見えない希望
「灯葉君」
ドロイトは焦りながら灯葉を軽く揺さぶった。
「灯葉君」
また揺さぶった。反応はなく、ただ無機物のようにされるがままだった。
「…灯葉…君」
その時、瞼が動いた。ドロイトに希望が一気に溢れた。
「灯葉君」
「…ドロイトか?」
掠れた声で、呟いた。
ドロイトは嬉しくなって、抱きついた。
「…良かった」
「…」
灯葉は黙った。
ドロイトは抱きつきながら囁いた。
「どうしたの」
「少し」
「…」
灯葉はドロイトの肩に触れた。
「話しても良いか」
「いいよ」
灯葉は満天の夜空に黒い目を揺らし、ぽつぽつと語り始めた。
「どうも、俺は駄目みたいだ」
「うん」
「思い返せば…」
強制的に異世界に転移させられた。
イミカに助けてもらったが…イミカがいなければどうなっていたかわからない。
不安だらけだった…一刻も早くもとの世界に帰りたかった…
その後、街に出かけることになった。
その街で、子供に会ったんだ。
内気だけど…自分なりに頑張ってるんだな、と思って…
でも、殺されてしまった。
悪魔に殺されたんだ。
俺の目の前で、母親に抱きかかえられたまま、二人とも死んでいた。
片足も無くなった。
痛かった…
その後、ケデロさんに会った。
元気な人で、優しくて、頼れる人だと思った。
…その後、色々あってリビアさんに出会った。
イミカはリビアさんのことが大好きみたいで…
同性愛、この世界にもあるんだなあって、上手く行くといいなって思った。
お前にも会った。…正直、初めは信用できなかった…今もそんなに信用しているわけじゃないけど、でも、なんとなく安心は出来るようになった。
…でも、リビアさんがケデロさんを殺しに来て…
イミカも、イミカも俺を殺しに来て…?
灯葉はバッと勢いよく起き上がった。体中から汗がふきでて、筋肉が震えていた。ドロイトは憐れみの目を灯葉に向けた。
「無理しない方が良いよ」
「…いや、駄目だ。話さなければ、いけないんだ」
暫く、灯葉は黙っていた。何度も唾を飲み込んだ。口の乾きを感じた。
灯葉は目の前の壁を見つめながら、口を再び開いた。
…イミカは俺を殺しに来た。
操られてたのかな…?多分そうだな…操られてたんだと思う。
それで、逃げて…
ドラセナに会った。そうだ、それでフルセルが浮いて、戦争が始まって。
老人の悪魔が来て、そう、悪魔の正体は兄で、
灯葉は咳き込んだ。
兄だった。悪魔は兄だった。
兄は悪魔になっていた。姿は変わっていたけど、でも心は兄のままで。
兄は向こうの世界で殺人を犯した。でも、わざとじゃないはずだ。兄は人を殺すような人間じゃないから。
だから、自暴自棄になって、逝ってしまったんだ。
…人生が嫌になった。
小学五年生の頃、ばあちゃんが逝ってしまった。俺は人が死ぬということに異常に敏感になって、すべてが心配になった。
例えば、車に乗って事故を起こして死んでしまわないかとか、プールに溺れて死んでしまわないかとか、階段から落ちて死んでしまわないかとか。
家族が逝ってしまうのが怖くて、ずっとそのことばかり言っていたんだ。
そのうちその心配性も消えた。
そんなときに、兄は逝った。俺の目の前で逝った。
最期に兄としたことといえば、東京の家賃はどんなもんなんだという寂れた会話だけだった!
俺は悶え苦しんだ。
兄に会えないものかと毎晩神に祈った。願った。最早再起不能に近い、精神状態になっていた。
でも、親に支えられて、徐々にけじめをつけられる様になっていった。
…一番辛いのは、親なのに、俺が支えてもらって…
最後に、全てにけりをつけるために、灯籠流しをした。
水面に揺れる灯籠の中に、枯れ落ちた葉っぱが混じってて、灯っていた。
灯葉の黒い目から、涙が零れ落ちていた。両目はもう正常な機能を失い、見えるのは魔波のみだった。
「もうけりをつけたのに、また俺の目の前に兄は現れて」
「…でも、正直嬉しかった。最後に、ちゃんとした別れを本人に告げられると思ったから!神様が願いを叶えてくれたのかって…!」
「なのに、またいなくなっちまった…!!」
「何も言えていないのに、逝ってしまった!!」




