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加護なしの第七王女ですが、前世が限界社畜だったので離宮暮らしが快適すぎます!  作者: 小狐


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第39話 見ておいてほしいと言われたので、崩れている順番だけ拾っておきます

 王宮の朝は、窓を開ける前から人の気配がした。


 廊下を行き交う足音が何通りか重なり、どこかで扉が開き、どこかで水差しが置かれる。

 離宮では聞かない種類の音だった。


 起き上がって窓のほうを見ると、外の庭にも使用人が何人か立っていた。

 掃き掃除をしている者がいて、その横で別の者が指示書らしきものを広げ、さらに別の者が小走りに走っていく。


 「人が多い朝ですね」


 独り言にもならない声が出た。


 離宮なら、この時間にはもう朝の確認が終わっている頃だ。

 ルナが水差しを替えて、老執事が日程を1枚にまとめて持ってくる。

 フェルドは庭の様子を報告して、それで朝が始まる。


 ここは違う。整っていないわけではない。

 ただ、同じ仕事を何人かが少しずつ分けて持っていて、誰が全体を見ているのかが見えなかった。


 前世で言うなら、大きな催事の朝ほど担当者が散って、どこに聞けば最新が出るのかが曖昧になるものだった。

 今の王宮の朝は、それに近い空気だった。





 着替えを済ませてしばらく経った頃、扉の外で侍従の声がした。


 「リシェル殿下、王太子殿下より書類を預かって参りました」


 「お通しして」


 入ってきたのは若い侍従で、両手に抱えた束をテーブルの端にそっと置き、軽く頭を下げた。


 「王太子殿下からです。ご多忙の中、お手すきで目を通していただければ、との言伝でございます」


 「分かりました。置いていってもらえますか」


 「失礼いたします」


 侍従が出ていくと、部屋は元の静けさに戻った。

 離宮の静けさではない。

 人が引いた後に残る、仮の静けさだった。


 テーブルに近づいて束に目を落とした。


 厚みで言えば、離宮の1週間分くらいある。

 表紙には簡単な仕分けが書かれていた。

 来客受け入れ確認表、部屋割り、案内導線、控え室の割り当て、席次の補足資料。


 束をめくる前に、並び順だけを確かめた。

 上から下まで紙がきれいに揃っている。

 束ねた者はちゃんと整理してくれている。

 ただ、中身が揃っているかどうかは、また別の話だ。





 1枚目は来客受け入れ確認表だった。


 名前の横に確認欄が並んでいて、そこに複数の担当者の印が入っていた。

 よく見ると、同じ来客の同じ項目に2人から印が入っているところがいくつかある。


 片方は宮内卿筋、もう片方は王太子付き。

 別々の人間が、同じ確認を別々にやっている形だった。


 紙をめくると、部屋割りの表が出てきた。

 こちらは綺麗に埋まっているのだが、最終の更新時刻がどこにも書かれていない。

 いつの時点の部屋割りなのかが読み取れなかった。


 次が案内導線。

 廊下の番号と案内係の名前が並んでいて、途中まで担当が決まっていて、途中から空欄になっていた。

 控え室の入口までで線が切れている形で、そこから先は誰が引き継ぐのかが書かれていない。


 席次の補足資料には、控え室と席次表の更新時刻が記されていた。

 それが部屋割りの時刻と揃っていない。数時間単位でずれている。


 一通り見てから、紙を元の順番に戻した。


 人が足りないのではなかった。

 確認も、部屋割りも、案内導線も、それぞれに担当者はついている。

 ただ、誰が最終の持ち主なのかがどこにも書かれておらず、繋ぎ目のところで一人ひとりが少しずつ遠慮しあっている気配がした。


 前世で言うなら、会議そのものより、誰が最新版を持っているかが見えないときのほうが、よほど面倒だった。


 「崩れているのは人ではなく、順番ですね」


 独り言が出た。


 王太子殿下に返すのは、口頭ではなく書面のほうがいい。

 会いに行けば話がそのぶん広がるし、人を挟めばまた新しい確認が1つ増える。

 拾うのは殿下の分だけ、と自分で言ったのだ。

 見たところを数行にまとめて、使いに預ければ足りる。


 これなら、書くのは数行で済みそうだった。





