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リユニオン 堕天使は不敵に笑う   作者: HARD LUCK
不夜城の怪人 ラスベガス編
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不夜城の怪人 第三三話 ディヒューマナイザー 5


グルーム・レイク基地の基地機能は大きく二つに分けることができる。ひとつはアメリカ空軍の航空基地としての機能、もうひとつは研究所としての機能だ。

研究所としての機能はさらに二つに細分化でき、最新鋭航空機開発部門と生体研究部門に分けられる。コーネル大佐率ひきいる能力者研究開発所は生体研究部門の一研究室に過ぎず、基地全体からすると約七パーセントの人員のみで構成される小規模な組織である。しかしこの七パーセントこそが”能力者を生みだす”ことを世界で唯一、可能とした組織なのだった。

現在漆間うるまはこの能力者研究開発所にとらわれ、彼らの研究材料としてきょうされようとしている。その能力の源である”脳”だけを……





白い壁の廊下をひたすらに走っていた。

白色LEDの白々しい光に包まれ、走りすぎてもつれた足音だけが鼓膜を叩くように響いている。流れる汗はもう魚の生さをすっかり上書きしていた。

一体いつまで走ればいいんだ?

先の見えない無限に続く白色の回廊かいろう。途中にいくつもの扉があったけれど、そのどれもが固く閉ざされている。ここが一体何の施設なのか、食料冷凍室を抜け出て以来、そればかり考えて走り続けていた。顔半分をおおうアレックスの形見の仮面が重い。どこかで漆間くんがとらわれている場所を調べなくちゃならない、そう思った矢先――

前方二◯メートルほど先で自動ドアの開く気配に、ミナトは足を止めた。周囲を見渡すもまっすぐな廊下、隠れるところなんてもちろんない。これでは見つかってしまう、と慌てふためき右往左往するうちに、ドアから人が出てきた。

見つかる、と覚悟し思わず目をつむったが、前方からは何の反応もない。「誰だお前は!」とか、「侵入者か!」のような声が聞こえてもおかしくないのに、白い廊下は換気扇のファンが唸りをあげるだけだった。

薄目をあけて前を見ると、目の前には確かに男がいた。しかしその男は軍服こそ着ているが軍人らしさのかけらもなく、どちらかといえば引きもりの肥満少年のようなおもむきで、ひどく疲れたような顔をしている。何日も寝ていないかのように大あくびをし、こちらに気づいていないのか、あるいは気づいているが面倒だから無視を決め込むつもりなのか、ミナトに対してひたすらに無関心だった。

奇妙な人間が奇妙なところにいるんだな、と思いながらも、騒ぎにならないことをこれ幸いと肥満の軍人が向かいのドアへと消えていくのを見守って、ミナトはその男が出てきた自動ドアに駆け込んだ。


「はぁー、やれやれ。いい加減きたねどうも」


部屋の中に入ると、薄暗い光の中ゲームセンターのようにモニターが四つ並び、その前にそれぞれ戦闘機のコクピットのような設備が並んでいる。そのうちの真ん中二つに男が座っていて、やけに明るく見えるゲーム画面の中で戦闘機を操作していた。


