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リユニオン 堕天使は不敵に笑う   作者: HARD LUCK
不夜城の怪人 ラスベガス編
21/44

不夜城の怪人 第一三話 星条旗のもとに 2


テオがドアを開けようとしたとき、隙間すきまから光がれているのが見えた。

柔らかな白い光。包み込むような暖かさが部屋中に広がっている。

勢いよく開いたドアは大きな音を立てた。


「そ、その手はなんですか!?」


ベッドサイドで座る大柄おおがらな男がとっさにかばったものをテオは見逃さなかった。白い光はまさしく大男の左手から放たれていたのだ。


「だ、誰だ?」


慌てて手袋をはめ直した大男はテオに問いかけた。


「ああ、私は……」

「う、うーん……」


ベッドに横たわっていた男がだるそうに起き上がる。ぐっと伸びをした腕を見て大男はおい、とその腕を支えた。


「お前、腕がくっついたばかりなんだぞ」

漆間うるまじゃねえか、おはよう」


眠そうな目がこちらを捉える。


「あんたたち誰?」

「私はテオ・ランベルティです。こちらは秘書のカロリーナ」


テオはつくり笑顔を確かめ、カロリーナはたおやかに微笑んだ。


「美人だね」


ぽやんとした声で起きたばかりの男は呟いた。隣では猜疑さいぎ心の塊のような目がこちらをうかがっている。


「腕を斬られたあなたを病院へ運んだ者ですよ。見舞いに来たんですが……、ご迷惑?」


一瞬の空白ののち疑惑の目は瞬時に解かれ、漆間と呼ばれた大男は握手を求めた。


「あなたが綾崎を……! 本当に、本当にありがとうございます……!」


抱えたフルーツのバスケットをカロリーナにまた預け、テオは大男の握手を受け入れる。握手はかたいものだった。

これは案外簡単かもしれん、とテオは深く下げられた漆間の頭を見て思った。


「そういや、興梠こおろぎは?」


まだぼうっとしているのか、ベッドの上の綾崎は個室をひと回し見渡した。


「田沼もいねえ」

「後で説明する……」


興梠に田沼、まだ仲間がいやがったのか。


「お仲間ですか?」

「いや、もう違う」


一瞬の沈黙。


「おい! そりゃどういう意味だ!?」

「後で説明すると言っている!」


二人は何やら口論を始める。キツく睨み合い、説明しろ、後でする、の応酬おうしゅうが繰り広げられた。

少し元気すぎないか?

とは、テオの疑問だった。綾崎とかいうイカサマ男は腕を斬られ、全身麻酔の手術を終えたばかりだ。にも関わらず、言い争うその姿はちっとも怠そうではなく、どころか腕をかばう素振そぶりも見せない。

ゴホン、と咳払いをひとつした。


「あ、あー」


山猫のようにいがみ合っていた二人はピタリと止まりこちらを見た。


「どうも私どもはお邪魔のようなので、今日はおいとまさせて頂きます。フルーツを置いていくのでよかったらどうぞ」


ローテーブルにバスケットを置かせると、チャオ、と手を振り殺風景な病室を後にした。



「脅すんじゃなかったのですか?」


病院の廊下を歩く途中、カロリーナがニコニコとしながら言った。


「そのつもりだったが……奴ら何かある。俺の鼻がそう言ってる」


テオが浮かべた表情は冷徹の一言だった。そこには一片の陽気さもなく、研ぎすまされたナイフのように鋭い眼差まなざしである。こちらが本来の姿なのだろう。


「第一、腕を接合できたことからおかしい。傷口はグチャグチャだったんだ」


テオが綾崎を発見したとき、右腕は地面に無造作に転がっており、それを真っ赤に燃える自動車から上がる炎が照らしていた。とても衛生的とはいえず、手術に適した状態だったとはいえない。


