『生徒』
近づけば近づくほど、その建物の『普通さ』が伝わってきた。
先程いた小屋を少し平べったく広げて、綺麗にしただけの建築物だった。
「御免ください」
俺は扉をノックした。
はい、と声がして、扉が開いた。
出てきたのは黒いターバンで頭を包んだ、歳をとった男だった。およそ40歳程だろうか。
彼は俺らを見ると、驚いたような顔をした。
「ボロボロじゃないか」
「色々ありまして…」
彼は家に入った。
「早く入りなさい、診てあげよう」
俺はドロイトの手を引いて家に入った。
「お嬢さんの方は、かなり重症だね」
俺らをベッドに寝かせて、男は言った。
ドロイトは不安そうな表情を男に向けた。
「死にませんか」
「ああ、そこまでじゃないからね。それに肉体の話じゃない。傷ついているのは心の方だ」
男は箱を引き出しから取り出した。それを開けると、様々な道具が入っていた。
「お兄さんの方は全身打撲。ひどいね何があったんだ?」
俺はムージュの顔が浮かんだが、このことを他の人に話しても良いのだろうか。
いや、良くない。
いやでも、そもそも殺す前提で俺たちを馬車に乗せたのだから、別に話す話さないもないのでは…?
いやだめだ、話したらこの人に危害が及んでしまう!
と考えた俺は、嘘をついた。
「僕達、旅をしていまして。事故を起こしてしまったんですよ」
男は頷いた。しかし疑問の表情が浮かんでいた。
「なるほどね。しかし、それだとこのお嬢さんが魂に傷を負っていることの説明にはならないじゃないか」
どうしよう。
俺はドロイトの方を見た。やっと安心できたのか、少し緩んだ表情になっていた。
ドロイトはこちらの視線に気がつくと、「言わないほうがいいと思う」と言った。
「すいません。複雑な事情があって…言えません」
男は頷いた。
「まあ、いいがね。私の役目は君たちを安全に街へと送り届けることだ…ん、お嬢さん、その抱いているものは何かね?」
ドロイトは魔物を男に渡した。
「…これは魔物じゃないか。丁度いい。これで一品つくるかな」
そう言うと男は外へ出ていった。…あの魔物を食うのか…大丈夫だろうか。
ドロイトは魔物を取られて残念そうな顔をしていた。
「よし、ひとまずシチューができた。さぁ食べなさい」
木の器によそったシチューが出てきた。魔物の肉がゴロゴロ入っている。
「皿は一つしかないがね」
「充分ですよ、ありがとうございます」
ドロイトはゆっくりスプーンを取ってシチューをすくった。口に運び、噛み締めた。
「温かい…」
俺も食べてみた。確かに温かい。体は意外と冷えていたようだ。
「あの魔物はな、霞鳥という。旅人に幻覚を見せて衰弱したところを襲い、喰らうのさ」
恐ろしい鳥だ。
「食べれるんですか」
「幻覚を見せる効果がある幻惑剤というものが喉の袋に入っていてな。その部分を取り除けば食べることが出来る」
男はターバンに手を置き、椅子に座った。
「私の名前はレベオ。ニザリア学校の生徒だ」
「ニザリア学校?」
「魔術について勉強する学び場だ。…まあ、もう廃校になってしまったがな」
昔あった学校なのか。
「今は何をしてるんですか」
レベオは良く聞いた、と言わんばかりににこやかな顔になった。
「私はね、今新しい魔術についての勉強をしているんだ」
新しい魔術?一体どういうものなのだろうか。
「詳しくは話せないがな、これが成功すれば世紀の大発見になる」
とにかく凄いものらしい。
「成功しそうですか」
俺が聞くと、レベオの表情が少し暗くなった。
「いやあ…実は、この研究は師匠から受け継いだものなのだ」
「へえ、じゃあ師弟共に同じ研究に取り組んでいたんですね」
しかし、レベオは首を振った。
「実は、その私の師匠も、師匠から受け継いでいた研究なのだ」
………?
