愚か者達
俺はガリヤ城の目の前で立っていた。
一人、人が来た。赤い布を纏っている。
「約束通り来たな、悪魔よ」
俺は頷いた。
「ドロイトも…ドロイトの抜け殻も連れてきた。治してやってくれ」
奥から十人やってきて、俺の胸にある正方形を軽く握った。激痛が走った。
「悪いが、このままついてきてもらう。少しでも変なことをしたら、このコアを破壊してお前を殺す」
俺は頷いた。
「来い」
いつか会議をしていた部屋に俺は連れてこられた。あの時と同じメンバー、いや、ドロイトと…『歴史』とリビアさんがいない。ドロイトは別として、『歴史』とリビアさんは欠席か。
ケデロさんも居た。神妙な表情を浮かべていた。
「灯葉君…」
俺は席に案内された。
「…?座ってもいいってことですか」
「そうだ」
俺は座った。普通こういうのって、座るのは駄目なんじゃ?
『司会』が口を開いた。
「まさか、こんな形で再開することになるとはな。では、会議を始める」
『空』は立ち上がった。
「聞きたいことはいくらでもあるさ。君は暗殺部隊と接触したか」
メンバーは驚いた様な表情を見せた。どうやらいきなり切り込んだ質問をしたらしい。
「しました」
「名は」
「ム、ムージュ」
『空』は頷き、座った。『生物』が項垂れた。
「はあ、やはり暗殺部隊が関わっているのか?」
俺は眉をひそめた。
「どういうことです」
「君は国に狙われているんだよ」
「なんで俺が…?」
『司会』が立ち上がった。
「シェブナ街での惨劇。悪魔が引き起こしたものだ。それは君も見ただろう」
俺は頷いた。
「我々は、その惨劇を引き起こしたのは国だと考えている」
「…えぇ?なんで…」
ケデロさんが口を開いた。
「あの惨劇の後、死体は国が回収した。しかしある情報が入ってきてな」
「情報」
「あぁ。それが、国はその死体を使って怪しい動きをしているというものだ。勿論全て信用しているわけでもないが…最近、どうにも国が怪しくてな。何かをしようとしているのかも知れない」
何かを?
一体それは何なんだ。
「つまり、国は悪魔と手を組んで惨劇を引き起こしたというのだ。それは見過ごせん」
「俺が狙われているのは、その現場を目撃したからということですか」
ケデロさんは頷いた。
「そうだ」
「昨日の騎士達も…?」
「国のものだろう」
「ド、ドロイトは…?」
「私が騎士達を見つけると、何故かドロイト君は置いていったのだ」
これは本当に信用できる情報なのだろうか。俺はなんにも考えられなかった。そもそも何が起こっているのかわからない。
「じゃあ、国に聞かなきゃ…」
「聞いたさ」
『植物』は暗い表情で口を開いた。
「その結果、『歴史』は死んだんだよ」
強い衝撃を受けた。俺は空いている席を見つめた。空虚な空間がそこに佇んでいた。
「じゃあリビアさんは…」
「彼女はわからない。死んでいるかもしれないし、生きているかも知れない。情報が入ってこないんだ」
大丈夫だろうか。不安だ。
その時、ばたんと扉が開いた。
「…あ」
イミカだった。
俺は危うく席から離れそうになってしまったが、なんとか堪えた。
「イミカ!」
イミカは無表情で部屋を眺めた。
「その…灯葉君を借りたいんですが」
ケデロは立ち上がった。
「炎の魔女!リビア君は無事かな」
イミカは頷いた。良かった。どうやら大丈夫らしい。
『司会』は床を杖で軽く叩いた。
「灯葉君は今はここから離れられないのだ。すまないが、もう少し経ってからにしてくれ」
イミカは軽く震えると、渋々といった表情で頷いた。そして扉を閉め、帰っていった。
「…なんの用だったのだろうか…まあいい。では会議を再び始めよう」
イミカは城から出ると、悩んでいた。
どうしよう。
もう痛いのは嫌だ。
リビア様にもっと愛されたい。
このまま帰ったら、リビア様に殺されてしまう…!
