イミカとリビアの真実
管理人はゆっくり跪いた。
「美しい、これが私の最高傑作だ」
俺は管理人を見つめた。そうだ、懐かしい。この男には感謝せねば。
「最高傑作?」
「ええ。私の目指した作品は、記憶にまつわる作品です。その点から見て、貴方は限りなく最高に近い」
何を言っているのかはわからないが、とにかく彼は喜んでいた。
しかし、次の瞬間には彼の笑顔は消えて代わりに哀愁のある表情が現れていた。
「しかし悲しいかな、この私に貴方を見届けることは出来ない。私に与えられた罰は、『誰からも覚えられない』というものなのです」
ドロイトはヨロヨロと立ち上がった。そして、口を開いた。
「ど、どういうこと?何があったの、わかんないよ」
かなり困惑しているようだった。
管理人は顔を床につけた。
「あぁ、皆さんさようなら。いつか私が神に許されるその時が…!」
「俺達は何をしていたんだっけ」
茂みに沈んだ体を起こし、俺は呟いた。ドロイトもゆっくり起き上がった。
「確かほうきから落ちて…それで、どうなって…って、灯葉君!?どうしたのその見た目!」
え、と俺は自分の体を見た。…胸が光っている!
「な、何だこれは!」
俺は急いで服を捲り、胸を見た。何かがある。正方形の、紅色に燦然と輝く物体だ。
「覚えが無いぞこんなもの」
俺は恐る恐るそれに触れた。途端に激痛が走った。
「痛っ、何なんだこりゃ」
「触れないほうが良さそうだね」
ドロイトは立ち上がった。
「私達、何をしに此処に来たんだっけ」
「わからん。記憶を思い出しに…」
あっ、と俺は呟いた。そうだ、そうだ、んー…?
あ。
「灯葉君、どうしたの」
いや何でも。
「大丈夫?取り敢えず帰ろっか」
ああ。わかった。
胸に渦巻く正方形を、薄暗い部屋で眺めていた。
「なにはともあれ、上手く行った。俺は記憶を思い出したんだよ」
ドロイトは頷いた。
「それなら良いけ」
ばたん、と大きな音がした。扉が開いていた。
そこには鎧を纏った騎士が居た。
「動くな!」
俺は急いで両手を上げた。ドロイトは気をつけの姿勢でピンと立った。
「お前!両手を下げろ!」
え、駄目なのかこれ。
俺は両手を下げた。
騎士は短剣を俺に向けていた。
「お前はもう既に包囲されている」
俺は左目で辺りを見回した。居る。見えるだけでも、三人いる。
ドロイトは気をつけを保ったまま口を開いた。
「な、なんで私達が囲まれてるんですか」
騎士は短剣をドロイトに向けた。
「お前はドロイトだろう。こちらはもう分かっている」
壁越しに居る誰かが、動いているのが見える。ドロイトのちょうど真後ろだ。
「安心しろ、殺すことはないからな」
ドロイトの後ろで、魔波が歪み始めた。…これ、まずいのでは?
「つ、ついていきます。抵抗しません」
騎士は短剣を下ろした。
「それは良かった。それじゃあ…」
魔波が一気に歪んだ。
まさか。
「さらばだ」
俺はドロイトに飛び込んだ。
ピン、と壁に穴が空いた。何かが貫いた。
床に転がると、暇も無く騎士は飛びかかってきた。
「おおっ」
体から有刺鉄線を伸ばし、短剣を捉えた。騎士は驚いた表情を見せたが、直ぐに笑いに変わった。
「俺に触れているな」
「何?剣に触れているんだ」
俺の周りの魔波が歪んだ。すると、なんと俺の腕がひしゃげた。
「あぐ…!?」
有刺鉄線を引っ込めた。
「死ねい!」
短剣が襲いかかってきた。俺は足に有刺鉄線を何重にも纏わせ、剣を蹴りつけた。
しかしなんの役にも立たず、有刺鉄線ごと肉を切られた。骨は斬られなかったが、充分重症だった。
「ぐ…!畜生、少し痛い目見ても恨むなよ!」
重いエンジン音とガソリンの匂いがした。何かが、騎士に向かって走っていった。そしてどん、と重い衝撃音が走り、騎士は外へ壁を突き破って吹き飛んだ。
外には三、四人赤い布を纏った人が居た。
「全員捕縛だ」
有刺鉄線を足元から生やし、足に絡みつかせた。しかし二人かは抜け出した。
一人、飛びかかってきた。何も持っていない。ステゴロか?それで俺に勝てると思うな!