「サツは絶対に入れさせるな。入院中は徹底的に監視しろ。奴らの一挙手一投足からあらゆる情報をつかみ取れ。そのためのあのバスケットだ」

「ご執心ですね」


ふふっと微笑む姿は必死さをあざ笑う響きが含まれているように思えた。

テオは、いいからやれ、とカロリーナを鋭く睨んだ。


「腕が取れたのはおととい、手術を終えたのは昨晩だ。それにあの光る手。絶対に何かある。逃してなるものか」


誰にともなく吐き捨て、下唇を噛んだ。


「次は白百合の花を持ってこられてはいかがでしょう。鉢付きで」


たおやかにカロリーナは言った。


「……気がきくじゃねえか。明日までに準備しておけ」






「今の奴は何だったんだ?」

「お前まだ寝惚ねぼけてるのか?」


漆間が再び左手の革手袋を取ろうとすると、綾崎はいい、と制止した。


「右手は動くか?」

「まあ、何とかグーパーぐらいならな。指鳴らしは……、無理っぽい。——それよりも、だ」


綾崎は漆間に向き直る。


「興梠と田沼が居ないのはどういう訳だ? ちゃんと説明しろ」


自分が寝ている間、あるいは腕をくっつける手術を受けている間、一体漆間とミナト、そして田沼の間に何があったのか? そのことを絶対に知らなくてはならないし、間違いであれば正さなくてはならない、と彼は考えている。一◯年来の親友、綾崎とはそういう男だった。


「興梠は……、信頼できない奴だ」

「なんで?」

「なんでって、お前は腕を斬られたんだぞ!?」

「それがどうした」


自分の腕が取れたことをそれがどうした、と言い放つ。


「俺の腕が斬られたことと、興梠がいなくなることは関係ないだろ。いいから理由を話せ」


確かにそれは正論だ。しかし腕を切断されて、そのうえ縫合する手術を受けたばかりで、それがどうした、と言える人間が何人いるだろうか。

しかし納得させなければない。自分たちの旅は過酷なのだ。

漆間は静かに語りはじめた。


「興梠の能力は間違いなく俺たちの中で最強だ。火をつけられる、単純な能力こそ強い」

「ああそうだな。あいつは強い」

「だがな、それをあいつは俺たちのために使う気がないんだ。現にその腕を見ろ。興梠が能力を出し惜しみしたせいで斬られた」


これは漆間の目から見た真実だった。燃えさかるビルから彼を救い出したあの日、ミナトの周囲に広がっていた光景は凄絶せいぜつに過ぎた。

肉体の有機物を完全に炭化された死体が三体、転がっていたのである。いや、転がっていたとはもはや正しくない。正確には元は身体だった炭が、盛り塩のようにそこらに積み上げられていたのだ。

これほどの苛烈かれつな能力と、戦いに対する覚悟を持っていながら、ミナトは綾崎のことを助けなかった。


「お前は、あのとき死んでもおかしくなかった。それを興梠は助けようともせず、自分だけお前に救ってもらったんだ」


だからこそ怒りは大きい。死ななくてもいい場面で綾崎が死ぬ必要はない。それにこの旅は綾崎を救うためのものだ。ミナトもそれは知っているはずだった。


「それにだ、あいつは俺たちに何か隠しごとをしている。どうしてそんなやつを信じられる?」

「……」

「俺は興梠に背中を預けることはできない。だから消えてもらった。ただそれだけのことだ」


漆間が話し終えるまで綾崎は終始無言だった。

気づけば日は暮れはじめ、夕陽が殺風景な部屋に射し込んでいた。


「……一度言わなくちゃならねえと思っていたが、漆間」


夜の闇に吸い込まれそうな声だった。


「お前は、かえでちゃんともみじちゃんが亡くなってからおかしくなってる」


胸を杭で打たれたような衝撃が走る。


「なぜ今、妹たちの名前が出てくる?」


かえでともみじは漆間の亡くなった双子の妹の名前だ。


「いやもっと前かも知れねえ。八年前、おばさんが亡くなったときから変わりはじめていたんだよ」


胸の鼓動が火を入れた蒸気機関のように速さを増していく。綾崎はなぜ今、そんなことを持ち出すのだろう

か。


「一◯年前、まだ小学生だったお前は、病気のおばさんの治療費のために田沼に願いを言った。『一生困らないほど金持ちにしてほしい』ってな」


――そんな大金、払えません!