「どうした、また愚痴ぐちか?」

「またとはなんだ、またとは。お前は何も思わんのか? こんな狭っくるしい小部屋に押し込められて毎日のように同じ作業。いい加減気が狂いそうになるぜ」


ゲーム画面は戦闘機を鳥瞰ちょうかんする視点だった。戦闘機が施設をロックオンする。赤いカーソルが飛行機の下にある建物に合わせられた。


「おい、そりゃ民家だ!」

「おおっと危ねえ。民家に落とすとまたうるせえからな」


ロックオンがかれ、戦闘機の高度が上がる。砂漠のかわいた地面が遠ざかっていく。


「しっかりしてくれエース殿。愚痴なんて言ってる場合じゃねえぜ。俺たちの任務はこの無人戦略爆撃機でゲリラの基地を爆撃することさ。市民をぎゃく殺することじゃねえ」


エースと呼ばれた男はため息をついた。


「そうは言うがなお前、この画面を見ろよ。俺たちは遠隔操作で絶賛戦争中なわけだが、こりゃどう見てもゲームにしか見えんぜ。真面目にやる気が起きんよ」

「ゲームとはいえ人は死ぬ。それも俺たちが一方的に殺す側さ。ちったぁ真面目にやってやらんと、死んでいったゲリラどもも浮かばれんだろう」

「さすが、妻子持ちは言うことが違う。お固いこって」

「お前にも嫁さんがいるだろう?」

「単身赴任ふにんだよ。家に帰ったら暖かい家庭が待ってるお前さんとは違うのさ。――おっと今度こそゲリラの拠点だ。叩き潰して飲みに行こう。お前のおごりだからな?」

「馬鹿、俺は帰ってカミさんのマズいメシだよ」


画面の中の二機の爆撃機がぐんと高度を下げると、建物に赤いカーソルがロックされる。男がスイッチを押すと、爆弾が投下された。画面の中で建物から出てきた男が空を見上げ、慌てて建物に向かって何かを叫んだが、すぐに爆風にのまれて何も見えなくなった。

あの男は死んだのだろうか? それもたった今?

地面はすぐに遠ざかり、爆撃機は青い空を飛び去る。爆煙が尾を引いていく。地上は土煙におおわれた。ゲーム画面のような白々しさが戦争の悲惨さ感じさせない。空を見上げた男の死も、その男が呼びかけた誰かの死も、まるで実感がない。人の死がゲームのように他人事だ。


「おい、誰だお前!」


ミナトは足が地面にくっついたように立ち尽くしていたが、その声にはっとする。見ると、ゲーム機のようなコクピットに座っていた二人の男たちがこちらを見て銃を構えていた。


「見つかった!」


パチンッ

拳銃から弾丸が放たれると同時、正面に赤い炎の壁が現れた。

「なんだ!?」という無人爆撃機のエースたちの叫びを右から聞き流しながら自動ドアに向かって駆け出した。炎に反応した天井からスプリンクラーのように消火用の水が降り注ぐ。

元きた廊下に出ると、そこはさっきまでとまるで景色が変わっていた。一面真っ白だったその壁は警告灯の赤色に染まり、気が滅入るほど静かだった回廊はけたたましく侵入者の存在を知らせている。

もはや隠れようがない。固く閉ざされていたドアは全て開き、自動小銃を抱えた兵士たちが素早く、しかし規律正しく現れる。銃口はどれもがミナトの方を向いていた。





「ん? なんだ騒がしいな」

「ほっとけ、航空基地エリアだ。こっちには関係ない。――それよりも、こいつから目を離すな。いつ能力を使われるかわからん」


隔離部屋の外ではサイレンが鳴り響いていた。目の前には二人の軍服を着た男たちがいて俺を監視している。彼らは三組目の見張りだ。前の二組はすきを見て『生命力』奪ったためにミイラのようになっておそらくはベッドの上で点滴を受ける身だろう。


「しかし便利な能力だな貴様の能力は。聞いてるぜ、初めここに来たときは今にも死にそうな老人だったんだろう? それが今や、どう見ても生意気盛りのガキって感じだ。若さを人から奪えるなんざ、貴様本当はいくつなんだか」


見た目通りの年齢だ、と言ってやりたいところだが、二度も脱出に失敗したせいか腕はひじから手首まで拘束され口はふさがれている。おまけにその手首は座らされた椅子に鎖で繋がれ動くこともままならない。これ以上『生命力』を奪うのは無理そうだった。


「貴様は四時間後、実験室にいってもらう。それまでは大人しくしておけ。俺たちの出世に響くからな」





「こっちだァ! 急げ!」

「なんなんだこいつは! なんで手から火が出るんだ!? なんでピエロの仮面をしている!?」


走りながらパチンパチンと次から次へと指を鳴らす。そのたび赤い炎が吹き上がり、蛇のように兵士たちに巻きついた。うなり声をあげて暴れる者や、すぐに消火器の泡をびて鎮火ちんかする者、反応はさまざまだったが、皆一様にミナトの創り出す炎に恐れおののいている。どうやら能力者を知らないらしかった。

それにしても――

 一体なぜ僕はこれほどまでに落ち着いていられるのだろう?

