表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リユニオン 堕天使は不敵に笑う   作者: HARD LUCK
不夜城の怪人 ラスベガス編
15/44

不夜城の怪人 第七話 suicide


「ハロー?」

「旦那、俺です」

「AJ……」


電話を受けた「彼」はうんざりとしたため息をもらした。


「ニュースなら見たぞ。今更いまさら私になんのようだ?」


Bloodz壊滅かいめつの速報がおどったのは今日の昼ごろだ。ニュースによると仲間割れによる銃撃戦の結果、銃弾を避けようとして工事中のビルからあやまって転落、数十人の構成員が死亡した、とある。死因は降ってきた銃弾に撃たれて失血死らしい。


「違うんです。俺たちは集団自殺したわけじゃねえんだ。とにかく旦那に言わなくちゃならねえことがある」


必死さを感じるAJの声に「彼」の心は奇妙に冷めていく。


「私は忙しいんだ。お前のようなギャングに割く時間はない」


AJにはまったく失望させられていた。子どもを攫う手際、仲間を犠牲ぎせいに生き残ろうという執念しゅうねん、それらを見込みこんで能力を与えてギャングのリーダーにしたというのにこの様。


「待ってくれ! 大切なことなんだ!」

「さよならだAJ。もう二度と会うことはないだろう」


スマホを耳から離し、通話を切ろうとしたそのとき――


「敵は能力者だったんだ!」


AJが発したのは耳を疑う言葉だった。


「何?」


スマホを耳にもう一度押し当て、AJの第二声を待った。


「だから、敵は能力者だったと言ったんだ」

「それは今聞いた。どういうことなのだ、誰にやられた?」


「彼」が魔本を手に入れたのは一◯年前。そこから一◯年間は産み出した能力者を全て把握はあくしている。敵対する能力者はごく少数で、彼らが何か行動を起こせばすぐにわかる。しかしその気配はない。裏切り者がいるのなら制裁が必要だ。


「日本人だ」

「日本人? 何のことだ」

「だから敵は日本人だったんだよ!」


馬鹿なことを。

「彼」が魔本を用いたのは国内、それもネバダ州内に限られる。日本人に使っていれば忘れるはずがないし、何より全ての能力者はノートに名前と身分をしるしている。AJは嘘をついているとしか思えない。


「いい加減なことを言うな。もう切る」

「奴らの一人は『ラーサーに会いに来た』と言ったんだ、これ以上は電話じゃ言えねえ!」


ラーサーとは魔本、『堕天使の懺悔ざんげ』の悪魔の名前だ。ラーサーの名を知っている者はそうはいない。「彼」の産み出した能力者の中でもAJを含めた数人しかラーサーの名は知らない。

裏切り者か、それともまったく別の可能性か……?


「わかった。そこまで言うのなら会ってやる。時間と場所は追って連絡する。いいか? 間違ってもこちらに連絡するな。連絡は全てこちらからするのだ」


通話を切ると「彼」はソファに身体を沈めた。AJがわざわざ会ってまで伝えなくてはならないこととは何なのか?

コンコン、とノックする音が聞こえた。


「先生」


振り返ると、男が「彼」に話しかけていた。


「お電話ですか?」


とぼけた顔で尋ねるものだから、思わず笑ってしまう。それを見てどうかしましたか、と尋ねる顔もまたとぼけた表情だった。


「いやね、実家の両親からの電話だったんだが、未だに私を子ども扱いするのさ。まったく親というのは困り者だよ。話していると私も少しムキになってしまうしね。電話をしていたのは内緒にしてくれるかな?」


男はええ、と短く答え微笑んだ。


「ところでこの部屋にきたのは……」


男ははっとすると、「準備が整いましたのでおいで下さい」と、「彼」に告げた。


「わかった。すぐ行く」


「彼」はソファから立ち上がると、男の後ろを悠然としてついていった。



「アッシュビー万歳!」

「アッシュビー大統領!」

「USA! USA!」


ストリートでは大統領候補のダニエル・F・アッシュビーの選挙演説がパブリックビューイングで放送されている。雨にも関わらず屋外のスクリーン前に用意された座席はあっという間に埋まり、立ち見の市民が巨大な群勢を形成していた。あまりの騒々しさに近くにライブ会場でもあるんじゃないかと、観光客までもが騒ぎ始め、さらに人だかりは大きくなっていく。


