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この物語の世界観「大和、砂の海を行く」3

 この後、トネビュラ達6人の山岳ゲリラは本当に大和に乗船した。武器はそのまま岩山に置いて行った。大和に乗ると1時間ほど小さな部屋に閉じ込められたが、その後食堂に連れていかれ本当に雪羽コンドルのバーベキューを、醤油とバターとニンニクを効かせた炒めご飯、あさりのみそ汁と一緒に食べた。キシも同席しており、レイモン・カノコだと名乗った。食事の席だからか翻訳装置は付けていない。トネビュラが片言の英語を話すと知って、夏乃子も英語を使った。トネビュラは姓のない自分を恥ずかしく思いながらトネビュラですと名乗った。実はこのトネビュラというのが自分の名前なのか姓なのかすら分かっていないのだ。トネビュラは生まれて初めて目にする様々なことに好奇心を抑えきれず、

「あのミス・カノコ、質問していいですか」

と夏乃子に話しかける。夏乃子はコンドルの胸肉で頬を膨らませたままにっこり笑う。

「夏乃子と呼んでくれる?日本ではファミリーネームが先にくるんだよ」

 そう言って、微笑みながらトネビュラの皿にコンドルの肉を沢山盛ってくれた。ゲリラがこんな暖かで美味そうな香りのする食事にありつくのは数年に一度あればよいほうだ。尚且つ、大抵の場合その食事は強引に奪い取ったか脅して作らせたもので、このように招かれて気兼ねなく食べることができるのは初めてだ。ゲリラ6人と部屋の隅の1匹は、皿まで舐める勢いで食べ物を口に押し込んだ。コンドルの骨の髄はもちろん、大きな鉄皿にこびりついた醤油とバターの焦げやあさりの貝殻に残った小さな貝柱まで食べつくされた頃、シロップ漬けの缶詰ミカンとチェリーが出た。食事の後、全員がコーヒーカップに鼻を突っ込みながら満ち足りた食事を振り返った。豊かさとはこういうことかとトネビュラは思った。がさつで暴力的なゲリラであっても豊かな食事ひとつでこれほど穏やかに時を過ごせるのだ。

 食事の後、トネビュラだけ別室に連れていかれ船医の検査を受けた。細長いカプセルに入れられると、しばらくして船医の合成音声が聞こえ、5分ほどで済むから眼を瞑って楽にしていなさいと言った。小さな音でジャパニーズポップスが流れ始め、ほどなくして青い光でカプセルの中が満たされた。光は次いで緑に変わり、続いて赤になった。この光がただの光ではないことは少しして気が付いていた。光を浴びると体の中の細胞が騒めくのがはっきりと感じられる。しかも色によって体の反応が違うのだ。ゲリラといえどある程度は世間の情報も入ってくる。ゴブリンは体の中に虫を飼っており、その虫が宿主を助けるために鬼力を出すのだということは知っている。虫が騒ぐという言い方をすることも知っていたが、今日初めてそれを自分で体感したわけである。

 トネビュラがカプセルから出ると、すでに検査結果を記した紙が船医のデスクに置かれていた。船医はトネビュラに椅子を勧めると検査結果について説明してくれた。 

 船医は鬼に関する知識がほとんど無いトネビュラのために、鬼の血筋の者は、まず12歳頃までには「虫が憑く」ことや、「虫が騒ぎ出す」と鬼力を発揮すること、鬼の血筋の者でも虫が憑かいない場合や、憑いても一生虫が騒がずに終わってしまう者もいるということ。鬼虫の力が強く、自分の体内だけでなく、体の外に向かって鬼力を発揮させることを鬼風を吹かせるということ。鬼風を吹かせることができるものが鬼士と呼ばれることなど。

 検査の結果によると、トネビュラは恐らく5年ほど前に虫が憑き、半年ほど前から鬼力を発揮し始めたのではないかと思われた。過酷な地理的環境、食うや食わずの劣悪な食生活、政府軍に怯える心理的ストレス、そういったものが虫の憑く時期や鬼力の発現を遅らせたのだろうと船医は言った。

 鬼士にはその鬼風の強さによって5段階のランクがあり、トネビュラは一番下のランクだそうだ。ただ、鬼虫の数と虫の活動状況からして、よい環境で訓練を受けて鍛えれば第4ランクになれるだろうとのことだった。

