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リユニオン 堕天使は不敵に笑う   作者: HARD LUCK
不夜城の怪人 ラスベガス編
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不夜城の怪人 第八話 鉛色の空の下


「アレックス、お前は見ていたのか?」

「はい。AJは間違いなく自分で自分を刺しました。助ける暇もなかったです」


AJが自殺した。それも「彼」と会うわずか数分前に。情報を引き出した後、「彼」が直々に殺すつもりだったが、AJはそれを待たずに死んでしまったのだ。


「AJのスマホは?」


AJのスマホには「彼」の連絡先が入っている。州警察ごときに奪われるわけにはいかない。


「僕が持っています」

「よし、よくやった。それは私が処分する。分かっているだろうが……」

「ええ、僕の家族の命は先生が握っています。決して裏切りませんよ」

「分かっているのならばよい」


アレックスの扱いには細心の注意が必要だった。

まず、アレックスは「彼」に忠実ではない。特殊な、それも奇跡ともいうべき『願い』を叶えてやった経緯いきさつ上、一応は「彼」に従っているが、本来のアレックスの性格ならば、良心がとがめて決して従わないはずである。

加えてAJと違い「彼」の素顔と本名を知っている。アレックスがその気になれば、「彼」は国中から狂気の怪人として追われることになる。現に忌々しき「あの男」のせいで半ばほどはそのような状況になりつつあった。