「うるせえやつらだ」


綾崎は一瞥いちべつして吐き捨てた。


「本当に違うんだな?」

「違う、僕じゃない」

「しつこいぞ漆間うるま。何回聞くんだ、興梠こおろぎも困ってるじゃねえか」


昨日から漆間はずっとこの調子だった。綾崎がBloodzと戦っている間、漆間は燃えさかる炎に包まれたビルから興梠を救い出そうとしていた。


「お前の能力がなんなのか、もう一度教えてくれ」


漆間はミナトの肩を掴みまっすぐに目を見た。


「僕の能力は『指を鳴らすと火花がでる』だよ」


と言うとミナトは視線をそらす。


「本当か、田沼?」

「ええ、本当です」


田沼はただ微笑んでいた。

ミナトは一体何を隠しているのか? あの燃えさかる炎を生み出したのは間違いなくミナトだ。それは能力の性質からいってもそう考えるのが自然である。しかしミナトはそれを認めたがらない。なぜ?

強い能力なのだから自慢にすればいいのに。

ビルを焼き尽くしたことはともかくとして何も隠す必要はない。そうは思うものの綾崎は漆間のように問い詰める気にもなれないのだった。


「なあいいじゃねえか。興梠がさらわれたから魔本の手掛かりを見つけられたんだ」

「AJか。お前がしっかり捕まえておけばこんなことしなくて済んだんだがな」

「まあなんと言うかアレだ、敵が上手だったな」


綾崎がAJの背中に銃を突きつけたとき、AJは階段でつまずいた。今思えばわざとだったんだろうが、それを助けようと手を伸ばすと目の前からAJは消えた。気がつくと階段を向いていたはずの綾崎はそれに背を向け、誰もいない寒ざむとした宙に向かって手を伸ばしていたのだ。慌てて振り返ったがAJはもう去ったあとだった。


「だけど僕たちには田沼がいる。その、AJって人の場所、わかるんだよね?」

「わかりますよ。だからこんな人だかりに来ているのです」


田沼曰く、一度見た能力者は居場所がわかるらしく、その力で今AJを探しているのだ。どうやらAJはアッシュビー候補の選挙演説のパブリックビューイングのどこかにいるらしかった。


「おや?」


田沼がモニターを見て呟く。キツネ目が興味深そうに見開かれる。丸メガネには熱弁を振るうアッシュビーが写っていた。


「どうした? いたのか?」


綾崎は聞いた。


「――いえ別に。このあたりではないようです。向こうを探しましょう」


田沼の示す方へと四人は進む。


「AJを見つけたとしてどうするんだ?」


綾崎はふと口にした。


「聞き出すんだよ。魔本のことを。今さら当たり前のことを聞くな」

「いやそうじゃなくてよ。どうやって捕まえるかだよ。奴は背中に銃を突きつけられたような状況で逃げて見せたんだぜ?」


AJの能力がわからない。ただ単純に綾崎を回転させるだけの能力なのか、それともまったく別の能力か。回転させるだけの能力にしては振り返ったときにAJの影も形もないのは不自然だった。


「こういうのどうかな?」


ミナトが口を開いた。


「その人がこっちに気づく前に捕まえちゃうんだ。これで指を縛ってさ」


嬉しそうに取り出したのは結束バンドだ。綾崎はため息をつく。


「だから、それをどうするのかって話さ」


頭をポンポンと叩くと、ミナトはシュンと下を向いた。


「みなさん、いました。AJです」


ニット帽を被った男がベンチに座っている。それはパブリックビューイングで用意されたベンチだった。あの背中とニット帽は間違いなくAJである。四人のいる場所からは少し遠いが、傘を差す群衆のすき間から彼の様子を伺うにはピッタリの位置だった。


