第6話 あなたですよ
「刑事さん、そろそろ帰ってもいいですか」
しびれを切らした小太り酒須木が神谷刑事に言う。
時刻はもう20時を回っている。お腹が空いたのだろう。
「少し待ってください」
息を切らした私が全員を引き留める。
刑事が怪訝そうに、警部が面白そうにこちらを見る。
「溺れるところでしたが、この事件の真相がわかりました。太郎殺しの真相が」
警部が全員をリビングに上げ、自身は椅子に座った。
「今回の被害者は山田ホールディングス代表取締役社長の山田太郎。所謂普通の太郎くんです。この太郎くんは、6年前に今の会社を設立し、その傘下の企業を増やしていきました。素晴らしい成長です。その発展の道中、酒須木太郎くんのサケンラップ、鱈子太郎くんのタラタラも吸収されましたね。ただ、この二つの企業は敵対的買収になった。賛同はあまりされなかったと聞いています。つまり、恨みがある」
私は酒須木と鱈子に微笑んだ。相手は嫌な表情をしたが。
「だが、殺してはいないですよ」
「ええ。その通り、殺してはいません。殺す勇気もないでしょう。殺す勇気があれば、買収されたときにしていることでしょうから。では、犯人は誰か」
全員の目線がある男に向かった。
「舛崎太郎くん、あなたですよ」
「……」
一同が静まり返っている中、私は推理の続きを話し始めた。
「山田太郎くんの秘書によると、16時30分から古い友人との会談があったそうです」
「おい、いつ秘書と話したんだ?」
神谷刑事ががなり声で訊いた。
「先ほどたまたま山田太郎くんの秘書の電話番号を目にしましてね、それで電話を掛けてみたんです」
「まあ、それはいい」
「警部……」
警部が神谷刑事を黙らせ、続きを促した。
「で、その古い友人が舛崎太郎くんです。16時30分にここにやってきて、会談をした。恐らく、舛崎ビールの買収計画についてでしょう。それで、口論になり、突発的に山田太郎くんを殺してしまった。計画的な犯行ならば、ナイフかなにか凶器を持参するでしょうからね。そこに置かれているかわからない灰皿を凶器として選んだのは、突発的な行動だったからです」
舛崎は肯定も否定もせず、ただそこに立ち私の話を聞いていた。
「山田太郎くんがワインを飲もうとワインセラーの扉を開けているときに、後ろから殴ったのでしょう。思いっきりね。灰皿が粉々になるほど強い力で殴るのは、相当な殺意がないと為し得ないことでしょう。そして、ここに倒れた」
山田太郎が倒れていた場所を指さした。
「そして、その時ドアが開いた。鱈子太郎くんが来たんです。犯行時刻の17時から極秘の会談があったため、時間通りに鱈子太郎くんが来たんです。秘書によると、鱈子太郎くんは毎回時間通りに来る真面目な性格のようですね。酒須木太郎くんは遅刻魔だとか。そして、舛崎太郎くんと邂逅してしまった。その時は、相当焦ったでしょうね」
「鱈子さんは、一回ここに来たのかね」
阿賀川警部が驚きを口に出す。
「ええ。そして状況を理解したんです。血の付いている灰皿の破片を持って立っている男がそこにいる。床から人間の足が見える。この状況を理解するには、一択しかないでしょう。この男が殺したんだとね。だが、鱈子太郎くんは嬉しかった。心の底から恨んでいた男が死んだからね」
「そ、そんな、人の死で嬉しいなんて……そんなこと」
鱈子が必死に反論しようとする。
「失敬。これは憶測に過ぎないね。だが、舛崎太郎くんは君に協力しないかと提案したんです。その時には、酒須木太郎くんもいたでしょう。三人で協力し、不可能犯罪を作ろうとした……」
「なるほど。全員動機は十分だ」神谷刑事が唸る。
「オンライン会議は、どこにいても会議できる。一回17時前に終わらせ、また『まだ伝え忘れたことがある』と言ったりして、アリバイを作ることが出来るでしょう。全員アリバイはないに等しい。それで、何をしたか。『太郎の会』を設立したんです」
