第38話 招集されたので来ましたが、思ったより整っていないみたいです
王城の正門をくぐったのは昼前のことだった。
馬車が止まると、正面に侍従が2列に並んでいた。
上席の侍従長が一歩前に出て、深く頭を下げた。
「お迎えいたします、リシェル殿下」
左右の列が揃って頭を下げた。
荷はすぐに別の侍従が受け取り、部屋へ運ぶ段取りがその場で動き始めた。
後ろにはルナと老執事が続いている。
廊下の感じは変わっていなかった。
幼い頃から何度か出入りした王城で、歩き慣れた廊下だった。
ただ、使用人の動きが普段より多かった。
誘導しながら前を歩く侍従も、少し急ぎ足だった。
廊下の角で、2名が同じ侍従に声をかけていた。
問われている侍従は片方に答えながら、もう片方にも顔を向けていた。
別々に動いた2人が、同じ内容を同じ人間に確認しに来ている形だった。
表面上は整っている。
床は磨かれているし、各所に人員が配置されている。
ただ、流れが何箇所かで重なっていた。
前世で言うなら、大きな行事の前日ほど担当者に質問が集中して、その人間が一番動けなくなる。今の王城の廊下はそれに近かった。
◇
案内された控えの間には、すでに何人かの王族が入っていた。
「リシェル」と声をかけてきたのは、第一王女クラリスだった。
席から立ち上がって歩いてきた。
リシェルより12ほど年上で、子供の頃から何かと気にかけてくれている人物だ。
「久しぶりね。離宮の生活はどう、元気にしてた?」
「おかげさまで。快適にしています」
「快適って、あなたらしい」とクラリスが笑った。
「評価がすごく良かったって聞いたわよ。フィリアンも感心してた」
「必要なものを整えただけです」
「それが一番難しいのよ」とクラリスが言い、少し声を落とした。
「今回は大変な集まりになってるから、無理しないでね。あなたに全部やらせるつもりはないから」
「分かっています」
クラリスが軽く肩を叩いて、自分の席に戻った。
他の王族たちにも順に挨拶をした。
第二王子セドリックは「よく来たな」と短く言い、特に続きはなかった。
第三王子リュシアンは書類から顔を上げて軽く頷き、すぐに視線を戻した。
第三王女ロザリーは「離宮ってどんな感じなの、聞いたことなかったわ」と声をかけてきたが、返答を待たずに侍女の方に顔を向けた。
第四王女エステルは「久しぶり、衣装が落ち着いているのね」と言い、それ以上は話さなかった。
必要な挨拶はあっさりと終わった。
◇
廊下に接した小部屋に通されると、王太子がすでに椅子に座っていた。
表情は崩れていない。ただ、消耗している顔だった。
「来たか」
「参集がかかりましたので」
「離宮の話は聞いている。台帳、書類、評価。声をかけたのはそれがあったからだ」
「必要な範囲だけ対応します。全部を引き受けるつもりはありません」
「構わない。頼めることだけ頼む」
「それであれば」
「他の者たちはまだ方向がそろっていない。確認が二重のところもあれば、抜けているところもある」と王太子が続けた。
「入り込まなくていい。見ておいてほしい」
「見るだけなら、いつでもできます」
「助かる」と王太子が言い、立ち上がった。
「この後、陛下にご挨拶を。今日の日程の最初に入っている」
「分かりました」
◇
王の執務室は廊下の奥にあった。
案内の侍従と王太子に続いて入ると、王は書机の前に座っていた。
立ち上がりはしなかった。ただ、こちらを見た。
「リシェル、か」と王が言った。
「お前の離宮のことは聞いている」
「ありがとうございます」
「台帳を整えたと聞いた。書類の経路も変えたそうだな」
「必要なものだけ整えました」
王が少し目を細めた。
「謙遜か、それとも本当にそれだけか」
「本当にそれだけです。自分が動きやすいようにしただけです」
王が短く息をついた。
怒ったわけではなかった。どちらかというと、納得したような顔だった。
「王宮は見ての通り、少し人が多い」
「見てきました」
「必要以上を背負わせるつもりはない」と王が続けた。
「ただ、ここにいる間は邪魔をしないでほしい。動く者は動ける範囲で動いてくれれば十分だ」
「こちらの持ち分を崩さない範囲なら」
王がもう一度こちらを見た。
何かを確かめるような目だったが、言葉にはしなかった。
「下がってよい」
◇
廊下に出ると、王太子がそこで待っていた。
「陛下は短く終わらせる方だ。あれで十分だ」
「そうですか」
「一つ聞く」
「どうぞ」
「他の宮の者たちは、今回の参集についてほぼ何の準備もせずに来た。確認を誰かに投げて、着いてから考えるつもりらしい」
「向こうの事情ですね」
「そうだ」と王太子が言い、少し止まった。
「だが毎回こちらが拾うことになる」
そういう構造なのだろう。
加護がある者が場を回せるわけではない。
立場があっても、段取りを組む習慣がなければ外から見えないところで穴が開く。
王太子はその穴を毎回埋めている。
「見ておくことはできます。ただし拾うのは王太子殿下の分だけにしてください」
王太子が少し笑った。あまり笑う方ではないらしかったが、疲れた顔には似合っていた。
「分かった」
◇
夕方、廊下を歩いていると、声をかけられた。
「リシェル殿下ですか」
振り向くと、年配の貴族が立っていた。
背が高く、白髪交じりで、書類を一冊抱えていた。
名前は知っている。
辺境の大領を持つ公爵で、長く王城に関わっている人物だった。
「マルクハルト公爵」
「よく準備をされてきたようで」と公爵が言い、廊下の奥の方をちらりと見た。
「離宮からおいでとは聞いていましたが、思ったより早くお出になりましたね」
「そうですか」
「陛下の謁見は、出てくる早さで大体分かります」と公爵が軽く言った。
「短く終わった時は、大抵どちらかです。退屈したか、もういいと思ったか」
「どちらだったと思いますか」
公爵が少し間を置いた。
「どちらでもなかったようですね」と言い、頭を小さく下げて歩いていった。
足音が遠くなった後も、廊下にはまだ人が行き来していた。
宛がわれた部屋は廊下の端にあった。
荷を置いてから窓の外を見ると、王城の庭が見えた。
きれいに整えられているが、今の季節は少し寂しい色をしていた。
明日から何か頼みたいことがある、と王太子は言った。
内容はまだ聞いていない。
王宮は大きくて、散っていて、人が多かった。
離宮は今頃、静かなはずだった。
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