「なんかイライラしてるね」

「ああ、それに少しもモニターを見ていない」


すき間から見えるAJの様子はどこか落ち着きがなかった。激しく貧乏ゆすりをし、天を仰いだかと思うと、スマホをただジッと見つめる。そしてまた貧乏ゆすりをはじめた。


「女からの連絡を待ってる童貞みたいだな」


言った綾崎は閃いた。


「奴は誰かからの連絡を待ってるんじゃねえか!?」

「そうかもしれん。もしかして魔本の持ち主かもしれないな」

「ならこのままあの人を見張ってるのがいいんじゃない?」


拍手が一斉に鳴り響いた。どこもかしこも、目を輝かせて手を叩く人、人、人。どうやらアッシュビーの演説が終わったらしかった。

AJはというと、未だベンチに座ったまま、ただスマホを見つめている。


「奴を見張ろう」


漆間の声に二人はただ頷き、遠くに見えるニット帽の背を見つめていた。



AJはベンチに腰掛け、イライラと膝を揺すっていた。彼にはもう帰る場所はない。仲間はみな死に、組織は壊滅、復讐するにはもう「彼」の力を借りるしかない。連絡する、と言われて数時間、AJは待つことしかできなかった。


「AJ、私だ」


この数時間待ち望んだ電話だった。


「旦那! どこで会うんだ?」


思わずたち上がり、スマホに怒鳴った。


「慌てるな、今から言う。場所はホテルマーカスサーカス内のサーカスアクト」


心の中でガッツポーズをした。マーカスサーカスには数分でいける。


「時間は一時間後。右から三番目、前から一五番目の席に座れ」

「遅すぎるぜェ! もっと早くならねえのか!?」


一時間後なんて耐えられそうにない。もうAJは数時間も待たされているのだ。


「言ったはずだ。私は忙しいのだ。それ以上文句を言うのなら会わなくてもよいのだぞ」

「……わかった。旦那、待ってるよ」




「AJが動きました」

「やっとか!」


アッシュビーの演説が終わり群衆が撤収てっしゅうをはじめたあとも、仮設のベンチに座り続け、何かを待っている様子のAJがついに動いた。


「きっと魔本の持ち主と会うんだぜ」

「追いかけるぞ」


漆間が呼びかけると、三人は黙って頷き歩きだした。

群衆はまだ熱気冷めやらぬままだった。モニターからアッシュビーが消え、対立候補のパターソン氏が現れたあとも、叫ばれる名前はダニエル・アッシュビーで、見ていて辛いほどパターソンは無視されている。

AJはそんな群衆には目もくれず、迷いなく歩み続けている。彼がどこへ向かうのか? そして誰と会うのか? それが不釣り合いな場にいる日本人たちの知りたいことだった。


「あれに向かってるんじゃない?」


AJの向かう先、そこはサーカスを併設したホテルだった。名前をマーカスサーカスと言い、ラスベガスでも有名なホテルの一つだ。そこのサーカスのサーカスアクトというショーは、四五分毎に開催される誰でも無料のショーで子供連れにも人気が高い。


「どうやらサーカスショーに向かうらしいな」

「ショーの間に誰かと会うんじゃねえか?」

「きっとそうだよ! 急がなくっちゃ」


五◯メートルほど先、AJはサーカスアクトの会場へと入っていく。四人は小走りで追いかけた。そして会場へと入ろうとしたが――


「次の公演までお待ちください」


目の前で入場口を閉められ、赤いキャップを被った男に止められた。


「入れてくれ。今見たいんだ」

「駄目です。もう公演がはじまっていますので、次までお待ちください」

「でもなあ……!」


食い下がる綾崎の肩に手を置いた。


「仕方ない。出てくるのを待とう」


諦めた四人はサーカスアクト会場の出口で待った。一体AJは何をしにここにきたのか? 誰かと会うためなのか? 外で待つ四人には中の様子を想像するのが関の山だった。



今から五◯分後か……。

AJは指定された通り、薄暗い会場の右から三番目、前から一五番目の席に腰掛けた。客はまばらで空席が目立つ。おそらくはアッシュビーの選挙演説のせいだろう。それにしても五◯分は長い。「彼」がくるまで一回は公演が観られる時間だ。

もう見飽きてるんだよな。

しかし、もうただ待ち続けることなど耐えられない。見飽きていようが何も見ないよりマシだ。

舞台袖からピエロが玉乗りで現れる。笑い顔の半仮面に泣き顔のメイク。ピエロはボールをポイポイと投げてジャグリングしはじめた。玉乗りで動き回りながら器用にボールを投げていく。一つ、二つ、三つ。ボールは一つずつ増えていきいまや五つを華麗に操っていた。

昔はピエロになりたかったっけか。

子どもの頃のAJはこのサーカスアクトが大好きだった。生まれたときにスラムに捨てられ、日々の食費をスリで稼ぎ、ラスベガスの地下水路を寝ぐらになんとか生きる中で、タダで観られるサーカスアクトこそが唯一の娯楽ごらくだった。

