だけしかなく……。扉や窓硝子など、石で作れない部分は、何も付いていない状態だった。どうやら魔法だけでは作れなかったようである。
そんな、サウスフォートレス(予定地)の劇的大改造を目の当たりにしていた人々は、当事者であるワルツとルシアを除いて、全員が目を丸くしていた。それはメイド勇者など未来のミッドエデンから同行してきた者たちも例外ではなく……。彼らもまた、開いた口が塞がらなかったようだ。まぁ、それをルシアがやったのだと理解していた点だけは、この時代の人々との大きな違いだったようだが。
「これ……いつも思うんだけど、どうやってるの?」
「転移魔法と土魔法と、あと重力制御魔法を使って、土砂を移動したり、石を切り出したり、それを積み上げたり……多分、積み木と一緒かなぁ?」
「町作りと積み木が一緒ね……」
そう言って、遠い視線を空に浮かぶ月へと向けるワルツ。その表情には、何かを諦めたような色が含まれていたようだが……。彼女が一体何を諦めたのかは不明である。




