降り頻る月光
レベオは両腕を広げた。
掌に、小さな石のようなものが乗っていた。リビアはせせら笑った。
「まだ続けていたのか、その研究を」
レベオは負けじと笑い飛ばした。
「楽しくてしょうがないんでね!」
掌の石は、青く燃えた。
リビアは目を見開いた。
「出来損ないにしては、よくやったじゃないか!」
「ありがとう」
水に波紋が広がる様に、レベオを中心として世界に青が広がっていった。青は瞬く間に辺り一帯を埋め尽くし、糸で作られたリビアはただの糸に戻った。
「一体、何なんだそれは」
ガーネットが聞くと、レベオは嬉しそうに返した。
「魔波を消したんだ。この辺りからな」
リーダーの男は、苦々しく笑った。
「それはすごい…で、あの化け物はどう倒すつもりだ」
レベオは巨大蜘蛛と化したリビアを見つめた。
「…おや、何故消えないんだ」
「どういうことだ」
「あれは幻覚かなにかの類かと思ったんだが」
蜘蛛がこちらを向いた。
リーダーの男は、半ば放心状態で蜘蛛を見つめた。
「…あれ、多分実体だぞ」
蜘蛛の口が裂けた。何かが伸びてくる…
巨大な、二対の牙だった。
「総員、一時撤退!!」
蜘蛛の子をちらしたように逃げる人間共を、蜘蛛が追いかけるという奇妙な構図が出来上がった。
「どうやったら奴を消せるんだ」
「奴が悪魔と言うなら、確実にコアがあるはずだ」
レベオはゆったりとした動きで這う蜘蛛を眺めながら、呟いていた。
「しかし、そのコアが見つからない…もしや、体から切り離したのでは…?」
レベオは全員に話しかけた。
「皆、リビアに最も親密な人物は誰だ!」
「え?あいつは群れるのは嫌いだったはずだぞ」
ガーネットが、ルビーを抱えながら応えた。
「確か、炎の魔女と友人関係にあったはずだ」
「よし、炎の魔女を探そう!」
蜘蛛は、動きを止めていた。
冷え切った夜空を、不安気に見つめていた。
あの巨大な星は、分厚い雲に覆われていた。
「何者かな」
ムージュは頬から血を流し、ドラセナを興味深そうに見つめていた。
ドラセナは髪を逆立て、仁王立ちでムージュを睨んでいた。後ろでドロイトが戸惑っていた。
ムージュは口を開いた。
「こんな化け物が、フルセルに存在していたとは…」
長剣に掌をふわりとかけた。
「…あまり大きな構えは好まないのだが」
左足を後ろに引き、腰を大きく落とした。
体の周りの魔波を強く歪める。こうすることで体は固定され、思い切りスタートを切ることができる。要するにスピードとは、弛緩と緊張の切り替えである。
「人間を殺すのに、派手な動きは要らない…しかし」
ムージュの目が艷やかにギラついた。
「獣を狩るには丁度良い!」
雲が切れ、隙間からあの星が覗いた。身体を包む星光を切り裂き、ムージュは神速で大地を踏み蹴った。
ドラセナは正に獣のように、反射で斬撃を捉えた。
ムージュはドラセナを叩き斬ったが、手応えがない。ドラセナは闇そのものとなり、ムージュに絡みついた。
それを振り切る星光は、月光と同等の神秘を秘めていた。
ドラセナの上空に闇が出現した。
血色の赤と、陰鬱の青と、欲望の黄が混じった厄災の黒であった。
それを人体に叩きつけた。
闇は無ではない。闇はそこに有るのである。
ムージュは溺死した。
握る長剣は弾き飛び、地面に突き刺さった。
しかしドラセナは不安気にムージュを見つめていた。
「ど、どうしたの」
「この人、おかしい…」
月光が閃いた。
闇は切り裂かれた。
ドラセナは自分の腕を抑えた。
「なに…?」
剣が刺さっている部分の土が、盛り上がっていた。
「遂に、私も二流か」
手が這い出た。そのさまは、刺さっている剣も相まって、墓から這い出てきた死霊のようだった。
身体が出てきた。
痩せこけたその体は、靭やかな筋肉に包まれていた。傷一つない、彫刻のようだ。
長い髪を地に向かって垂らす。
長剣は再び握られた。
「改めて名乗ろう」
女性か。男性か。
それとも、そもそも人間では無いのか。
それすらも、その身体から判断できなかった。
「月影のムージュ」
ムージュは構えた。この世界には無いはずの月が、そこにあった。
「その身に刻もう」