――子どもたち、お母さんはね、もうすぐ病気で亡くなってしまうんだ

――お母さん死んじゃヤだ!


「そしてそのときに手にしてしまった能力『最も信頼する人の寿命を奪い続ける』のせいで三人は亡くなってしまった」


――老衰です

――母さん……!

――おかしい……! この若さで、しかも二人同時に……。いやしかしこれは老衰としか……

――かえで、もみじ……どうして……?


「そして今度は俺の番だ」


――あなたの能力は別のターゲットを見つけた。そうそれが綾崎さんです


冷や汗が背中を静かにつたっていく。心臓の拍動とともに呼吸は荒くなり、漆間の顔はわずかに紅潮こうちょうしていた。


「お前は信頼できる人をつくるのを怖れてる。また自分のせいで死ぬんじゃないか、ってな」


心に弦が張られているのなら、綾崎はそれを今ピンピンと弾いている。言葉のひとつひとつが突き刺さり、漆間の心を波打たせた。

そう、俺は怖れている。自分のせいでこれ以上誰かが死ぬことを。それも信頼している人が死んでいくのを。


「わかるぜ、わかる。誰だって怖い。見ず知らずの誰かが死ぬのなんて怖くねえ。だけど親兄弟が自分のせいで死ぬのが怖いのなんて当たり前だ」


そして親友の死も近い。俺の人生の半分は綾崎とともにあった。もはや我が半身と言ってもいい。

しかし綾崎の寿命はあと一◯八日。自らの半身の命がたった三ヶ月と少しで尽きようとしている。俺はその親友の寿命を奪い、これから三◯◯年以上も生きなくてはならないのに。


「けどな、そうやって誰のことも遠ざけてしまってどうする? それでお前に何が残るんだ?」

「お前が残る。そうだろ綾崎?」


綾崎はかぶりを振った。


「俺だって死なねえと決まったわけじゃない」

「死なせやしない!」


絶対に死なせてやるものか!


「いや死ぬ。昨日も、いやおとといか、マゼンタとシアンに殺されかけた」

「だから興梠を追放した!」


病室の中で、叫び声がこだました。

耳鳴りのように響き渡る中で、綾崎の表情はただ哀しかった。


「そうじゃねえ、そうじゃねえんだ漆間。俺はお前のことをよく知ってる、たぶんお前よりもな。だからわかる」


日は没した。蛍光灯の明かりがやけに明るい。綾崎の瞳の中に映る自分はひどく小さく見えた。

小さな自分がにじんでいく。


「興梠のためなんだろ?」


重力の井戸の底に沈んでいくような感覚。


「お前は興梠こおろぎの真面目で一生懸命なところを気に入っていた。だから旅の同行を許したんだ。そうだろ? けどよ、それがいけなかったんだ。頭の隅にチラと浮かんじまった。興梠ももしかして『最も信頼する人』になっちまうんじゃねえかって」

「……」

「それからは必死だ。興梠の気に入らねえところを探した。そしてあいつが何か隠していることに目をつけた。自分から遠ざける口実にするために」


それは違う、と否定できない自分がいる。俺は確かに興梠のことを少しだけ気に入っていた。田沼に第二の能力について聞いても冷静を装おうとした自分も確かにいた。ひどく動揺していたにも関わらず。

