不夜城の怪人 第一二話 星条旗のもとに 1
「あんたか?」
コール音二回で相手は電話にでた。
「日本人のガキはピエロに連れ去られた。――そう、魔本らしき物を持ってる奴らの一人だ。――ああ、そうだ。……何? 本当か? ――了解した」
「どうだった?」
眠そうに目を擦りながらシアンは尋ねた。
「俺たちはあっちを追う。いいな」
冷たくいい放つマゼンタに、シアンはあいよ、と答えると大きなあくびをした。
「なんで僕を泊めてくれるんです? 縁もゆかりもないのに」
ミナトはダイニングであてがわれた椅子に腰掛けながら尋ねた。
「さあね、気まぐれかな」
ニコニコと言うアレックスに、ミナトとアレックスの妻シェリーは呆れた。
「いやね、ショーに協力して貰ったし、お礼も兼ねて食事に招待しようかと思ったのさ。そしたら泊まるところがないって言うもんだから、じゃあウチに泊まればいいやって」
ミナトは迷った。この胡散臭くほほえむアレックスを信用してもいいものか。しかしもう漆間と綾崎の泊まるホテルグラージオに帰れないのも事実である。
「じゃあお言葉に甘えさせていただきます。すみませんシェリーさん」
「いいのよ、ゆっくりくつろいで。客間は二階だから。後で案内するね」
食事の支度をテキパキと進めながら彼女は答えた。
「で、ミナト君。夕食ができるまでいくつか聞きたいんだけど」
きた、とミナトは心の中で口ずさんだ。やはりアレックスにはなにか魂胆があるのだ。ポケットの中の小さな魔本を握りしめる。
「な、なんですか?」
生唾を飲み込みながらおそるおそる尋ねる。
「君ってどこから来たの? この州の人……じゃあないよね」
「ええ、日本から来ました」
「やっぱり? そうじゃないかと思ってたんだ!——じゃあさ、日本人は毎日スシを食べてるって本当?」
意外な問いにミナトは拍子抜けした。
「まさか。僕なんて取引先の接待ぐらいでしか食べられませんよ」
「接待? 君働いてるの? まだ子どもなのに」
「失礼よアレックス」
「いいですいいです。子ども扱いされるのは慣れてますから。ひどいときは女の子扱いです」
「それ、僕もしちゃったね。舞台の上からじゃよくわからなかったんだ。ゴメンね」
お気になさらず、と言いながらミナトは微笑んだ。アレックスは無邪気な笑顔が奇妙に似合う。ミナトは不意に聞きたくなった。
「アレックスさんはいくつなんですか?」
「僕かい? 二四歳だよ」
「え? 同い年!?」
「ミナトも二四歳? 全然見えない!」
それもよく言われます、と心の中で呟いた。
「同い年なら、さん付けはいらないよ。アレックスと呼んでくれ」
「わかったよアレックス」
卓上で交わした握手は固いものだった。
アレックスはいい人みたいだ。少しの間、この夫婦に世話になるのもいいかもしれない。仲間を失った傷心が癒されるまでは、この夫婦の優しさに甘えてもいいかもしれない。ほんの一夜限りのことなのだし。
ねえ、そうでしょ田沼。
ミナトはポケットの中の魔本をまた握りしめた。また、返事はない。
シェリーが、できたよ、と暖かい夕食を運んでくると、食卓はオニオンスープの柔らかな香りに包まれた。
「晴れたラスベガスも乙ですね、室長」
「曇ってるのがヘンなのよ」
ラスベガスの片隅のハンバーガーショップで語り合うのは四人の男女であった。
「あんたと仕事するといつも雨で困る」
四人の紅一点、麻生清美はボサボサ頭の鈴木を睨んだ。
「やっぱり! 僕もよく降るなあ、と思ってたんです」
一番若い田辺は知己を得た、とばかりに麻生に微笑む。
実際、鈴木の仕事先ではよく雨が降るのだ。自分のせいじゃない、と思いつつも、砂漠のど真ん中のラスベガスでも降ってしまっては、鈴木としても否定し辛かった。
「ところであなたは? あまり見かける顔ではありませんが」
