第35話 秋の評価も近いそうですし、向こうは少し慌ただしいみたいです
朝、庭に出ると老庭師のフェルドが花壇の脇に苗を数本並べていた。
土は均されていて、夏向けのものはすでに跡形もない。
「今日から植え替えを始めます」とフェルドが苗の一本を手に取りながら言った。
「秋のものは入れる時期が大事です。遅れると根づく前に冷えてしまいます」
「次の季節は待ってくれないんですね」
「手を入れる時期を外すと、後が面倒になります」とフェルドが言い、土に穴を開けた。
「今のうちに入れておく方が、冬の前にもう一度状態を確かめられます」
フェルドが次の苗に手を伸ばすのを見てから、部屋へ戻った。
◇
部屋に老執事が帳簿と書類を抱えて待っていた。
「秋の年次評価の準備を始めます」と老執事が帳簿を開きながら言った。
「今年はフィリアン様からの変更通知により、書類2点が離宮の記録で代替できることになっています。提出段階での照会も一部省略できます。昨年より作業の流れが変わります」
「準備が少し軽くなりますね」
「帳簿の整理や書面の比較は例年通り進めますが、提出の確認が減りますので、全体の手間は少なくなります」
前世で言うなら、改善した後に仕事だけ増えることの方が多かった。
工数を減らしたはずが、空いた時間に別の作業が入る。
減る形で返ってくることは珍しかった。
「減るならその方が助かります。流れが変わる部分は確認しながら進めてください」
「承知しました。見比べておく書類は先に整理して出します」と老執事が帳簿を閉じ、部屋を出た。
入れ替わりにルナがお茶を持ってきた。
「今年は書類が少ないですね」と机の上を見ながら言った。
「2点、代替できることになりました」
「前よりずいぶん楽ですね」
「少しですが」
「少しでも楽になる方がいいです」とルナが茶杯を置いて言い、後ろへ下がった。
しばらくして、廊下から老執事の声が聞こえた。
「フェルマン様がお見えです。ご案内してよろしいですか」
「どうぞ」
フェルマンが部屋に入り、椅子の前で立ち止まった。
「失礼します」とフェルマンが座り、書類を一枚取り出して机の上に置いた。
「先日お伝えしました変更の件、正式な通知文書をお持ちしました」
書類に目を通した。書類2点の代替と、照会経路の簡略化が条文として並んでいる。
後ろで老執事が内容を確認し、「問題はありません」と言った。
「受け取ります」
「それと、もう一点お伝えしたいことがありまして」とフェルマンが続けた。
「どうぞ」
「他の宮での話になりますが、秋に向けての対外対応が立て込んでいます。客を迎える段取りの確認が何度も行き来していて、書面の整理が追いついていないようです。その都度、本宮への照会が増えています」
「その場でなんとかして、後から処理が積まれていくんですね」
「はい。秋には国が関わる行事が控えておりまして、各施設への準備の問い合わせが重なっています。それが今の慌ただしさに繋がっています」
秋に大きな行事がある、ということは前から聞いていた。
国が関わる規模になると、各宮の対応状況が一斉に問われる。
そういう時期が来ているということだった。
前世で言うなら、繁忙期の直前の空気に似ていた。
全体が焦り始めると後処理が積み上がり、焦りがさらに焦りを呼ぶ。
整えていない場所から先に崩れる。
「こちらまで巻き込まれないなら、それで十分です」
「離宮への影響は今のところありません。動きが出た場合は、事前にお知らせするよう上の者に伝えてあります」
「事前に分かれば助かります」
フェルマンが書類をまとめ、頭を下げて部屋を出た。
◇
しばらくして、ルナがお茶を持ってきた。
「向こうは少し大変そうですね」と茶杯を置きながら言った。
「段取りが整っていないみたいです」
「こちらまで慌ただしくならないといいですね」
「先に整えてありますから、今すぐ何かする必要はないです」
「秋は色々重なりますものね」とルナが言った。
「来るなら来るで、その時に考えます。今はここを整えておけば十分です」
ルナが静かに頷き、後ろへ下がった。
花壇の方を見ると、フェルドが植えたばかりの苗の向きを確かめていた。
まだ土に馴染んでいないようであった。
外は少し忙しくなりそうだったが、離宮の庭は静かだった。
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