もしかして興梠も、と思わなかったとは言えない。


「興梠は真面目で、一生懸命で、すごくいい奴だ。それは認めるな?」


ああ、と漆間が小さく同意した。


「確かにあいつが何か隠しているのは事実だ」


何かはわからない。


「だけど、そんな素直でいい奴が隠すほどのことだ。よほどのことなんだとは思わないのか?」


確かに思った。だけど綾崎を失ってまで隠すことでもないとも思った。


「お前はせめて聞くべきだったんだ。興梠が何を隠しているのかを」


そうかもしれない。しかし俺はもう俺のせいで誰も死なせたくないのも事実だ。


「俺たちは何のために旅をしているかだ」

「お前の寿命を戻すため、そうだろ」


首を横に振った。


「そりゃ半分だ。もう半分はお前の能力を解くためだ」


第二の能力『最も信頼する人の寿命を奪い続ける』を解くため。


「そいつを解くことができりゃあもう遠慮する必要はねえ。お前は何の遠慮もなく、信頼できる人をつくれるようになる。もちろん興梠だってな」


綾崎の手が肩に置かれた。


「これはお前のための旅でもあるんだぜ、漆間」


俺のための旅……。

頭ではわかっていたものの、本当は分かっていなかった。これまで綾崎のためとばかり考えていたが、自分のためでもあったのだ。

すぅっと頬を涙がつたり落ちた。


「そうか、そうだったな」

「わかったか? 忘れるなよ。これからも大切な人はできる。だけどもう死なせることはなくなるんだ、この旅が終わればな。だから興梠を探すぞ」

「ああ、だが何を隠しているか聞いてからだ」


袖で涙を拭いながら、着替えろよ、と言った。


「探しに行こう。暗くならないうちに。それに案外興梠もホテルに戻ってるかもしれねえしな」


赤ちゃんの前掛けのような入院着を着替え、綾崎はベッドを降りた。

そういやあ、と綾崎はふと思い出したように聞いた。


「田沼はなぜいねえんだ?」

「興梠に預けたまま追い出しちまった」

「お前、ときどきすげえ馬鹿になるのヤメろよ。この先不安になるだろ」


綾崎は縫合ほうごうした右手をグーパーすると、ドアを開けて二人は日の暮れた病院を後にした。




闇夜に似合わない二人の男。髪は水色、そしてピンク色。黒いスーツに身を包み、夜の街に浮かぶド派手な髪は、ある意味ではラスベガスにふさわしい奇抜さだったかもしれない。

しかし死神のようなマゼンタとシアンは間違いなくこの場にはふさわしくなかった。


「アレだ。あの辺りで救急車に乗れば必ずあの病院に運ばれる」


マゼンタが指したのは綾崎が手術を受けた病院だ。


「さて、エサには食いついたかな? 仲間というなら来ているはずだ」


シアンの言うエサとは綾崎だ。綾崎に大ケガを負わせ、魔本の悪魔を病院におびき出す。それが狙いだと水色のシアンは言っている。


「強がりを言うなシアン。俺たちは失敗したんだ。ルーレット野郎をさらって悪魔をおびき出すのが作戦だったはずだ」


シアンは少しムッとすると、どっちでもいいだろ、とボソリと呟いた。

二人は病院への道をゆるゆると歩いていった。暗がりの道をごく自然に。悪魔の魔本『堕天使の懺悔ざんげ』を手に入れ、イレギュラーな能力者である日本人を消す。それが彼らの目的だった。

歩いていくと、マゼンタが右手でシアンを制止した。そこは一際ひときわ闇が深く、街灯の死角になっている。そこにいる何者かの気配に気づいたのは業界に長くいる経験のなせるものだったろう。


流石さすがにプロだね。待ち伏せが失敗しちゃったよ」


暗がりから一人の男が歩み寄ってきた。やあ、と右手を挙げて挨拶をする。


「また会ったね、シアン」


シアンは左脇のホルスターからグロッグ銃を取りだし、マゼンタはナイフを構えた。

ヨレヨレのスーツにボサボサ頭、シアンはこの男に見覚えがある。


「私は鈴木と言うんだ。以後よろしく」


言い終わると鈴木は挙げた手を一気に振り下ろす。それは指揮官の射撃合図に似ていた。

夜のしじまに銃声が鳴り響く。鮮血がパッと上がった。

カタカタと音を立てて滑り落ちたのはグロッグ。シアンの右手から水色ではなく、皆と同じ赤い血が吹き出していた。


「君たちに聞きたいことがあるんだよ」


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