 紙を1枚広げて、ペンを取った。


 書くことは最初から決まっていた。


 一つ、来客ごとの最終確認者を一人に固定すること。

 複数の担当が同じ項目に印を押す運用をやめ、最後の印を押す人間を先に決めておく。


 二つ、案内導線表と部屋割り表の更新時刻を揃えること。

 どちらか一方を直したら、もう一方も同じ時刻で書き直す。

 差分を生まないだけで、誰もが同じ版を見られるようになる。


 三つ、控え室案内の引き継ぎ地点を明記すること。

 廊下ごと担当を貼り替える必要はない。どこで誰に引き継ぐかだけ書いておけば、途中の確認はほとんどいらなくなる。


 書き終えてから、読み返した。三行で収まっている。


 長くはしなかった。

 長いほど、読む人間が大事なところを見落とす。

 王太子殿下は十分に回る方だ。芯だけを渡せば、あとは向こうで動ける。


 紙を畳んで、軽く封をした。

 廊下に顔を出して、先ほどの侍従を呼ぶ。


 「王太子殿下にお渡しください。目を通した件、と一言添えていただければ」


 「かしこまりました」


 侍従が軽く頭を下げて、廊下の奥へ戻っていった。


 ここまでで、今日の分の仕事はひと区切りだった。





 部屋にこもっていても仕方がないので、気分転換に少しだけ廊下を歩いた。


 角を曲がったところで、別々の女官が同じ文官に同じ質問をしていた。


 「確認表のほう、今朝の分はもう」


 「あ、わたくしもそれを伺いに」


 文官は困った顔をして、二人にそれぞれ別の紙を差し出した。

 別の紙ではあるが、書いてある内容は同じだった。


 もう少し先の廊下では、装飾の件でやり合っている声が聞こえた。

 席次を整えるべきか、花の高さを揃えるべきか、という話らしい。

 どちらから先でもいいような話を、別々の担当がそれぞれ真剣にやっている。


 向いていない人が向いていない仕事を頑張っている、という景色だった。

 悪気のある人間は、たぶんこの廊下には一人もいない。





 もう少し先まで歩くと、廊下の明るいほうに見覚えのある人影があった。


 「リシェル」


 柔らかい声だった。


 リシェルの母、第三王妃ミレイユが、付き添いの侍女を後ろに残して、数歩こちらへ近づいてきた。


 「来ていたのね」


 「ええ、呼ばれましたので」


 「聞いてはいたのだけれど、なかなか会えなくて。元気そうね」


 「おかげさまで」


 ミレイユが少しだけ目元をゆるめた。


 「離宮は気に入っているの」


 「とても気に入っています。こちらに来てから、なおさら分かりました」


 「それが一番よ」


 ミレイユがそう言って、軽く首を傾けた。


 「無理はしないでね。ここでは、あなたの分だけを済ませていきなさい」


 「そのつもりです」


 「それならいいの」


 ミレイユは多くを聞かなかった。

 手を軽く添えただけで、侍女を連れてまた廊下の奥へ戻っていった。


 歩いていく背中を見送ってから、一度だけ短く息をついた。


 気を張っていたつもりはなかったが、それでも少し、肩のあたりが緩んだ気がした。





 部屋に戻ってしばらく経った頃、扉が叩かれた。


 入ってきたのは先ほどの侍従だった。


 「王太子殿下より、お言伝でございます。『助かった。その通りに動かす』とのことです」


 「分かりました」


 「それと、もう一つ。『後ほど、もう一束ほど見てもらいたいものが出るかもしれない』と」


 「……承りました」


 侍従が一礼して下がっていった。


 紙の上の三行が、そのまま動くらしい。悪い気分ではなかった。


 ただ、もう一束、という言葉だけは少し引っかかった。

 今回と同じ種類のものなら構わない。

 そうでなかったときは、もう一度線を引き直す必要がある。


 窓の外を見ると、王宮の庭は相変わらず人の動きが多かった。

 整いきってはいないし、今日すぐに整うわけでもない。


 それでも、今日の分は見られた。

 全部ではないが、持ち分を崩さずに済むなら、まだ楽なほうだ。


 離宮なら、この時間はもう昼の片付けに入っている頃だろう。


 ここも、そのうち回り始めるのかもしれない。


読んでいただきありがとうございます。

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