美しく青き
「灯葉君。ドロイト君と共に逃げろ。絶対に。今すぐだ」
「俺も一応妨害とかはできませんかね」
「わかっているのだろう、奴の強さを。君は逃げることが一番だ」
灯葉君は頷き、ドロイト君と共に走り去っていった。縄で縛られたイミカ君は、ただ天を仰いでいた。
「逃げちゃったか。まあいいや。追いかける楽しみが出来ただけだ」
リビアの顔は既に治っていた。…悪魔というのは本当らしい。
「純正の悪魔とは、どういうことかねリビア」
彼女はにこやかに笑った。
「私は、生まれつき悪魔だったのです。多くの悪魔は、心もしくは外見から人間性を失うことで初めて悪魔となれます。それが本来の悪魔の成りかたです」
リビアはイミカの泣き顔を見つめながら話した。
「しかし私から言わせれば、それは不完全な悪魔です。心もしくは体に欠損が無ければ悪魔にはなれない。そんなボロボロの姿で悪魔だなんて、ありません」
「じゃあ君は」
「ええ。悪魔の子供です」
リビアは口元を歪めた。
「非常に面白いお話があるのですよ。子供を作るには勿論男と女が必要な訳ですがね、私の父親は四肢を欠損して芋虫状態。対して私の母親は心を欠損して情緒不安定。そんな二人の性行為です、何が起こったと思います?」
私は眉をひそめた。なんの話だ。
「それがね。母親は性行為の途中で父親を殺してしまったのですよ。気持ちが昂ぶってしまったらしくてね。なんとも無様じゃありませんか!」
私は激昂した。人間を明らかに侮辱している。
「何が言いたい!」
リビアは首を傾げた。
「貴方が一番わかっているのでは?」
私は大きく震えた。
「…どういうことだ」
「そのままの意味ですよ。性行為の途中で人が死ぬことの滑稽さは、貴方が一番知っているのでは、と。だって貴方は」
「口を慎めリビアァァ!!」
私は激昂し、飛びかかった。怒りと恐怖が入り混じっていた。
リビアは羽を広げた。そして、素早く閉じた。暴風は乱気流を生み、私を空に打ち上げた。
リビアは瞬く間に滑空を行い、私の胸に腕を突き刺した。
「…カッ…、」
「ね。一瞬でしょう」
俺は力を振り絞って、ハンマーを構えた。
「まだやる気で」
グシャっと音を立てて、リビアの頭部は潰れた。自分ごと落下していく。
「…まだ足掻くとは」
リビアは右手を掲げた。
ズン、と肉を断ち切り、俺の心臓に腕が突き刺さった。
「…」
意識が消えた。
思えば川の流れのような、荒れた人生だった。
あの頃。
私はロクという国で奴隷として動かされていた。
私の心と体は人としての扱いを受けさせてもらえず、日々道具として扱われた。
虐待など日常茶飯事。
その悪辣な状態が十年続いた。
夜、川の付近で石炭を運んでいるときだった。一人の人間が溺れているのが見えた。
私は急いで助け出した。女だった。名前もわからない、初対面の女だった。衣服から見て平民だろうと思った。
彼女は気絶していた。但し、息をしていた。
…私は、本当に何故あんなことをしたのか全くわからない。恐らくこれが、私の本性なのだろう。
私は、落ちていた石で彼女を撲殺した。
そして、死姦を行ったのだ。
何故殺したのかはわからない。犯すときの罪悪感からだろうか?それもわからない。
私はこれまで、人としての権利を踏み躙られてきた。しかし、心の中では私は敗北していなかった。
私は最終的に自ら、それを捨てたのだ。
ある日、転換点が訪れた。
クラダ、後の王国アラムであるが、そのクラダが侵略してきたのだ。ロク国内はもう大変な騒ぎとなり、奴隷は更に過激な労働を強いられた。
動けなくなったら殺された。
その頃ロク国内でも奴隷に対する扱いを改めたほうが良いのではという考えを持った者たちが現れた。
彼らはこの侵略に乗じて、クラダ戸手を組み反乱を起こした。
外からも中からも攻められ、あっという間にロク国は崩壊した。
奴隷は解放された。当たり前だが、元奴隷達は歓喜した。私以外は。
人として扱ってもらえる。人として愛してもらえる。そんな生活を私がして良いわけがない。
私はこの命を、誰かのために捧げることにした。
誰かに…
その後私は自ら志願して傭兵となり、荒れた世界に平和をもたらすために戦った。
その過程で弟子もできた。
あの門番達だ。
私は幸せな日常を送った。
それが苦痛でしょうがなかった。
私は何かあったら、私のすべてを賭けて人の命を守ろうと思った。
そうして初めて、私の罪も少しは軽くなるのだろうか…?
それとも、変わらないのだろうか…?
「まさか」
俺は立ち上がっていた。自分でも気が付かないうちに。
「悪魔化するとは。恐れ入りましたケデロさん」
「…俺は…罪を償わなければならない」
リビアは目を細めた。
「その思いも、所詮は単なるエゴ。自己欲求を晴らすための行動に過ぎないのですよ」
俺は大槌を構えた。
「…知るか」
「え?」
「エゴだとか…綺麗事だとか…俺にとっては耳障りなんだよ」
「ほう」
風が吹いた。…向かい風だった。
「俺はケデロだ」
あの頃の眼差しを、リビアに向けてしまっていた。
「俺は俺を貫き通すぜ」
「はあ…はあ…」
変わり果てた城下町を尻目にリビアは、ケデロのコアを握っていた。
「生命力だけは褒めてあげよう…手こずってしまった」
リビアの傷は完治していた。ケデロは地面に這いつくばり、呼吸を整えていた。
「さあ、最後の言葉を言わせてあげよう。悲しいだろう?この世界ともお別れなんだから」
ケデロははーっと息を吹き出した。
「…イミカって女性に…何をしているんだ…?」
リビアは笑みを広げた。
「愛し合っているのさ」
「そうか…酷い傷だが、それもお前がやったのか…」
リビアは頷いた。
「ときにイミカ君は失言をするのでね。その度に調教してあげるんだ。優しく教えてあげるんだよ、ケデロ。怒鳴ったりもしないからね」
ケデロは笑った。
「ははは…そりゃあ変だ…」
「何がかな?」
ケデロは鋭い眼光をリビアに向けた。
「本当に愛しているのなら、その失言すらひっくるめて愛してやるべきだ」
「何?」
「お前は、イミカがお前の気に入らないことをすると拷問にかけるんだな。そりゃ変だ」
「何が変なんだ」
「苛立つな。イミカが気に入らないことをする?馬鹿、それも引っくるめてイミカなんだ。イミカがどれだけお前が嫌いでも、変なことをしても、それがイミカなんだ。お前はそれを拒否して自分の望むイミカ像を押し付ける」
リビアは汗を流した。
「なにを…」
「お前が愛しているのはイミカじゃねえ」
ケデロは、美しく青い空に笑った。
「お前が愛しているのは、ただのお前が思い描いている理想像だ!イミカ本人を愛しているのでは」
パキンと音がした。
ケデロのコアは砕かれた。
リビアはケデロの頭を無言で踏みつけた。
言葉にできない怒りが、彼女を襲っていた。