けむてえな。

思い出にひたるAJの前に突如とつじょとして煙が漂いはじめる。白い煙はもくもくと、ピエロの姿を隠すようだった。見ると二席前の男が葉巻を吸っている。高価そうなスーツを身にまとい、栗色の髪を後ろに撫で付けた白人の男だった。

これだから白人は嫌いだ、とAJは栗毛の男を怒鳴りつけようと身を乗り出そうとした。が、動かない。ここは禁煙だ、と叫ぼうとした、が、声が出ない。

なんだ?

視線を落とすと、そこはなぜか紫色だった。否、自分の影が紫色になっている。

能力者か!?

気づいたときにはもう遅い。AJの手はふところに入っていくと、折りたたみナイフを取り出した。薄明かりの中でその刃はにぶ銀光ぎんこうを放ち、ヌラヌラと薄い水を帯びているようだった。両手で持ち手を逆さに握り、刃先を胸に向ける。AJはあらがおうとする。小刻みに鋭い先端が揺れる。渾身こんしんの力を振り絞り刃を胸からそらそうとしたが、尋常ならざる力がAJにそれを許さなかった。

切っ先が胸に触れた。プクリと赤い粒がこぼれる。

あとは……、沈むだけ。

刃が胸へと突き刺さった。何度も味わった肉を切り裂く手の恍惚こうこつとした感覚。そして初めて味わう胸を裂かれる苦痛の感覚。二つの矛盾した感覚はひどく淡白で、他人事のように冷静だった。

ああ、俺は死ぬんだな。

AJの心臓にナイフが突き立てられた。

ドクドクと脈打つ血。流れ落ちる赤い液体は鮮烈なほどの紅だった。叫びたかったが声がでない。ナイフを抜きたいが動けない。腹の上を伝う自分の血は心地よいほど暖かい一方で、血の抜けていく身体の方は地獄の冷気が忍び寄る。薄れゆく意識の中、AJの脳裏にうかんだのはたった一つ。

「彼」に見捨てられた……。

AJは死ぬ。「彼」の素顔も名前すらも知ることもなく……。



サーカスアクトの入場口が開いた。四五分間の公演が終わったようだ。幸せそうな家族たちがぞろぞろと出てくる。子どもたちはみんな笑顔で、それを見る父や母もほほえましく笑いあっていた。

そんな中で異彩を放つ男が一人。幸せなオーラの中、たった一人イタリア製のスーツを身につけたその男だけが暗い気配をただよわせている。栗毛のその男は電話をかけていた。


「テオ、宿代の分は働いた。俺はシチリアに帰らせてもらう」


白いキャンバスに垂らされた一点のシミ。その男は足音も立てずに歩き去っていった。


「おい、AJが出てこねえぞ」


綾崎が肩を小突いた。


「どうした?」

「いや、今妙な男が……」

「きゃああああぁあぁあぁ!!」


サーカスアクトの会場から悲鳴がとどろいた。


「なんだろう?」


ミナトのとぼけた声を背中に浴びながら、漆間うるまは中へと飛び込む。薄暗い会場内、ピエロが誰かを抱えている。その周りには見物人が人だかりを作っている。


「あれはまさか……?」

「でるぞ」


漆間は綾崎の腕を引っ張り会場を出る。


「何があったの?」


出入り口で待っていたミナトが尋ねた。


「ここを出る」

「……え、でも」

「いいから!」


漆間はミナトの腕も引っ張り足早にその場から立ち去ると、ホテルマーカスサーカスを出た。


「一体どうしたの? AJは?」


ミナトは訳がわからないといった顔で聞いてくる。漆間はこう答えるしかない。


「AJは死んでいた。おそらく殺されるために呼びだされたんだ」


降りしきる雨の中、四人は唯一の手掛かりを失いただ立ち尽くしていた。




「インディゴ、俺だ」


電話口から聞こえるのはマゼンタの声。


「もう少しで面白い報告ができるかもしれない」

「へえ、そりゃどんな?」

「『果報は寝て待て』、それから……」

「それから?」

「奴らを消す」


声は短く言った。マゼンタに与えた指令は日本人の監視。奴らとは間違いなく……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