鈴木は寝ぼけまなこで麻生とともに来た仏頂面を見た。対策室の人員で、田辺以外にこんな真面目そうな面構えの男を見たことはない。制服でもないシャツを一番上のボタンまで留めている。
「私は川藤警部補であります」
敬礼をしながらのハキハキとした返答は鈴木の好むところではなかった。自分たちは建前上は観光中なのだ。参ったなあもう、と麻生を見やると彼女も目頭を押さえて呆れている。
「そうかい、私は鈴木。警部だ。——で、君はどこの所属かな? 見たところ対策室の人間ではないようだが」
階級が下と知って口調が変わった自分に驚く。自分はこうまで警察のやり方に馴染んでしまっていたのか。
心の中で嘆いていると、またハキハキとした答えが返ってくる。
「自分の所属を明かすことはできません。しかし当地ではお三方の指揮下に入るように言われています」
麻生を横目に見ると、彼女は小さく目配せをしてきた。警視正である彼女も川藤の所属を明かさせることができないらしい。つまりそれよりも上の階級の命令が川藤には下っているのだ。
「そうかい。ならいいとしようか、よろしく」
言いたいこともあるが飲み込むしかない。彼らが集まったのは別の理由なのだ。
「で、鈴木、田辺。今、魔本と『死神』はどうなってるの?」
「田辺君」
鈴木に促され、田辺は話し始めた。
「まず漆間ですが、彼は今、病院にいます」
「病院? それはどうして?」
麻生の整った眉が跳ね上がった。
「経緯はわからないのですが、相棒の綾崎が腕を斬り落とされたようで、その治療の付き添いです」
「なかなかグロテスクな情報ね」
田辺は肯定するでもなくそのまま続けた。
「それと興梠ですが、彼は漆間たちから離れたようです。どうも一悶着あったらしく、宿泊しているホテルを出てどこかへと去っていきました」
「どこかって?」
鈴木が頭をかき回しながら代わりに答えた。
「わかりません」
「情報が少なすぎない? あなたは何をしていたの」
麻生は腕組みし、冷ややかに鈴木を見つめた。この冷酷な視線に捉えられるのはいつぶりだろう。
「もちろん、我々も遊んでいたわけではありません。アメリカ空軍の方を追っていました」
田辺に資料を出すように言うと、彼はタブレット端末をテーブルに置いた。
「ネバダ州の空軍基地は、俗にいうエリア51ですね、数年前からある人物を追っています」
この男です、と画像を示した。
「何度か強行な手段に及んでいたようですが、全て撃退されました。中には小隊規模の人員が「彼」を捕らえるために投入された例もありますが全て退けています。そして」
鈴木は一呼吸おいた。
「一カ月前、空軍はある一つの会社と契約を結びます。それが塗装屋パレットです」
田辺がこれを見てください、と示した画像には空軍基地からパレットへの支払いの明細が記載されている。
「一介のペンキ屋にすぎない会社に支払われる金額としては異常です。そこで僕と鈴木さんはパレットについて調べました」
田辺が顔を窺ってきたが、鈴木は話していいよ、と目配せした。
「結論から言いますと、パレットは誘拐、暗殺等を引き受ける裏の顔を持っているようです」
田辺は鼻を鳴らした。
「パレットは二名の社員しかおりません。しかし、実際には業務委託という形でグリーンやターコイズ等、色の名前の個人事業主と契約し、命令をトップダウン方式で伝えています」
また画像を示した。そこにはカーマインやミモザなど大量の色名とともに金額が並んでいる。色名によって金額が異なるほか、業務内容によっても書いてある額が違う。窃盗、誘拐、と並び、暗殺が最も高額だった。
鈴木は頭をかいた。
「これはおそらく実力によって金額が異なるのでしょう。効率的ですね。うちの国の『王国』とは随分やり方が違う」
麻生が鈴木をキッと睨む。
はっとした。
上の命令で来た川藤警部補の前で『王国』の名をあげるのは明らかなミスだ。何も気づいていないのは田辺だけ。