 しかしそれらの欠点をおぎなって余りある彼の能力。決して強力な能力ではない。『暗殺』というただ一点においてアレックスの能力は何よりも頼りになるのだった。


「それと、これは念のためだが」


「彼」は声を潜めた。


「何でしょう?」

「日本人には注意を払え。生前、AJに関わっていたようだ」


敵が日本人とはAJが最期に残した言葉だった。


「わかりました。気をつけます」


アレックスはそれだけ言うと通話を切った。自分から通話を切ることが「彼」へのせめてもの抵抗なのだろう。心までは服従しない、と。


「あなた、ハンスの様子はどう……?」

ふいに子供部屋の扉越しに妻の震えた声が聞こえた。彼女は決してこの部屋には入らない。


「相変わらずだよ。眠っている」

「そう……、そう……なの……」


妻の落胆した声がか細く消える。トボトボと夫婦の寝室に帰っていく足音が聞こえた。


「なあハンス。AJが私に伝えたかったこととは何なのだろうなあ?」


「彼」は眠り続ける息子の白い髪をそっと撫でた、そして次の瞬間にはその撫でている自分をベッドに横たわり見上げていた。

口を開け「お前はいい子だよ」と言った声は、ハンスの喉から発せられたものだった。




「状況を整理しよう」


夕暮れ時、と言っても曇り空だが、また例の無愛想なウェイターのいるレストランで四人は情報交換をする。


「俺たちはAJという手掛かりを失った」


ラスベガスで生まれた能力者AJは殺された。栗毛でイタリア製スーツの男に。AJは六冊の魔本の手掛かりとなる男だった。


「再確認だ。ラスベガスに来てから何か見つけたか?」


綾崎の残りの寿命が一一◯日。漆間の第二の能力、『最も信頼する者の寿命を奪い続ける』を無くさない限り、これはまぬがれられない死だった。

綾崎が生き残るにはただ一つ。悪魔の潜む六冊の魔本、『堕天使の懺悔ざんげ』を全て集めなければならない。

それがこの三人の日本人と一人の悪魔がラスベガスへとやって来た理由だった。


「僕は何も見つけられなかった……」


そう言うと、ミナトは申し訳なさそうにうつむいた。


「綾崎は?」

「俺も何も。……いや、そういえば」

「なんだ?」

「興梠の身代金を稼ぐとき、二人でカジノに行ったろ?」


漆間と綾崎はホテルグラージオのカジノに入ったことがある。そこで漆間はスロットでジャックポットを出し、約一七◯◯万ドルを手に入れた。


「それがどうした?」

「あのとき、妙な奴がいたんだ」

「妙っていうのは、どんな人?」

「俺はルーレットで能力を使ってイカサマしてたんだが」


綾崎の能力は『物体転移』。その能力を使ってボールを思い通りのマスに入れるイカサマをしていた。


「ずっと勝ってたんだけどさあ、水色の髪の男が隣に座ったんだ。後ろにはピンクもいた。双子だったんかな? ともかくそいつがきた途端に俺は負けちまった」

「それで?」

「その水色が去り際に言うんだよ。『能力は見せびらかすもんじゃない』ってな。あのときは興梠こおろぎが誘拐されたことで頭いっぱいだったから気づかなかったが、今思うと能力者だったんじゃねえかって」

「その水色の人には能力の概念があったってこと?」

「そうだ。俺の推測なんだが、その水色が能力を使って俺のイカサマの邪魔しやがったんじゃねえかな」


そう言うと綾崎は遠い目をして黙り込んだ。


「一応聞くが、負けた腹いせでいい加減なことを言ってる訳じゃないんだな?」

「何年の付き合いだ。俺がそんなこと言うかよ」

「田沼、どう思う?」


田沼はこめかみに指をあて、うーんと唸った。


「私はその男を見ていません。なんとも言えませんね。ただ次にその男を見れば能力者か否か、たちどころにわかるでしょう」


四人はグッとおし黙った。


「漆間は? お前は何か見つけたか?」


綾崎が切り出した。

漆間は田沼をチラリと見た。ただ微笑むだけでキツネ目の奥の瞳は漆間に何も教えてはくれない。


「いや、俺も何もだ」


これは少し嘘が含まれていたかもしれない。漆間の脳裏には黄金の髪を持った少女が浮かんでいた。田沼が『魔力の残滓ざんし』を感じると言った少女、すなわちリタだ。しかしその後、気まぐれな悪魔は魔力の残滓なんて嘘だとも言っていた。

だけど田沼はどこか信用が置けない。田沼だけでなく興梠も。

能力を隠すミナトを漆間は信用しきれない。しかし今は人手が必要なときだった。


「とにかくだ、今はその水色の髪の男を探そう。そんな珍しい奴そうそういないし、案外すぐに見つかるかもしれない」




ラスベガスの玄関口、ここはマッカラン国際空港。そこから祖国へ帰る者とこれから入国する者。四人の運命がすれ違う。


「テオ、見送りはいいと言ったはずだが」


栗毛でアルマーニのスーツを着たルカはラスベガスでの仕事を全て終え、故郷のシチリアへと帰ろうとしていた。


「見送りじゃありませんよ。兄貴にもうひと働きして貰いたいんです」


ラスベガスの最高級ホテルをいくつも所有するホテル王、テオ・ランベルティはしがないマフィアの息子にすぎないルカ・ヴァレンティノを兄貴と呼んだ。ルカはまだ二八歳。それにひきかえテオは五◯歳が目前に迫ろうかという歳である。


「俺は依頼をこなしたし、宿代の分も働いた。これ以上仕事をさせるな」


テオの依頼は『ファット・ジョンの暗殺』だった。ラスベガスにおける麻薬事業に参入していたテオは、地元のストリートギャングを使いコカインを売りさばいていたのだが、そのギャング、つまりファット・ジョンがFBIにマークされてしまった。ギャングとの繋がりが露呈ろていするのを怖れたテオは、一切証拠を残さずに殺害できる、それも自殺を装える殺し屋、ルカ・ヴァレンティノにファミリー経由で依頼してきたのである。


「いや! パープルシャドウの異名は伊達だてじゃなかった! ルカの兄貴はすごい! だからそこを見込んでもう一仕事……」

「駄目だ、断る」


テオはホテル王のくせに、下手に出ることを嫌がらない。それは確かにルカの能力を認めている証でもあるのだが、おだてて報酬ほうしゅう以上の仕事をさせようという意図もある。現にルカはこの調子で請われ、『ギャングのリーダーAJの暗殺』も宿代という名目でやらされていた。