 船医は検査の終了を告げると、鬼士について詳しく知りたければ図書室に本があるよと教えてくれた。

「もっとも日本語の本だからトランスマンがいるな。この後、怜門武官長と木戸副艦長の取調べのはずだから、聞いてごらん」



 医務室を出て少しの休憩を取った後、別室に案内された。中で夏乃子と木戸が待っていた。翻訳装置が用意してあり、夏乃子がそれを付けるように促した。

「さて、トビー、多分もう分かってると思うけど、あんたにはあまり選択肢が無いんだ。あんたの仲間たちは北の国境の件を片付けてから、ご希望なら元の砂漠の岩山に送り届けてあげる。でもトビー、あんたはそうはいかない。あんたが鬼士だと知っていて放って置くわけにはいかないんだ。でも、政府に連絡すればあんたは捕まって尋問され、いいように利用されるか、あるいは殺される。」

 大和に乗せられた時からそのことは考えていた。トネビュラは静かに切り出した。

「僕は大勢の人を殺してきました。仲間たちと一緒に銃を撃ったり、ナイフで刺したり、お手製爆弾を仕掛けたり。でも何も変わらない。何年経っても僕は相変わらず銃を分解して磨き上げ、ナイフを研ぎ、肉が食べたい食べたいと思いながら蛇やトカゲを探してるんです。ずっと。多分これからもずっと、死ぬまでそうやって過ごすんです」

 夏乃子と木戸が小さく頷く。

「僕一人では何もできない。変わらない。本当言うと変えたいと思ってるのかどうかすら分からないんです。生まれてからずっとゲリラでしたから。」

 トネビュラは薄く口の端で笑いながら続ける。

「自分が鬼士だと聞いたとき、生まれて初めて未来が待ち遠しいという気持ちになったんです。次はどうなるのだろう、何が待っているんだろうって。もちろん世の中が甘くないことは分かっているつもりです。僕が鬼士であっても、この国も、世界も、何も変わらない。だから―」

 トネビュラは体の中の鬼虫が宿主の感情の高ぶりに呼応して、蜜蜂の羽音のようなバイブレーションを巻き起こすのを感じた。

「本物の鬼士になりたいです。世界は変えられないけど自分なら変えられる。変わりたいんです。違う自分になって見てみたいんです。世界を」

 


 トネビュラ達は結局あの赤い岩山へは戻らなかった。北部国境へと向かう大和に乗船したまま、トネビュラ達6人は狭い船室と図書室のみ出入りを許可され、興奮と退屈の入り混じった時を過ごした。大和は国境付近の砂漠に一週間ほど停泊し、ゲリラの調査任務を行った。夏乃子を初めとする鬼士武官たちが連日装甲車両に乗って国境の谷に広がる町へ出て行った。トネビュラは一度顔を合わせた夏乃子にゲリラと戦ったのかと尋ねたことがある。

「ふふ。夕食の後みんなでトランプやろうよ」

と笑って教えてくれなかった。しかし、いつもは若さと活力に溢れている夏乃子の顔には明らかなやつれの表情が見えた。結局夜間にも何か作戦が行われたらしく、トネビュラの元には夏乃子から詫びを記したメモと一箱のトランプカードが届けられた。トランプにはドラえもんのイラストが描かれていた。

 大和が月面基地白兎へ向かう前、トネビュラ達は隣国マラネリアで日本の民間団体が運営している難民キャンプに送り届けられた。ここで二ヶ月を過ごした後、元ゲリラの六人は別々の道を行くことになる。

 別れの日の前夜トネビュラは、ガトゥーラ達からそれまで秘密にされていた自分の生い立ちを知らされ、旅立ちの興奮も相まって明け方まで眠ることができなかった。

 翌日、トネビュラはソンガとピュンを伴って日本へと旅立った。マラネリアの日本大使館の連絡船に同乗させてもらい東京まで四時間の旅だった。もっと長い旅を予想していたトネビュラ達にとっては少し拍子抜けするほどの速さだった。到着の次の日、神戸に移動し、鬼士養成機関である錬成院に入学した。ソンガとピュンは夏乃子の実家である鬼士道場に居を得た。1カ月ほどしてガトゥーラ達からも無事を知らせるEメールが届いた。マラネリアの国営ダイヤモンド鉱山で鉱夫の職を得たとのことだった。

 四年後、トネビュラは錬成院を卒業し正式な鬼道士となった。鬼士として十年日本で暮らした後、デイラバンドーラで民主革命が起こり新政権が樹立された。トネビュラは日本人妻の菜々、息子の和也、ピュンを伴って帰国、新政権下で外務官となる。25年後、駐日本大使として再び日本に戻るまで、デイラバンドーラ政府の礎を支え続けた。トネビュラの冒険に満ちた人生は、日本に帰化したソンガによって日本人に広く知られることとなる。

 そして、夏乃子とのトランプは今のところまだ実現していない。大和の艦内で夏乃子がくれたドラえもんのトランプは封の切られないまま、トネビュラの執務室のデスクに大切に仕舞われている。

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