7・限られた時間
頭が、鉛のように重い。
ズキズキと脈を打つように頭に鈍い痛みが響く。
風邪か?あぁ今日は中間テストなのに…
「起きたか」
「!」
聞こえてきた声に驚いて飛び上がる。勢いよく体を動かしたせいか、頭に強く痛みが走った。
「っ…いってぇ」
俺…家で布団に……あぁ…
「…夢だったらよかったのに」
「じいちゃんもそう思ってるぞ」
じいちゃんの声で俺ははっきりと目を覚ます。
気付くと店の床で寝ていた。
体の下には毛布が敷かれていて、介抱してくれたのがわかった。
そのおかげか、さっきの割れるような頭痛は少しだけ引いている。
じいちゃんは俺の近くのテーブルに腰をかけ、雑誌を開きながら携帯を触っていた。
心配してカウンターから俺の近くの席に移動してくれたようだ。
(ガラケー…ここ携帯使えるのか?)
思わぬハイテク機械の登場に、疑問を抱かずにはいられなかった。
じいちゃんを眺めていると隣から優しく声をかけられる。
「あなた…大丈夫?大きな音で驚いて裏から出てみれば倒れてるし…もしかして…哲ちゃんに何かされたの?」
心配そうにマスターは横で俺の顔を覗き込んでいる。
そしてじいちゃんは俺のせいであらぬ疑いをかけられている。
「いやいや!じいちゃんは何もしてないです!!頭痛が!俺が勝手に倒れただけなんで!」
大袈裟な身振り手振りもつけながらマスターの誤解を解く。
「そう?ならいいんだけど…」
理解してもらえたのかマスターは妖艶な仕草でカウンターへと入っていった。
(大人の女性って凄いな…こんなに見てたら失礼だよな)
邪な感情を払い目線を逸らそうとすると、さっきとマスターの服装が変わっていることに気付く。
仕事用のドレスなのか、触り心地の良さそうなサラッとした紺青の生地にあちこちに石が散りばめられ輝いている。露出は控えめで美人で妖艶なマスターにとてもよく似合っていた。
逸らそうとしたのについ見入ってしまうと、グラスを磨いていたマスターに声をかけられた。
「さっきはごめんなさいね」
(…?)
「なんのことですか?」
「亡くなったのね、なんて言ってしまって」
ー『あら…若いうちに亡くなったのね。わかったわ』ー
(あの時のことか)
「いえ、ここではそれが普通だとじいちゃんに聞きました。俺がおかしいだけで。でも会話を聞いていたわけでもないのになんで分かったんですか?」
マスターはグラスを磨く手を止める。
「入ってきた時はバタバタしてて気にしていなかったけど、アナタからとても いい香り がするのよ。生きてる魂のいい香り」
そのうっとりと狂気を帯びた表情は俺の背筋をゾクっと凍らせた。
「ッ…!」
咄嗟に体をじいちゃんに寄せてしまう。なんなんだあの恍惚とした表情は…危険だ、と本能で察する。
「うちの孫で遊ぶな、笑子」
ずっと黙って聞いていたじいちゃんが低く重い声でマスターに忠告する。俺は遊ばれていたらしい。
「ふふふ、ごめんなさいね?つい楽しくなっちゃって。それに本当にいい香りなんだものぉ、少し思い出しちゃったの」
その言葉にじいちゃんは鋭い視線を投げつけるとマスターは「あら怖い」と軽く呟き、またグラスを磨きに戻る。
「悪いやつじゃないんだ。生者の持つクウォンタムは死者とは違う。それに純度の高いクウォンタムは俺らとっては麻薬みたいなもんだ。知ってるやつは香りで分かる」
「そうなんだ…」
(この香りに悪霊も引き寄せられたのか…どうしたら隠せるんだ)
考えることがまた増えてしまった。
じいちゃんは携帯を閉じ、読んでいた雑誌を片付ける。机に置かれていた酒を飲み切ると、俺の顔を見つめる。
「頭、大丈夫か?」
「あ、うん。少し楽になった。」
「そうか。お前が倒れた後、知り合いをあたって調べてみた。これは推察だが、真理の扉を開けた時にお前の魂と扉の一部が繋がって膨大なクウォンタムがお前に流れ続けてる。どこかに流さないとあと数時間で魂ごと壊れるぞ。頭痛は膨大なエネルギーに魂が悲鳴を上げている証拠だ。」
問題は既に山積みだというのに、ついには時間制限。
俺が何をしたっていうんだ。
次回更新予定:5月26日 18:30
ストックが続く限り、一日一回更新を継続予定です。