「実はですね、うちのカジノでイカサマをはたらいた野郎がいるんですが、そのタネがどうにもわからない。ですから……」

「依頼内容を言っても無駄だ。これ以上は親父に報告することになるぞ」


テオの媚びた笑顔が引きる。ルカの親父の名を知っているからだ。


「……いや、残念ですね。またベガスに来たときは連絡ください。サービスするんで。チャオ!」


そう言うとテオは急いで空港を去っていった。見込みがないと知れば風のように去る。本来ならばルカに構う暇もないほど忙しいはずなのだ。

しかし意外だったな。

ルカは心の中で呟いた。テオ・ランベルティは能力者の存在を知らなかった。ファット・ジョンが自殺した夜、謎の日本人がルーレットで大勝ちしようとしていた。ルカにはそれが能力者のしわざだと瞬時にわかったのだが、ホテル王、テオは知らなかった。

俺には関係ないか。

懐かしのアメリカだったが、この旅は血生臭過ぎた。もう二度とは来れないだろうが、もし来れるなら今度は誰も殺さず思い出に浸りたい。

そう考えながらルカは出国窓口へと歩いていった。足音はやはりしなかった。




「この国には何をしに?」

「観光よ」


低血圧な彼女は、入国管理官に気だるげにそう告げた。

管理官のジロリとした三白眼さんぱくがんがパスポート写真と彼女の顔を行き来する。ふと男の管理官は彼女の豊満な胸元に視線を落としてニンマリし、サッと手元の書類に目を向けた。


「あなたの名前は?」

麻生あそう清美」

「職業は?」

「警察官」


煩雑はんざつ極まりないやりとりだった。時差ボケで疲れた身体には余計にこたえる。


「警視正ってのは偉いのかい?」

「ええ、あなたよりもずっとね。私もう行ってもいいかしら」


麻生は苛立いらだった声をあげると、管理官はよい休暇を、と言って通してくれた。

だるい身体を引きずり歩いて行くと、日本から同行した男が待っていた。


「遅かったですね」


川藤警部補だ。仏頂面を下げて麻生を見ていた。


「すみませんね。遅くなりまして」


麻生は冷ややかに言い放った。しかし川藤は気にもめていないのか、仏頂面のままである。この仏頂面もまた麻生の疲れの原因であった。


「さて、どうしましょうか、川藤警部補どの? 上からはどうしろ、と言われてるんですか」


川藤は警視庁公安部公安五課特殊事件対策室の部下ではない。もっと上から遣わされた麻生の見張り役だ。


「現地では麻生警視正に従うように言われています。本官を部下として扱いください」


国を裏切らない限り、か。

川藤の言外げんがいの意には対策室で活動する者はすぐに気がつく。おそらくこの他愛ない会話の中でも、彼は麻生のことを念入りに観察しているのに違いない。


「わかりました。ではこれから鈴木と田辺と合流しましょう。当地の状況について知る必要があります」


しかし今のところ必要以上に警戒することもない。

麻生の指示に川藤ははっと、敬礼した。


「敬礼はよしなさい。私たちは観光で来ているんですよ」

「申し訳ございません」


麻生は先が思いやられた。しかし、川藤など問題にならないほど事態は逼迫ひっぱくしているかもしれないのだ。

願いの魔本がアメリカ空軍の手に渡っているかもしれない。

鈴木がもたらした報告は室長自ら動かなくてはならないほど危険な香りを漂わせていた。


「あら、くもり? 珍しいんじゃないの」


あいつと同じ現場ではいつも降っていたのに。


「砂漠ですからね。雨は珍しいんじゃないですか」


見当違いなことをいう川藤にため息をひとつ漏らすと、麻生は荷物を引きずりゆっくりと歩きはじめた。



「いたかあ?」

「いないよ……」


綾崎とミナトはホテルグラージオの周辺を歩き回っていた。漆間と田沼は中のカジノで水色の男を探していて、こちらは日が沈んだ外で探し歩いていた。昼間ずっと曇っていたせいか、夜が余計に肌寒い。