「じゃあ…レベオさんとレベオさんの師匠と、そのレベオさんの師匠の師匠…合わせて三人で取り組んでいた研究なんですね」
しかしレベオは首を振った。
俺は絶望した。
「前に調べてみたんだが、どうやらこの研究は500年ほど前から続いているものらしい」
「レベオさんの師匠の師匠の師匠の師匠の師匠の…?」
レベオは頷いた。
「500年間取り組み続けても解決できない問題だ、ということだ」
「つまり…?」
レベオは首を振った。
「私じゃ解決できそうにない、ということだ」
「ち、因みに、どんな研究をしているんですか?」
レベオは顔を上げた。
「魔波を増やせないかという研究だ」
「どういうことですか」
聞かれるとレベオは意気揚々と説明を始めた。
「魔波というものは、あの大きい星から出ていると考えられている」
あれだ。あの夜に見かける馬鹿でかい星のことだ。
「あの星を中心として、放射状、いや破門状に魔波は広がっている」
俺は頷いた。
「魔波の発生源はあの星しか無い。そこで、発生源をもう一つ増やせないかという研究をしている。魔波と魔波をぶつけ合ったらどうなるのかということだ」
「ははあ、そんなことができるんですか」
レベオは腕を組んだ。
「できるはずなのだがな…やり方を試行錯誤しているのだが上手くいかなくて」
言い終えると、レベオははっとしたような表情になった。
「いかん、話しすぎた。早く君たちを街に送り届けなければ」
「何かあるのですか」
レベオは頷いた。
「最近色々あってな、この場所も安全ではないのだ」
立ち上がれるか、と言われた。
痛みはマシになっていた。これなら大丈夫そうだ。
「ドロイト、行けるか」
ドロイトは枕を抱きしめていたが、起き上がった。
そして頷いた。
「いけます」
レベオは扉を開いた。
「よし、このソリに乗ってくれ」
犬ゾリを少し大きくしたようなものだった。
俺等は後ろに乗り込むと、レベオは先頭に立った。
「よし、出発!」
そう叫ぶと、ソリはぐんとスピードを出して走り初めた。
雪の上を滑りに滑り、ぐんぐんスピードが上がっていく。
「速えっ」
ドロイトは俺にしがみついた。俺もドロイトにしがみついた。それ程速かった。
「よーし、楽しくなってきた!私は雪山をかっ飛ばすのが趣味なんだあっ!」
「勘弁してくれ!」
しかし速いのは良いことで、もう雪は積もっていなかった。変わりにぱらぱら雨が降っていた。
「後10分程で街につく!」
ふと前方に馬車が見えた。馬車の上に、誰かが立っていた。
長い銀髪で、長剣を腰に携えた…。
「まさか」
それは軽やかに飛び上がった。そして…
「おおっ」
レベオは急ハンドルを切り、曲がった。地面は何かで抉れていた。
「だ、誰だあっ」
レベオは叫んだ。
「逃げましょう、やばいやつです」
俺は焦りながら逃走を促した。しかし遅かった。
「『やばいやつ』とは、失敬だな」
なんと真後ろに奴が居た。
「ム、ムージュ…さん…」
俺はそりから飛び降りた。腰が抜けそうだ。
ドロイトも慌てて地面に逃げた。
「いやあ、君達よく生きていたね。悪魔の気まぐれで止めは刺さなかったらしいにせよ、あの極寒の中で生きているとは」
ムージュは薄く笑った。
「ネズミのような生命力だ」
レベオは完全に腰が抜けたらしく、へたり込んでいた。
「しかし私も豪運だ。国にとっての危険人物が三人も揃うとは」
俺は首を振った。
「俺なんにもやってない」
ムージュは立ち上がり、こちらを睨んだ。
「私が暗殺部隊に所属していると知っているだろう。その時点で危険人物だ」
「わざわざお前が教えたんだろうが…」
俺は立ち上がった。
「こ、殺す気ですか」
ムージュは剣の持ち手にふわりと手をかざした。
「死ぬときは一瞬だ」
「…」
俺はムージュを睨んだ。
「ムージュさん」
瞬間、ボコッと音がして地面から有刺鉄線がムージュの足元で伸びた。そして一瞬で足に絡まった。
「これは地球にある有刺鉄線というものです」
ムージュは特に驚きもせずに足元の有刺鉄線を眺めていた。
「凶器です。刺さります」
ドロイトは離れた場所にいた。
「動かないでください、動いたら…」
「動いたら?」
ムージュは微笑んでいた。
「首元まで這い上がらせて、棘を刺すか」
俺は頷いた。
「嘘だな」
なんとムージュは歩き始めた。
有刺鉄線が足に刺さっていく。
「お前は私を殺せない。覚悟が無いからだ」
俺は震えていた。
「ほら、やってご覧」
ムージュは明らかに興奮していた。汗を流していた。
「フフ、ほら早く」
震えが止まらない。どうすればいいんだ?