イミカは恐怖に震えた。もう拷問は嫌だ。ずっと幸せになりたい…。
そうだ。
イミカは天を仰いだ。
「全員壊しちゃえば良いんだ」
「もしこの惨劇を国が起こしたと言うのなら、国はいったい何が狙いだ」
『司会』はハキハキ喋った。全員が頭を抱えた。何故って、全員の専門外だからだ。
『生物』が口を開いた。
「これからは、戦術の専門家も作った方が良さそうだなあ」
俺は一つ疑問があった。
「あの、国王とかっていないんですか」
全員首を振った。
「じゃあ、さっきから言っている国って、どこのことですか?」
『植物』が俯いたまま答えた。
「王国アラム。…いや、『元王国』アラムか。昔はこの世界にも王は居たんだがな」
「そこが国」
「そうだ。王はいないが、王の代わりなら幾らでもいる。アラムはこの世界で一番大きい国でな。権力も兵力も一番大きいんだ。この世界を間接的に支配している」
「はあ…そこが怪しいと」
次の瞬間、ドオンと轟音が轟き、空気を揺らした。
「何だ…!」
グラリと大地が傾いた。
「城が砲撃を受けた!総員戦闘態勢に入れェ!!」
ケデロはありったけの声で叫び、室内から出ていった。
「戦闘なんてできねぇよ!」と『生物』は叫んだ。
俺は急いでドロイトを探した。
「ん…何?何が起こったの…?」
居た。部屋の端でうずくまっていた。どうやら眠りから覚めたらしい。
「ドロイト、いきなりで悪いが脱出するぞ」
俺はドロイトを抱えた。
「えっ、何?」
俺は窓ガラスを割って、外に飛び出した。
「…イミカ!!」
そんな。イミカがやったのか?イミカは眼光をギラつかせ、俺を睨んだ。
「死ね…!」
両手を突き出す。同時に魔波が凄まじい勢いで歪み始めた。とんでもない魔法が来る。避けなければ…
しかし、魔波の歪みは一気に衰え、消えた。
「…え?」
俺は着地した。幸い、骨は折れなかった。
「イミカ、どうしたんだ」
イミカは俯いて、両手を突き出したままで居た。
嫌だ。
殺せない。
でも殺さなきゃ、殺さなきゃ、殺さなきゃ愛してくれないから…
駄目だ。腕の力が抜ける。
リビア様、ごめんなさい。私が出来損ないで。私は貴方になにも応えられない…。
『イミカ』
私は顔を上げた。声が聞こえる。リビア様の声だ。
『失望させるなよ』
リビアは両手を交差させた。
「鏖火」
大気が渦巻いた。
…何だ、魔波の歪みが確認できない!
次の瞬間、渦巻く空気は炎を帯び、焼け付く紅を荒らし焦がした。
炎旋風は重鉄槍のごとく天を穿ち、燃え盛りに盛った。
「おおっ」
ドロイトを逃がそうと、俺は有刺鉄線で壁を作った。しかし数秒も保たず、有刺鉄線共は蹴散らされてしまった。
「畜生」
俺は瞬く間に炎に覆われた。体ごとコアが焼かれる。
悲鳴は豪炎に掻き消される。
エンジン音を鳴らし、俺はエネルギーをイミカにぶつけた。イミカは吹っ飛んだが、空中で浮いて留まった。心做しか火力が下がった。
「イミカ!」
ブン、と何かが飛んできた。大きいハンマーだ。縄がついており、イミカにハンマーが直撃するとともに縄で縛られた。
イミカは地面に堕ちた。
今のはケデロさんがやったらしい。
炎旋風は消滅した。
俺は隙を与えず、有刺鉄線を伸ばした。コアの間近で止めた。
イミカは地面に倒れ伏し、泣いていた。
「ごめん…ごめんなさい…ごめんなさいリビア様…私には出来ません…殺せません…」
ケデロは急いで近づき、傷がないか調べた。流石というべきか、酷い傷は見当たらなかった。
「どうしたんだ、なんでこんなことを」
ケデロは動転しているらしく、震えていた。
イミカは首を振った。
「言えない。言わない」
「どういうこ…」
消えた。
何かが消えた。
なんだ。何が消えたのだろうか。
そうだ。
生に対する希望だ。
俺は動くことすらできなかった。
ケデロさんはなんとか立ち上がり、武器を構えた。
解る。
理解した。勝てないと。殺されると。
それでも、彼らを護らねばならない。私は大槌を構えた。
「どいつも…こいつも…」
蛇に睨まれた蛙という言葉すら生温い。
何故?
何故貴女が?
そんなことは置いておこう。
今はただ、破らねば、この状況を。
歩いてきた。
リビアが、無表情で歩いてきた。白いローブとマントをはためかせ、歯をぎりぎりと食いしばっていた。
「何故是迄の力を…?」
問い掛けは、届かなかった。
この世で最も黒い眼差しが私に向けられた。
「イミカ君」
冷たい声が聞こえた。
イミカは震えていた。
「ひっ…」
「今のうちに、心を決めておいた方が良い」
リビアは髪を掻きむしった。美しい髪は絡まった。
「きっと私は、君に対して手加減出来ないだろうから」
イミカは泣いていた。だというのに、口元は微笑んでいた。
「ケデロさん。貴方に興味は無い。ただ、先程イミカを傷つけてしまった…」
リビアは胸元を抑えた。そして、歩みを止めた。
「拷問もなしに、一瞬で殺してあげましょう。そしてその前に」
リビアは白濁した憎悪の目を灯葉に向けた。
「灯葉。お前が先だ。お前はただでは終わらせないぞ、もっと苦痛が必要だ…」
灯葉君は、固まっていた。眼の前の状況を理解できていなかった。
リビアは私に目を向けた。
「さあ、退いてください。先に灯葉君を壊したいので」
私は覚悟を決めていた。仁王立ちになり、四肢に力を込めた。
「悪いが、その気は無い」
リビアは頭を掻きむしった。頭から血が流れ、口元からも血が覗いた。
「分かった、分かった、あぁ分かった」
次に顔面を眼球ごと手で掻きむしった。目玉はぐちゃぐちゃと不快な音を出して機能を失った。血だらけになった。
「わかった。わかりました死に際に焼き付けておいてください」
紅一色の顔でリビアは吠えた。
「純正の悪魔の姿を!」
白いローブを突き破って、黒い羽が生えた。禍々しく光り、リビアの背中は異常に膨れ上がった。
両腕で自分を抱き締め、発作のように高笑いを吐き出した。
「君達人間の、限界のその先を」




