血だらけの有刺鉄線
軽く、咳き込んだ。
「大丈夫?」
ドロイトが起き上がり、俺を覗き込んだ。
「ん、心配な」
ガハッと大きく咳き込んだ。俺は口を両手で抑えた。 ガタンと机に体で寄り掛かった。ドロイトは明らかに怖がっていた。
心配いらない、と言う意味で俺は右手で口を抑えながら左手をパタパタとやった。
喉に激痛が走った。
「…!!」
痛い。痛い!
何が起こっている?
唾を飲み込まずとも、痛みは襲いかかってくる。刺すような痛みだ、いや本当に刺しているのかも知れない。
「カハッ」
俺の口から何か出て来た。
…有刺鉄線…?
それが分かると、痛みは急激に増した。余りの痛みに息ができない。
喉の奥で絡まる有刺鉄線が、気道につまり呼吸を妨げていた。
抜かなければ。
「〜〜…!!」
有刺鉄線を掴んだ。
それを引っ張った。
有刺鉄線の棘は、食道と喉の肉を切り裂きながら移動していった。
涙が止まらない。体は拒否するように、ビクンと震えに震えた。
「ア…」
ズルズルと血に濡れた有刺鉄線が出てきた。
軈て全て出し終えると、俺は床に倒れ込んだ。
「灯葉!」
ドロイトは近づいてきた。泣いていた。
「なんで、なんで…!」俺の口からダラダラと血が溢れてきた。
「…心配ずるな…」
痛みが引いていく。どんどん消えていく…
「…治った」
俺は血と涙を顔から拭い、立ち上がった。
「も、もう治ったの?大丈夫なの?」
「ああ。どうやら、もう痛みは無いから、大丈夫だ」
…どうやら、俺は本当に悪魔になってしまったらしい。
俺は血濡れの有刺鉄線をじっくり見た。
この色、この形。
間違いない。
「あのときの」
…?
あのときって何時のことだ?
忘れた。
『忘れていない』
いや、忘れた。
『忘れていない。自分が一番わかっているはずだ』
…。
俺は、俺は、
机を叩いた。
「忘れた!もう何も覚えていない!」
ハッとして、ドロイトを見た。
震えて、泣いていた。
「あ、…ごめん」
ドロイトは俺の両手を握った。
「…私、灯葉が無理しているのを見ることが一番辛いよ」
俺は何も言わず、ドロイトを見ていた。それしかできなかった。
「だから、だから無理しないで…」
俺はドロイトをゆっくり抱きしめた。
俺は自分が震えていることに気がついた。
「ありがとう、ドロイト」
「私ね、」
ドロイトは俺を見上げた。
「灯葉の心に惹かれて、貴方を連れて行ったの」
「俺の心…?」
ドロイトは頷いた。
「本当は言うつもり無かったんだけど…灯葉の心は穴が空いているんだよ。とても大きくて、中心にぽっかりできている」
「…穴」
知っておいたほうが良い、とドロイトは言った。
「自分で思うより、貴方は傷ついているんだよ」
心臓が高鳴った。俺が?傷ついて…
「そうか」
「目的を立てよう」
俺はペンを取り出した。
「そうしなければ進めない」
ドロイトは俺に寄りかかった。
「私はずっとここにいるのでもいいけど…でも、灯葉の心が心配だなあ」
「…俺の心はそんなにボロボロなのか?」
ドロイトは目を細めた。
「今までに見たことないくらいだよ。何があったの?一体」
俺は首を振った。
「それが、思い出せないんだ。わかるのはこの」
俺は吐き出した有刺鉄線を手に持った。なんと刺々しいのだ。体がざわつく。
「有刺鉄線が関わっているということくらいだ…」
ドロイトは椅子を俺の近くまで引きずり、座った。
「その、有刺鉄線が関わる悲劇。嫌な見た目してるね、これ。怖い」
「まあ防犯とか、とにかく生き物を寄せ付けないために作られたものだからな。怖くて当然みたいなものだ」
「…たまたま見かけた死体に、これが絡まってたとか」
心臓が高鳴った。
なんとなく、輪郭が浮かび上がっていた。
「近いかもしれない」
「あ、近い?」
「というかそれが正解かもしれん」
ドロイトは首を傾げた。
「でも、それだけであんな心になるかな。本当に凄いボロボロだったんだよ」
俺は怖くなった。俺の心はそんなのになっているのか?
「何があったんだ…」
すると、ドロイトは思い出したように手と手を合わせた。
「そうだ。記憶に関わる良いところがあるよ。そこなら何かわかるかも」
俺はメモを取る準備をした。
「そりゃ良い、教えてくれ」
「『ムネモーシュ』」
「記憶の美術館」