「う」
パン、と音がした。ムージュは前のめりに倒れた。
ドロイトだ。
杖を握っていた。
「は、や、やった…?」
俺も腰が抜けてしまった。
なんとか立ち上がると、俺は取り敢えずレベオさんの方へ歩いていった。
レベオもなんとか立ち上がった。
「ど、どうする?こいつ」
ムージュを指さした。
「…まさか死んでないよな?」
俺は左目で見た。
…?
「何だこれ」
「どうした」
ちょっとおかしい。
「普通、人間とかの生き物を左目で見るとき、ちょっとあやふやな感じの線が見えるんですよ」
しかしムージュは違う。
「綺麗な線だ。はっきりとムージュの姿形が見える」
まさか。
俺はムージュに手を伸ばした。
「…!!」
手が、ムージュをすり抜けた。
「なんで」
レベオがムージュに近づき、触れようとしてみた。
しかしやはり、触れることはできなかった。
「恐らく、魔術によって作られた幻影だ。君達が霞鳥に見せられたものとは種類が違う」
俺は辺りを見回した。…薄っすらと見える。
岩の影に。
二人…?
「と、とにかく今のうちに逃げよう」
俺とドロイトは頷き、再びそりに乗った。
「何故邪魔をしたのです、隊長」
奴らに見られないよう、岩の後ろで私は文句を言った。
「すまんなムージュ。少し個人的な思惑が私にはあったのだ」
私は眉をひそめた。
「これは暗殺ですよ。私情は捨てるべきです」
隊長は頷いた。
「全くその通り、全くその通りだと思うのだが…」
よく考えてみたんだ、と隊長は俯いた。
「私達の行動基準は何だ」
「より良い国のため、です」
「そうだ」
隊長は後ろを振り向いた。遠くに塔がぼやけていた。
「…この暗殺は国のためにならない」
「?」
「この国は直に崩れる」
私は理解できなかった。
「どういうことです」
「ある情報が入ったんだ…」
レベオが勢い良くそりを止めた。
「…はじめから終わりまで荒いな」
ドロイトは酔ってしまったようだ。
「灯葉君、気持ち悪い…」
「安静にしてろ、すぐ治る」
俺等はそりを降りた。
「この街はガリヤ城下町という街だ」
…また帰ってきてしまった。なんてことだ。ドロイトも、なんとも言えない顔をしていた。
「帰ってきちゃった…」
ぼそっと呟いて、そりを降りた。
レベオは自分の肩を叩いて言った。
「さて、さっきの…ムージュだっけ?彼女は国の人物らしいな。国のため、とか言ってたし」
俺は頷いた。
「ならば、君達は国に追われているということにナルのでは?」
…たしかに。
「じゃ、じゃあどうすれば」
俺が聞くと、レベオは待っていろと言ってそりから箱を取り出した。
「ハサミだ」
…はさみ?
「丸刈りにしよう」
「待て待て待て待て!」
俺は焦った。大事な髪だこれは。
「安心しろ、お嬢さんの髪は切らないよ」
「…俺は」
「まぁまぁ、しょうがないじゃないか。捕まるんだぞ?なにもしなければ」
…俺は渋々頷いた。正直嫌だったが。
「よし、じゃあお嬢さんの方は髪を伸ばそう」
か、髪を伸ばす?何を言っているんだ。
レベオは鞄からフラスコを取り出した。
「床屋では常備品のものだ…これを使うと栄養が吸い取られるが、今回は私の栄養を使って君の髪を伸ばしてあげよう」
「そんなことして大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ、栄養と言っても少量だからな」
フラスコを開けて、粉末を混ぜた。
液体は蒼色になった。
「それじゃあいくぞ…」
ゆっくりと髪に馴染ませると、淡い水色の髪は瞬く間に肩より少し下辺りのところまで伸びた。
「わあ」
ドロイトは自分の髪をいじった。
「伸びた」
成功だ、とレベオは言った。
「さ、それじゃあお兄さんの方も…」
…俺は覚悟を決めた。
「やってくれ、ひと思いに」
ハサミが開き、俺の髪に迫った。パチン、と音がした。
シャキ、シャキ、シャキ、シャキ…
ハラハラと髪の毛が落ちていく。
「…?」
レベオは目を見開いていた。
「ど、どうしましたか」
「生えた」
え?
「髪が生えた」
は?
「…多分だが、君」
レベオはハサミを下ろした。
「悪魔になってるぞ」




