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第27話 今日は静かなので、夏の準備を進めておきます

 朝、庭に出ると老庭師のフェルドが花壇の脇に土袋を並べていた。


 刈り込みの終わった花壇は、茎だけが短く切り揃えられて、土が広く見える。

 先週まで白と紫の花が並んでいた場所は、今は平らな土の面になっていた。

 まだ何も植わっていない分、土の広さがよく分かった。


 「今日は植え替えですか」


 「まだ土の準備だけです。今の土を少し休ませて混ぜ直して、来週あたりに夏のものを入れます」


 フェルドが土袋の口を確かめながら答えた。慌てる様子はない。


 「夏は何を植えるんですか」


 「日向に強いものを2種類。水が少なくても持つものにします」


 「手間が少ないものを選ぶんですね」


 「夏は水やりが多くなります。手間のかかるものを植えると、ひと月持ちません。選ぶのは今のうちです」


 フェルドが袋を花壇の端に沿って一列に並べ始めた。

 前世で言うなら、忙しくなってから準備を始めると間に合わない。

 静かな今のうちに動いておける職場は、それだけでかなり良かった。

 ここでは、フェルドがそれをあたりまえにやっていた。


 「来週には植わりますか」


 「土が落ち着けば。今週中に肥料を混ぜておきます」


 フェルドの手は止まらない。

 迷いがなかった。次にやることが決まっている人間の動きだった。


 リシェルも部屋に戻った。



 ◇



 しばらくして老執事が来た。日課の朝の確認だった。


 「本日は来客の予定はありません。帳簿は先週の確認が済んでいます。厨房の夏用備品の補充も昨日届いております。廊下の灯りも昨日点検が終わりました」


 「ありがとうございます。何か急ぎのものはありますか」


 「今のところございません。先月の整備が行き届いているので、今週は追加の対応が出ておりません」


 先月から続けた整備の結果が、今の状態を作っている。

 整えておくと、静かな週がそのまま静かに終わる。


 「厨房は」


 「料理長が夏向けの献立を試しております。冷たいものを増やしたいとのことで、今日の昼に1品出すと言っておりました」


 「分かりました。問題があれば知らせてください」


 老執事が頷いて出ていった。


 台帳を確認した。

 項目を一通り見て、5分ほどで終わった。

 前世なら半日かかることがあった。

 担当が複数いて、誰が何をしているか分からなくて、確認に確認が重なった。

 離宮は小さいが、その分全部が見渡せる。

 見渡せるから、早く終わる。

 これは仕組みの問題であって、人の問題ではなかった。



 ◇



 昼前に料理長が少し顔を出した。


 「夏向けに冷たいものを試しています。庭のハーブを少し使ってもいいですか」


 「フェルドに確認してください。今日は庭にいます」


 「ありがとうございます」と言って、料理長は戻った。


 昼に出てきたのは、薄く切った根菜をハーブと合わせて冷やしたものだった。

 さっぱりしていた。前世の夏の昼によく食べていたものに少し似ていた。


 「こういうのが増えると夏が楽しみになります」とルナが言い、少し嬉しそうな顔のまま片づけて出ていった。



 ◇



 午後は特に何もなかった。


 補給の確認書に署名をして、来週の庭作業の予定をフェルドから受け取って老執事に渡した。

 先週の整備記録を一通り確認して、特に問題がないことを見た。

 その間、誰も困っていなかった。誰も迷っていなかった。指示が短くて済んだ。


 こういう日は、手順が機能している日だった。


 夕方近くに、ルナが入ってきた。


 「フィリアン様から書状が届いております」


 リシェルは受け取って開いた。


 『書面、使っている。問い合わせは減った』


 2行だった。

 報告で、返答を求めている文ではなかった。


 「返事は」と老執事が入口から確認した。


 「不要です。使えているなら、それで十分です」


 老執事が「かしこまりました」と言い、引いた。


 窓の外で、フェルドがまだ庭にいた。

 土袋の残りを移動させているようだった。明日も続きがある。



 ◇



 夕食の後、ルナが茶を持ってきた。

 湯を注いで茶杯を置いてから「今日は静かでしたね」と言った。


 「静かでした」


 「フィリアン様からは何だったんですか」


 「使っている、問い合わせは減った、それだけです」


 「書いてよかったんですね、書面」


 「そうみたいです」


 「また何か来そうですけど」


 「来たら、その時に考えます」


 「でも今日は来なかった」


 「今日は来なかったです」


 ルナが少し間を置いた。


 「こういう日が続くといいんですけど」


 「続くかどうかは分かりません。ただ今日はここで終わりです」


 「そうですよね」とルナが言い、空になったトレイを抱えて出ていった。


 外はもう暗くなっていた。

 庭は静かだった。

 明日フェルドが土の準備を続けるだろう。

 来週には夏のものが植わるだろう。

 そうやって庭は動き続ける。


 書面が向こうで使われていることは、今日の2行で確かめた。

 外との往復は少し引いた。

 離宮の日常は今日もまだここにある。

 それが次にどう動くかは、また別の話だった。

読んでいただきありがとうございます。

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主人公も文章も、静かに淡々とかっこいい。
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