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リユニオン 堕天使は不敵に笑う   作者: HARD LUCK
不夜城の怪人 ラスベガス編
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不夜城の怪人 第三四話 ディヒューマナイザー 6


「死にたくなかったらそこをどけぇ!」


パチンッ

ミナトが指を正面に響き渡らせると、アーチ状の赤い炎が音速で廊下をけ抜けていく。渡り廊下の屋根のように炎が一本の道を作り出し、ミナトと軍人たちとの世界を分けた。

にわか作りの炎の回廊を駆け抜け、手近なドアに飛び込む。急いで重たい金属製のドアを閉めると、ドアのふちを炎で包み壁と溶接して侵入を防いだ。

これで時間が稼げる、とほっとひと息つきあたりを見回す。小学校の多目的室ほどの広さの部屋に四人がけの机が数十きゃく並び、ポテトサラダや、みずみずしいレタスなど、食材の満さいされたビュッフェスペースのようにおかずが並んでいる。はしから次々に、ソーセージやサラダチキン、オムレットなどが並ぶ中、サケのマリネを見てギョッとした。サケのコンテナにまぎれていたときの生臭さがよみがえる。ここはどうやら兵士たちが食事をとるスペースのようだった。

溶接したドアから激しく打突だとつ音が響いた。開かないドアを開けようと兵士たちがドアをなぐりつけているらしい。ミナトはあらためて周囲に目をやるが、ドアはその溶接したものしかない。ここは完全な密室で窓ひとつない。


「こんなところで食事してたら息がまりそうだ」


思わず声に出しながらも、ミナトは念入りに壁や天井を探り始める。まさか隠し扉があるとは思っていないが、通気口やダストシュートでもないか、と考えたのだ。

たして通気口は存在した。これほどの密室、空気入れ替え用の風の通り道がなければ酸欠におちいってしまうことだろう。天井にめ込まれたそれを見上げ、溶接されたふたを焼き払うと、ミナトは机を重ねて天井によじ登った。そして通気口が天井に対して平行になっているところまで到達すると、その小さな身体に感謝しながらほふく前進でどこかへと向かっていく。赤い光に満たされた部屋を出て、暗い暗い通気口をゆく。けたたましいサイレンの音を聞きながら。





大騒ぎになっている航空基地エリアとはうってかわって研究所エリアは平静そのものだった。今日の晩飯どうする? 俺はもう魚は嫌だぜ、などという平和な会話がり広げられている。


「カウフマン少佐はまだいるか?」


かたいエヴァンズ少将の全基地監視室から、猫背をいっそう丸めながら研究所へと戻ったコーネルはいきおい部下にたずねた。するとその部下からは、もう行きましたよ、というっ気ない返事が返ってくる。

人造能力者の最高傑作けっさく、アンドリュー・カウフマン少佐はもう例の男の調査に出かけてしまったらしい。基地内に侵入したピエロマスクの興梠こおろぎミナトをカウフマンのみの力で捕らえることができれば、人造能力者の有用性をしめすいい機会となったのだが、どうやらことはそうそううまくいかないようだ。


「ではルーク中尉は? ドナルド・ルーク中尉はまだあそこか?」


部下の耳がピクッと動いた。彼女は驚くと耳を軽くヒクつかせるくせがある。


「ルーク中尉に何の用でしょう? アレは失敗作ですよ?」

「先日AJの脳から能力を移したパーセル少尉がいるだろう? 彼と二人で運用すればその欠点をおぎなえるのではないか? 実地で試したい」

「……実地ですって? なにかあったんですか?」


みどり色の猫目が印象的なました美女、ハンナ・ローウェル少佐はいぶかしげに眉を釣り上げた。


「そう、なにかあったのだよ。興梠ミナトがこの基地に侵入した。航空基地エリアですでに一三人が負傷した。だから奴を捕らえることで堅物かたぶつのエヴァンズ基地司令官に人造能力者の力を示したいのだよ」


ハンナの美しい口が、この狂人め、と動いたがため息をついたがすぐに詫びて、ルーク中尉を連れてきます、とどこかへとツカツカ去っていった。





「リタ・シュミットさんとおっしゃいましたか?」


いやらしいキツネ目の男が丸メガネをきながらそう言ったときには、今さらながらに後悔していた。

うるま間を助けに行ったのは一番ひ弱そうな、しかもわたしと背丈せたけのかわらない女みたいな奴だったし、残った二人も小太りとせ型でアンバランスなのがなんだか不気味だ。この男たちは本当に漆間を助けてくれる気があるのだろうか、と不安になる。


「あなたの父親は何者です?」


はっとすると、田沼という男はメガネをけ直して薄気味うすきみの悪い笑顔を浮かべている。助けを求めようと小太りのテオ・ランベルティの方を横目にみたが、彼は退屈なのか、無心に爪をヤスリでけずっていた。田沼の舌めずりするへびのような目つきに、なんだか逆らえず恐る恐るながらに父親について話すことにした。