「なあ、興梠こおろぎ?」

「なに?」

「カジノの中の方が楽だったんじゃねえか?」

「うん、多分そう。でもジャンケンで決まったから」

「ちぇっ、運が悪かったよなあ」


そういうと綾崎はパーを出した右手を恨めしそうに見つめた。

負けちゃったんだからしょうがない。営業の外回りよりは楽だ。

日本にいた頃、ミナトは会社員をやっていた。何を間違ったか営業部にまわされ、全く向いていない仕事に悪戦苦闘していた。ミナトは二四歳にも関わらずウブな少女のような容姿をしており、営業先でいくら頭を下げても舐められて誰からも信頼されなかったのだ。

それにくらべればただ歩き回るだけなんて楽というほかない。


「こっちは人がいねえな。引き返そうぜ」


綾崎はそういうと、振り返って元来た道を戻ろうとする。ミナトはその翻ったジャケットの裾を引っ張った。


「あのさ……」

「ん?」

「僕の身代金のためにカジノで頑張ってくれたんだよね?」

「負けちまったけどな」


綾崎は高笑いした。


「その……ありがとう」


綾崎は目を丸くしてこちらを見た。


「僕は本当なら見捨てられるはずだった」


ミナトは続けた。


「確かそういう約束で日本をでたよね? でも綾崎くんと漆間くんは僕を助けに来てくれた。すごく嬉しかったし感謝もしてる。本当にありがとう」


そう言うと誰もいない薄暗い道路で、まっすぐに頭を下げた。深く大きく感謝を示すため、そして何より仲間と認めてくれた喜びを示すため、ミナトは頭を下げ続けた。

顔をあげろよ、と頭の上から聞こえた。


「漆間にも言ってやれ。興梠を助ける決断をしたのも、身代金を稼いだのも、燃え盛るビルからお前を救い出したのも漆間だ。それがスジってもんだろ?」


綾崎はニコッと笑った。爽やかな笑顔だ。つられてミナトも笑う。


「わかった、そうするよ!」

「こっそりハンバーガーでも食いに行こうぜ。腹減ったろ?」

「それは漆間くんに悪いよ……」


肩をぐっと寄せられ、耳もとで囁かれた。


「でもなあ、あれだけの炎を起こせる能力があるのなら、自力で逃げられたんじゃねえのか?」

「それは……」


思わず視線をそらす。

それは、僕の力じゃない。


「おい」


綾崎が肩を小突いてくる。


「なに?」

「見ろよ。俺の言った通りだったろ」


振り返ると、水色とピンクの髪の二人組が歩いてきていた。


「よう! 双子のお二人さん。ルーレットでは世話になったな!」

「「三つ子だ。弟は死んだ」」


水色とピンクは間髪入れずに答えた。


「『飛んで火に入る夏の虫』。なあマゼンタ、どっちにする?」


水色はピンクに問いかけた。


「デカい方だな。チビを捕らえたシロウトがどうなったか、『君子危うきに近寄らず』。俺たちは怪我しても保険は下りないからな」


ピンクの名はマゼンタ。


「なにコソコソ話してんだあ? 俺たちはお前らに聞きたいことがあるん……」


突如、ミナトの視界が半分消えた。鮮烈な赤い血しぶきが視界の左半面を覆ったのだ。


「うぎゃああああぁああ!!」


反射的に首を左にひねる。ピンクのハンカチでナイフの血を拭うマゼンタの奥、綾崎の右腕がスプリンクラーのように鮮血を吹き上げていた。


「あ、ああ……!」


鉛色のナイフが振り上げられ、血液のシャワーとともにそれがミナトの頭上に落ちてくる刹那せつな、マゼンタのささやきがやけにハッキリと聞こえた。


「遠足はもう終わりだ」




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