第28話 次はそこを整えたいそうです
朝、庭に出るとフェルドが花壇の中に入って地面を触っていた。
先週並べていた土袋はもう片づいている。
花壇の土は均されて、何かを植える前の静かな状態になっていた。
「来週が植え替えですか」
「はい。土が落ち着きました。今日は最後に状態を確かめているだけです」
フェルドが手で土を押しながら答えた。
手の平で押して、すぐ戻る感触を確かめているようだった。
「どこに何を植えるか、もう決まっていますか」
「決まっています。去年と場所を一部替えます。前年と同じものを同じ場所に続けると、土が偏ります」
「前の年のことを覚えているんですね」
フェルドが少し間を置いた。
「私は覚えています。ただ、誰かに引き継ぐなら書いておいた方がいいです。前に何を植えたか分からないまま次を選ぶと、土が対応できないことがあります」
記録があると、次が選びやすい。
分かっていたことだったが、今日のタイミングでその言葉を聞いた。
リシェルも部屋に戻った。
◇
昼前に老執事が来た。
「フィリアン様からお書状が届いています」
リシェルは受け取って開いた。
『前の書面、使い続けている。窓口の混乱は落ち着いた。次に整えたいのは内側だ。誰が何を判断したか、会議の前に何を確認するか、記録の残し方がばらばらになっている。同じ考え方で整えられないか。返答を待つ』
前回より長かった。内容も違った。
前回は『詰まっています』という連絡だった。
今回は『次に進みたい』という話だった。
前世で言うなら、火消しが終わった後に運用を整えたがるのは、組織が少し正気に戻ってきた証拠だった。
同じ混乱に戻らないために、次の仕組みを作りたがる。
そういう段階に入ったということだった。
「前の書面が効いたからこそ、次が来たということですな」
「そうみたいです」
「判断の記録、というのは本宮では確かに難しそうです。人数が多いと、誰が何を決めたか追えなくなりますから」
「離宮ではどうしていますか」
老執事が少し考えた。
「私が記録しています。誰がどういう理由で何を決めたか、私の手帳に残してあります。こちらは小さいので、それで足ります。本宮では同じやり方は難しいかもしれません」
「形式を揃えれば、人数が増えても使えます」
「それは確かに」と老執事が言い、少し考えてから「ただ、形式を決めるのが一番大変かもしれませんな。誰が決めるかで揉める場合がありますので」と続けた。
「たたき台があれば、揉めにくいです」
老執事が小さく頷いた。
◇
午後、ルナが茶を持ってきた。
「ルナ。指示が変わったとき、誰が変えたか分からないと困りますか」
ルナが少し首を傾けた。
「困ります。特に伝言で来た変更だと、誰が言ったのかが分からないまま動くことになって、後で確認が出たときに答えられないです」
「書いてあればどうですか」
「あれば全然違います。一行でも、誰がいつ何を決めたか書いてあると、次の人が迷わないです」
「ありがとうございます」
「何か来たんですか」
「フィリアン様から。今度は内部の記録の整え方を相談したいという話です」
「前の書面とは別の話ですか」
「別の話です。前回は客人への対応の表側でした。今回はその後ろにある内部の流れの話です」
ルナが少し考えてから「難しくなっていますね」とつぶやいた。
「でも殿下はまた書くんですか」
「条件次第です」
リシェルは机の前に戻り、紙を出した。
今回の相談テーマは2つだった。
判断の記録様式と、会議前の確認順。
どちらも書面で渡せる範囲の内容だったが、本宮の規模全体を対象にすると大きくなりすぎる。
相談を受けるとしたら、対象を一つに絞らせる必要があった。
フィリアンへの返書を書いた。長くしなかった。
『形式から整えるなら書面で渡せる。ただし対象を一つ絞るように。記録様式か確認順か、先に決めてから連絡してほしい。こちらが中に入って動く話ではない』
書き終えて老執事に渡した。
「届けてください」
「かしこまりました」と言い、老執事が部屋を出た。
◇
夕方、ルナが空いた茶杯を下げに来た。
「書状を返したんですね」
「はいと言う前に、条件を伝えました」
「条件というのは」
「どこから整えるかを向こうで決めてもらうことです。全部一度にはできません」
「前の書面が向こうでちゃんと使われているから、次の話が来たんですよね」
「そうみたいです」
「それは良かったですね」とルナが言い、茶杯を盆に乗せた。
「また殿下が何か書くんですか」
「向こうが絞ってきたら、たたき台くらいは作れます。書いて渡すだけで済むなら、それで十分です」
「向こうまで行くわけじゃないんですよね」
「行きません」
「なら、いいです」とルナが言い、少し間を置いてから「でも、少しずつ近くなってますよね、本宮と」と続けた。
「少しずつ、かもしれません」
ルナがそれを聞いて、何か言いかけて止めた。
代わりに盆を持ち直して「今日はここで終わりですか」と聞いた。
「今日はここで終わりです」
ルナが頷いて出ていった。
庭はもう夕方の色になっていた。
来週には花壇に夏のものが植わるだろう。
フェルドが土を整えたのは、次が決まっていたからだった。
向こうからの返答が来るまで、こちらはまだ何も作らない。
条件を伝えた。次は向こうが決める。
それが今日できたことだった。
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