「私のパパはエドガー・シュミット。ここから一番近い病院で外科医をやっているの」

「なに? エドガーだと?」


意外にもパパの名前に反応したのは小太りのおじさんの方だった。ヤスリを放り投げ、まじまじとこちらを見つめてくる。


「ご存知ですか?」


田沼がテオ・ランベルティに尋ねたが、そちらには見向きもせずに彼の視線はわたしに釘づけだった。


「知っているもなにもうちの病院につとめている医者だ。優秀な医者でね、誰もがさじを投げるような難しい手術を何度も成功させている。病院にこのような表現を使うのは不謹慎ふきんしんだが、彼のおかげで繁盛はんじょうしているよ。そうか、君はあの天才エドガー・シュミットの娘なのか」


パパをめられるのはなんだか背中がむずがゆい。立派なパパで嬉しいような、パパを通してしか自分が認められないのが悲しいような、複雑な気分だ。


「よし、シュミット先生の娘だってんなら今から彼に会いに行こう。なにもここでいつまでも居てもらう必要なんてないわけだからな。嬢ちゃんも、はやく家に帰りてえだろ? 俺が連れて行ってやるよ」


ママとケンカして飛び出しちゃったから、うちに帰るのは正直イヤだったけど、ここにいるよりはいいように思えた。田沼とかいう不気味な男の視線が怖いし、テオ・ランベルティはわたしに興味を持ってくれないので退屈だ。

リタが小さく頷くと、テオは大きく手をパンと叩き立ち上がる。


「私も連れて行ってもらえませんか?」


いつの間にかわたしの両肩を田沼はつかんでいた。幽霊のように不確かな感覚で、背筋がゾクゾクする。気味の悪い冷たい手だった。


「この子の父親がそれほど優れた医者だというのなら、私にも興味があります。ぜひ連れて行ってはもらえませんか」

「意外だな、あんたがそんなことを言うなんて。てっきり俗世ぞくせの人間になんて興味がねえんだと思ってたよ」


田沼は浅く笑うと、


「私も、俗世のヒトの一人ですよ。……ところで」


ぐるりとまわり込んで私の目を薄気味悪いキツネ目でのぞき込んだ。


「あなたのまつ毛は雪のように真っ白ですね」







息がつまるような排気口からい出た。これで三度目だ。

一度目は厨房ちゅうぼうに出たのだが、そこはまるっきりもぬけのからで何もなかった。コックたちは避難しているらしく、作りかけの夕食が置き去りにされていた。フライパンの中を覗くとサケのムニエルが入っていてゲンナリしていたら、物音がしたのでもう一度排気口に戻った。

二度目は兵士たちのシャワールームに出たのだが、「ここがいいんだろ?」とか、「お願い、らさないで……!」などという二人の男性のおぞましい声が聞こえたのであわてて引き返した。

そして三度目。三度目の正直を期待して狭い排気口から這い出て地上に降り立つと、そよ風が前髪を揺らした。室内は明るく、この基地に来てから見たどの部屋よりも広い。


「なんて、大きい……」


そこは格納庫だった。目の前には黒い巨大な一枚の翼のような航空機が停まっていた。あまりにも大きくそれでいて薄い。滑らかすぎる曲線で構成された漆黒の航空機である。


「名前をB−2スピリットという。戦略爆撃機だ。こいつを一機つくるのにアメリカ国民の税金が二◯億ドル必要だ。壊さんでくれ」


爆撃機をぼうっと見上げていたミナトに横から不意打ちのように声をかけてくる。電気ショックが走ったようにビクッと振り向くと、スキンヘッドの男が車椅子を押してこちらへと近づいてくる。車椅子にもたれかかる男は乱れた長い黒髪が顔の半分をおおい隠している。どこか夢見心地で、目の前のミナトよりも遠く天国の方まで意識を飛ばしているかのようにうつろだった。


「誰?」

「さあ誰だろうか? 侵入者に名前を名乗るほど馬鹿じゃないつもりだが」


スキンヘッドの男が軍服に似合わないシルバーのブレスレットをしていることに気がついた。規律と礼節の軍服に、過剰かじょうなほどの装飾が入ったブレスレットは何か奇妙な取り合わせである。


「何をしにここに?」

「言わずもがな。わかるだろう?」


スキンヘッドはそう言うと、筋肉質な身体をふるわせて笑い始める。邪悪な笑みを浮かべながらブレスレットをした右腕を高くかかげると、左手でそれをくるりと一回転させた。

突如とつじょとして車椅子がブレスレットと同じように一回転する。それに乗せられた男も、よだれをらして焦点の合わない目で虚空こくうを見つめそれに従う。

一回転してミナトに向き直った男の目つきは変わっていた。ミナトをまっすぐに見つめ、瞳には力強い意志が宿っている。垂らしたよだれを手の甲でぬぐうと、危なげもなく悠然と立ち上がった。


「さあゆけ、ルーク中尉! その力を示すのだ!」


叫び終わるやいなやスキンヘッドの首が宙を舞った。鮮血をき散らしスローモーションで回転し、大きな放物線を描いて飛んでいく。その顔には驚きが張り付いたままだった。


「気安く呼ぶな、人の名を。この俺を誰だと思っている?」


爪の先に付着したドロリとした赤い血をめとりながら、目覚めたルーク中尉は不機嫌だった。


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