田辺は何事もないように続きを話し始めた。
「それでですね、空軍はパレットに何らかの「彼」に関する依頼をしたようです。それで動員されたのが」
田辺は画像を示した。
「この五人です」
写真の横にそれぞれ色名が書かれている。おそらくコードネームだろう。カーマイン、ミモザ、インディゴ、マゼンタそして……
「僕と鈴木さんが漆間の部屋で争ったのがこのシアンなのです」
田辺は水色の髪をした男の写真を指す。束の間、四人は沈黙した。
麻生が口を開く。
「で、漆間は何色?」
どうやら麻生を誤解させてしまったらしい。
「いえ、違います。彼はパレットとは関係ありません」
「ならどういうこと? 関係ないならする必要のない話よね」
声色は穏やかなのにやけに背すじが凍る声だ。
「ここから先は私の推測になりますがよろしいですか?」
鈴木は一言断りを入れた。
「構わない。あなたの勘はよく当たるもの」
鈴木は頭をかいた。
参ったなあもう。
麻生からの信頼がこそばゆい。
「では失礼して、話させていただきます」
咳払いを一つ。
「おそらく漆間は巻き込まれただけです」
川藤の顔が微妙に驚く。
「シアンが能力者というのは話しましたね? 仮定ですが、こちらには元々、能力者を生み出す何かが存在した。それを空軍と……、田辺君、さっきの画像出して」
田辺がハイハイ、と最初に表示した男の画像を示す。
「ありがとう。そう空軍と「彼」がその何かを巡って争っている、という状況がこのラスベガスには存在したのです。「彼」の持つその何かを空軍は欲しかった。だから次々と戦力を投入し奪おうと試みたが全滅。そこで荒事のプロ、パレットに依頼し、さあ「彼」からそれを手に入れよう、というときに漆間がラスベガスに現れた」
鈴木はポテトに手を伸ばそうとしたが、睨まれてやめた。
「おそらく両陣営とも、能力者はほとんど把握していたのでしょう。そこに日本で生まれた能力者、漆間たちが現れた。空軍と漆間たちは偶然出会ってしまったのでしょう。揉めてしまい漆間は能力を使ってしまった。そしてのちの荒事に備えて漆間は銃を奪った」
それがこの写真です、と田辺は麻生に見せた。U.S.Air Forceと刻まれた銃の写真で、漆間たちの泊まるスイートに置いてあったものだ。
「一方、空軍からすれば漆間は初めて見る能力者。「彼」がまた新しい能力者を生み出したと考えるのが普通。調査するのは必然です。そのとき偶然、私たちは漆間たちが宿泊するスイートに調査に来たシアンと出くわしてしまった」
そうあくまで――
「つまりこれは偶然に偶然を重ねた結果生まれた、奇妙な誤解の積み重なりだと私は推測します」
鈴木がそう締めくくると、自然と全員が口を閉ざした。
田辺が意味ありげにこちらを見ている。
まだ言うべきじゃない。
鈴木は心の中で呟いた。
二人は空軍基地で奇妙な光景を目にしている。一人の黒人男性の死体が運び込まれていく光景を。その男の名はAJ。ラスベガスのサーカス内で自殺したギャングだ。あれはなんだったのか?
「で」
麻生が鈴木を見た。
「あなたの推測を裏づけるには何が必要なの」
顎を指でつまみ、神妙な顔で問う。
鈴木は頭をかき回す。
「「彼」の持つなにか」
ふっと笑った。
「と、言いたいですが不可能ですね」
田辺と顔を見合わせ、苦笑いを交換した。
「あまりにも強すぎる」
彼女はフルーツのバスケットを抱えながら、三歩ほど前で小躍りしながら歩く中年男を眺めていた。
病院でくらい静かにしてほしい、と思う。
中年男の名はテオ・ランベルティ。彼女はその秘書のようなものだった。
テオが急に振り返った。しかめっ面である。
「イカサマ野郎の病室だ。よこせ」
彼は彼女からバスケットを奪うと、今度は愛想のよい笑顔をつくり、コンコンとドアをノックした。
「お加減いかがですかぁ?」