「……なぜ?」
「この集まりが今日だけのことだとしたら、明らかに買収計画に関するトラブルが起きたと疑われてしまいます。偶然、全員の名前が太郎だった。これを利用しない手は無いでしょう。この集まりが日常的に行われていたとすると、全員の指紋が必ず付着するでしょう。それがないということは、この集まりは今日だけのことだったんですよ。ちなみに、先ほど『なぜこの辺鄙な場所で集まるのか』という問いに反射的に答えられなかったのは、山田太郎くんがこの場所に集めたから考えてもいなかったのでしょう」
「なぜ山田太郎はこの場所を指定したんだ?」神谷刑事が問うた。
「それは、同じ理由です。街中だと、マスコミが多いですからね」
「なるほど」
「このアパートには防犯カメラがありません。ゆえに、出入りし放題です。18時に集合という体にして、鱈子太郎くんに合鍵を持たせ、第一発見者にする。そして、悲鳴を上げ私を呼んだわけです。後から、酒須木太郎くん、舛崎太郎くんがいかにも今初めて来たかのように演じれば、密室殺人は可能になったわけです」
「つまり、全部三人の掌の上だったというわけだ」
阿賀川警部がニヤリとしながら言う。
「だが、それだと指紋を拭けば犯人は、舛崎さんだと断定出来ないでしょう」
酒須木が反論した。
「ええ。それはそうですね。さてここでクイズです。被害者の外傷はどこでしょう?」
「どこって……。後頭部じゃないか」神谷刑事が答える。
「頭頂部よりの後頭部です。頭のてっぺんってこと。ワインセラーは上の段の扉が開いたままになっていました。つまり、被害者は上の段のワインを取ろうとしたと言うことになります」
「それがどうした?」
「まだわかりませんか、神谷刑事」
「なるほど。犯人は身長が高いというわけだ」
「その通り、阿賀川警部。流石ですね。この三人のうち背が高いのは、舛崎太郎くん。あなたしかいないんですよ」
全員の目線が舛崎に向かう。だが、彼は依然として、黙ったままだった。
「それでは、舛崎さん。署までご同行願います」
神谷刑事が舛崎に近づき、玄関に向かおうとする。
「あと一つ、いいですか」
神谷刑事が立ち止まり、二人は振り向く。
「被害者はあの灰皿で即死していませんでした。右手でダイイングメッセージを残したのです。その言葉は『タロー』だと思っていましたが、実は違った。舛崎の『舛』だったのです。よく見ると、ロだと思っていた文字の右の棒が無いでしょう。それにカタカナなのも不自然だ。これから来る人間は全員太郎だと山田太郎くんも知っています。ならば、この文字はなにか。漢字の『舛』を表していたというわけです。まあ、これは完全に憶測の域を出ませんがね」
「探偵さん。あなたの言ったことはすべて正しい。俺が殺した。山田太郎は俺が殺した」
舛崎太郎はこう言うと、神谷刑事に連れられて署へ運ばれた。
「ちなみに、これは余談ですが、あそこの観葉植物に恐らくカメラが仕込まれているでしょう」
「なにっ!」
警部が急いで確認する。土の中に小型カメラがあった。
「一体、誰が……」
「おかしいと思いませんか、警部。大企業の社長が一人でこんな場所に行くのは」
「まあ、確かに言われてみれば……」
「恐らくこのカメラの先にいるのは、山田太郎くんの秘書さんですよ。何かあったときのために、動画に残しておく。この辺りは流石敏腕経営者の保険といったところでしょうか。彼女はすべて知った上で、我々にヒントを提供していたんです。仕えている主が亡くなったのにも関わらず、電話先での声は全く悲しんでいませんでした。もしかすると、彼女が一番殺したかったのかもしれませんね」
こうして、私の探偵業の初めての事件は幕を閉じた。