俺は拳を振り回した。しかし軽く受け流され、俺は首を締められてしまった。
裸締めというやつだ。
「素人が…俺はな、十年これやってんだよ。これで生きてんだよ」
足を半狂乱でばたつかせるものの、全く抜け出せなかった。
俺の周りの魔波だけが歪んでいく。この技はあの騎士も使っていた。これをやられて、俺の腕はひしゃげてしまったのだ。
しかし俺はニヤついた。
「は…は…たかが十年で威張るなよ…俺は…百年やったんだぞ…!!」
百年の間、俺は悪魔の技を練習していた。百年だ。百年。だって、それ以外やることがないのだから。
そして、気がついた。
俺はもう人間では無いのだ。
俺の頭と体は離れた。まるでデュラハンみたく、俺は今首無しの状態になっていた。
男は呆然としていた。
「…は?」
俺は体だけで起き上がった。
男は焦って頭を投げ捨てた。
「こいつ、完全に悪魔になっているぞ!」
俺は頭を拾いくっつけ、ドロイトを見た。倒れているが、生きている。大丈夫だ。
その時、魔法が飛んできて俺の胸を貫いた。
激痛が走った。
「…!?!?!?」
「畳み掛けろ」
俺は胸を手で覆い隠した。しかし魔法は容赦なく手を貫き、胸の正方形を穿つ。
「…!!お前ら全員、立入禁止だ!」
叫ぶと有刺鉄線はドーム状に広がり、俺とドロイトを世界から遮断した。
「ま、まずい。この正方形をやられたら、間違いなくまずい!」
俺は胸を抑えながら、ひしゃげた腕をドロイトに伸ばした。心拍音が伝わる。俺は彼女を抱えた。
「どうやって逃げれば…」
俺は手のひらをガリヤ城の天辺に向けた。届くだろうか?
有刺鉄線ドームの一部分を開けると、有刺鉄線を伸ばした。
…どんどん有刺鉄線ドームが小さくなっていく。どうやら一斉に出せる有刺鉄線は限りがあるらしい。
有刺鉄線はガリヤ城に刺さった。
よし。
そのまま有刺鉄線を縮めて、俺はガリヤ城へと飛んでいった。
「よし行ける」
そのまま縮めていき、遂にガリヤ城の頂点に俺は立った。
「ドロイト、起きろ」
しかし、ドロイトは動かない。俺は心拍音を確かめた。動いている。なのになぜ?
「おーい!!貴様ァァァ!!」
下から大声が聞こえてきた。一人の男が叫んでいた。
「その女の魂は盗らせてもらったァァァ!!」
そんな。
じゃあドロイトは、何、嘘だろう?
「助けてもらいたければ直ぐに捕まりに来いィィィ!!」
俺も暫く考えた後、叫んだ。
「5時間後ここに来るので良いかぁぁ!」
「良いだろオオォ!!来なければ魂を潰すぞオオォ!!」
なんでこんなに大声で叫び合わなければいけないんだ?
…取り敢えず、回復しなければ。体の傷を。
俺は跳んで、森へと向かっていった。
リビアは不機嫌な顔をしていた。いつか灯葉に見せていた顔では無かった。
「灯葉?やつがどうかしたか」
「それが、悪魔化していまして。殺そうとしたのですが逃げられてしまいました」
男は跪いて答えた。
リビアは目を吊り上げた。
「羽虫が…分かった、私が直々に行ってやろう」
「はっ」
男は出ていった。
「…全く、どいつもこいつも私達の時間を邪魔する」
リビアは扉を開けた。
「聞こえたかな、イミカ。すまないな、少し客が来たのだ」
イミカは椅子の上で痙攣していた。
「おや。調子が悪いかな…?」
リビアは薄く笑い、木の棒で思いっきりイミカの頭を殴打した。木の棒は折れ、床にころころ転がった。
「はっ、あぁ!?、リビア様…!」
リビアは美しい目をイミカに向けた。軽い口付けをした。
「イミカ。駄目じゃないか。私が君に付き合ってやっているのだから」
「ご、ごめんなさい。気がついたら気絶していて、だから…!」
リビアはイミカの肩にそっと触れた。グシャっと音がした。
「…!!」
「ん、偉いね。ちゃんと叫ぶのを我慢できた」
リビアはイミカを抱きしめた。
「でも、まだ駄目だ。イミカ」
イミカは震えた。涙を流した。
「ね。でも、一旦休憩をあげよう。そしてチャンスもあげよう」
「チャ、チャンス」
イミカの顔がほころんだ。あぁ、なんて単純なんだ。なんて愛おしいんだ。リビアは自分の胸の疼きを感じ取った。
「そう。チャンス。これに成功したら、私は君のことを大事にしてあげる。褒めてあげるし、撫でてあげる」
イミカは余りの嬉しさに泣きそうになっていた。
「灯葉を殺せ」
イミカは一瞬にして顔を歪めた。
「…え?」
「聞こえなかったかな」
リビアは微笑んでいた。悪魔のように。
「灯葉を殺す。簡単でしょう?悪魔になったと言っていたけど、君にとってはなんてことないよね」
リビアはイミカを押し倒した。
「出来ないなんて言わないよね」
リビアは真っ黒な目をイミカに向けた。
「言えないよね…?」
イミカは必死に頷いた。
「殺します!灯葉を殺します!だからもうやめて…!」
グシャっと音がした。
イミカの足が捻れていた。
「…!!」
「そう。我慢だ。偉いぞイミカ」
リビアはイミカを抱きしめた。
「終わったら、いっぱい愛でてあげる」