飛びう銃弾の雨の中、ミナトの心はひどく冷静だった。風のない静かな夜の水面のように静謐せいひつで、恐怖心も動揺もしない、全く心が無感動なほどに冷静だった。

パチンッ

背後から撃ち込まれたマシンガンを赤い炎の壁が阻んだ。一瞬にして銃弾はけたなまりとなって床に飛び散る。

以前までの自分なら拳銃を目にしただけで恐怖に震えて能力を使うことすらままならなかったはずだ。しかし今は冷静に、きわめて的確に炎をり出すことができている。なぜだろう。

アレックスのおかげかな。

そう心の中でつぶやき、顔の右半分をおおう仮面を優しくでた。冷たい感触が指先に広がる。

アレックスはミナトの無駄な恐怖心を連れていってくれたのかもしれない。ミナトは自分の中に存在する兄、マナトが表層の自分に現れるのを、子羊がオオカミを怖れるように避けたがった。自分が乗っ取られるからではない。怒りの感情だけがミナトの精神に融合されてしまったせいで、優しく偉大だった兄が凶悪な殺人を繰り返すことになってしまった運命が怖ろしかったのだ。

ミナトの精神に融合した兄が現れる条件はふたつ。

ミナトが動揺すること。

能力を使うこと。

今、大勢の武器を持った軍人にかこまれたグルーム・レイク基地の先の見えない廊下を走り続けるミナトは、かつてないほどに冷静だった。





無数にある小さなモニターには基地内各所にもうけられた監視カメラの映像が映し出されている。基地内の廊下や、士官室、ひいてはトイレや女性兵士のシャワールームなど、ありとあらゆる場所をそのモニター群は映し出していた。それも撮影するカメラの存在を完全に極秘として。

これはエリア51というその研究、開発という極めて秘匿ひとく性の高い任務に従事する基地では当然の体制であった。万が一研究内容が外部に漏れれば、事態はその研究内容が明るみになるだけでは済まないからだ。例えば最新鋭航空機の開発データが持ち出されれば、他国に対しての航空分野の技術的優位がらぐ。あるいは能力者開発を含む人体実験のデータが奪われれば、技術の流出どころか国内からすらもその非道の研究に非難の声が上がるだろう。そういった不幸な事態は避けなくてはならない。

この基地内全てを監視する”全基地監視室”の存在を知るのは、基地司令官エヴァンズ少将とその直属の部下数名であった。しかし――


「お呼びですか司令官?」


白衣を身にまとった猫背のその大佐はグルーム・レイク基地に配属されてもう一◯年になるが、この全基地監視室に足を踏み入れたのは初めてである。


「これを見たまえコーネル君」


がっしりとした肩に力強い背中。軍服を荘厳そうごんに身にまとった強靭な肉体。そこから放たれる声は威風堂々たる響きで、そのバリトンボイスにはそれだけでなにものにも代えがたい説得力がある。基地司令官エヴァンズ少将は屈強な軍人だった。


「これは……、司令官も趣味がわるい」


コーネルは無数のモニターに映る赤裸々ららなプライバシーに赤面し、声が上ずったが、エヴァンズは「茶化すな」と低くうなった。


「あれを見たまえ」


司令官が指す先、一際大きなモニターには赤く燃え上がる廊下が映っている。炎の中央には何やら奇怪きかいな仮面の少年が立っている。


「君の『オモチャ』ではないのかね?」


司令官のコーネルを刺す三白さんぱく眼に背筋がゾクりとした。

エヴァンズの意図は明らかだ。基地内でコーネルの開発した人造能力者が暴れだしたのではないか、と疑っているのだ。

コーネルは鼻の頭からズレたメガネを正し、もう一度よくモニターを見直した。ピエロマスクの少年は無論、人造能力者ではない。炎を創り出す能力者など、コーネルは生み出していないからだ。ではこれは誰か?


「司令官、このピエロは我々の兵士ではありません。彼は侵入者です」


そう、この少女のような横顔には見覚えがある。というよりさっきの会議で見たばかりだった。


「この男の名は興梠こおろぎミナト。日本から来た能力者です」


エヴァンズはわし鼻をフンと鳴らした。


「君が手に入れた日本の能力者を取り返しに来たというわけか」

「ええ。おそらくそうでしょうね」

「で」


司令官は鋭くにらむ三白眼をまっすぐにコーネルへと向ける。


「この始末はどうするのだね、大佐?」


大佐と呼ばれたことにムッとしたが、まさか司令官相手に『軍人扱いは嫌いだ』などと言えるはずもない。コーネルにできるのはこの事態に対する解決案を提示するだけだった。


「目には目を、歯には歯を。人造能力者を向かわせます」


エヴァンズ少将の視線が試すようにギラついた。


「貴官の『オモチャ』勝てるのか?」

「ええ。必ずあの狂ったピエロを無力化して見せましょう」


胸を張ってそう伝えると、司令官は視線を外し、「期待させてもらおう」とだけ言った。



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