-10.4-11 時間11
多くの人々が視線を集中させていた井戸。それは、地下に作られた牢獄に続く深い縦穴だった。そう、何の変哲も無い、ただの縦穴である。なので、穴の中から大量の魔力が噴き出すなど、本来、絶対にあり得ないはずの事だった。ただし、"精霊"が良からぬモノを連れてこない限り……。
だからこそ、そこには、多くの人だかりが出来ていた。武器を構える兵士。何事かと注視する野次馬。あるいは通りすがりの魔王などなど……。皆が魔王城の中に作られた井戸に目を向け、次に何が起こるのかと警戒した。中から出てくるモノは何か。出てきた時点で有無を言わさず攻撃しても良いのか。あるいは丁重に対応した方が良いのか……。魔王だけでなく、そこにいた数多くの者たちが、穴蔵の中から出てくる者の姿に想像を巡らせた。
そんな中、井戸から出てきたのは——
「「「リビング……アーマー……?」」」ざわざわ
——見かけないデザインの鎧だったようである。
それに対し、魔王————魔族を束ねる国の王が、毅然とした態度で問いかける。
彼はドラゴニュート。ただ、その見た目は、若くして禿げた壮年の男性のような見た目で……。むしろオットセイの獣人と言った方がしっくりくる姿だったようだ。
「お前は何者だ?」
そう言って凄む魔王。ただその言葉だけでも、そこには得も言われぬ迫力があり、その容姿とはまるで異なる"魔王"らしい雰囲気を漂わせていた。
そんな彼に対し、井戸の中から現れたリビングアーマーは返答するのだが——
「あー、これは失礼し……し、し、し……しつ……しししし」ガクガク
——突然、動きが怪しくなる。
「ワ、ワ、ワイヤー……ひっか……ひっかか……」ガガガガガ!!
「「「!?」」」びくぅ
もはや人の姿を保たず、リビングアーマーどころか、生物ですらない動きをする謎の物体。腕の関節が270度ほど後ろに回転し、頭が胸部にめり込み、膝が逆関節になって、腰が猛烈な勢いで回転する……。その光景を前に、人々は思わず後ずさり、そして身構えた。
その間にもリビングアーマーは、形状だけでなく、色も次々と変えていく。白銀から灰、灰から極彩色、そして最後には、絵の具を混ぜたようなドス黒い色へ……。
そんな非常識な現象を前に、人々の正気は長く保たなかった。
「う、うわぁぁぁぁ?!」
「ば、ばけものだぁぁぁ!!」
「逃げろぉぉぉぉぉ!!」
そして散り散りになっていく野次馬たち。
一方、魔王の部下と思しき兵士たちは、その異様な物体を前に、逃げ出したい足を押さえながら、必死に踏ん張っていたようである。
そんな彼らに魔王からの命令が下る。
「ぜ、全員変化っ!撃てぇぇぇっ!」
ドゴォォォォ!!
その場にいた兵士たち全員が人の姿からドラゴンへと変わり、皆、揃って、ブレスを浴びせかけ始めたのだ。たとえその先に仲間がいても。たとえその炎が城に延焼しても。たとえリビングアーマーにダメージが与えられなかったとしても……。皆、必死になって、目の前の"異常"をこの世から消し飛ばそうとした。
そして城は炎に包まれたのである……。
◇
「うわー、なんか急に撃たれたわ……ドラゴンブレス」
「ドラゴン?どういうこと?」
「んー、その辺、よく分かんないのよね。ちょっと光ファイバーケーブルが井戸の淵に引っかかっちゃってさ?それをはずそうとして引っ張ってたら、急に撃たれたのよ。私のこと化け物だ、って。失礼しちゃうわよね?」
「うん、それ酷いね?」
「…………」
姉妹のそんなやり取りを見て、何とも言いがたい表情を浮かべていたエンデルス少年。そんな彼の視線の先にいたワルツの姿は、ブロック状のノイズが走っていたり、頭が無くなっていたり、胸に大きな穴が空いていたり……。明らかに"人"ではない雰囲気を漂わせていたようである。どうやらホログラムを表示するための光ファイバーが、今もなお縺れたままになっているらしい。まぁ、ルシアにとっては見慣れた光景だったようだが。
それから間もなくして、どうにか我を取り戻したエンデルス少年が、未だおかしな状態にあったワルツに対し、意を決して問いかけた。
「ま、魔神様?とりあえず、その……姿の話は置いておくとして、どうしてあの炎は、井戸の中に入ってこないんだ?すぐそこを流れて行ってるのは見えてるけど、こっちに入ってこなくて不思議なんだが……それに熱くないし……」
「そりゃまぁ、跳ね返してるからね?」
「「跳ね返す?」」
「実は、私のこの姿って、熱にあまり強くないのよ。多分、その辺にいるスライム以下ね(スライムが弱いって前提の話だけど)」
「「えっ……」」
「だから、ブレスの直撃を受けないように跳ね返してるのよ。……何?跳ね返ったブレスがどこに飛んでいったのか心配?まぁ、ドラゴンブレスって、ルシアの魔法みたいに強力な訳じゃなさそうだし、誰かに当たっても大丈夫でしょ。きっと」
と、ドラゴニュートもといドラゴンたちの集中砲火を強力ではないと評価していたワルツ。その言葉にはルシアも同意見だった様子で、さらに言えば、エンデルス少年も「そんなものか」程度にしか思っていなかったようである。どうやら彼も、徐々に自分の中の評価の基準を、その場の空気(?)に合わせて変えつつあったようだ。
……なお、敢えて言うまでも無いことだが、その基準は彼女たちの頭の中にある基準であって、物理的・魔力的なエネルギーの基準値ではない。その証拠に彼女たちの後ろにいた人々が、とある反応を見せていたのだが……。まぁ、ワルツたちにとっては大したことではないので、詳しい説明は省略する。
「「「ひぃぃぃぃっ?!」」」
サンタ・テレサになってみたいのじゃ……。
もちろん、トナカイはルシアj
ブゥン……




