第5話 探偵は考える
「阿賀川警部。三人の事情聴取が終わりました」
刑事は先ほどの話を整理しながら報告した。私はこっそりと二人の話を盗み聞きしていた。
「なるほど。こっちもそれなりに収穫はあった」
警部は一つのスマホを取り出し、刑事に見せた。
恐らく、被害者のものだろう。
「被害者は山田太郎。山田ホールディングスの代表取締役社長。連絡先から、この1ヶ月で連絡を取り合ったのは、そこの三人と秘書だけのようだ。メールは無く、基本電話で伝えるタイプだな。仕事の話は恐らく、仕事用のスマホでしているのだろう。大企業の社長がこんなにも人脈がないのはあり得ないからな。秘書に電話してみたところ、今日は一日会社で仕事をしていたそうだ。彼女は容疑者から外れる。被害者は今日、16時に会社から出て古い友人に会うと言っていたそうだ。ああ、それと三人の指紋は玄関を除いて、一切検出されなかったそうだ」
古い友人……。それが誰を指すかはわからないが、この情報は私の予想した死亡推定時刻と重なる。大体17時前後、つまり二人で30分くらい話し合っていたということだろう。
鱈子の容疑は晴れた。面白いことに現実で密室殺人が具現化してしまったようだ。
「警部! 検視の結果が出ました。死亡推定時刻は17時前後だそうです」
黒いスーツを着た若い刑事がやってくる。
私の推測が当たっていると、嬉しいものだ。
「それと、このアパートには防犯カメラがありませんでした」
刑事たちがわいわいしている隙に、私は被害者のスマホに書かれた秘書の電話番号を記憶した。
「あっ。おい、探偵。何をしている。いつ入った?」
紺色の刑事にバレた。
「ちなみに、あなたはこの部屋の隣に住んでいるんですよね」
「ええ。今日引っ越してきましたよ」
「あなた、16時から18時頃何していました?」
「……何も」
「警部! こいつです! こいつが犯人ですっ! アリバイなし、隣の部屋ならベランダから侵入できるでしょう。何か糸でも使って密室にすることだって可能です」
この瞬間、第三の容疑者が浮上した。
「この探偵、さっきから現場を勝手にウロチョロと……証拠隠滅を図っているのかもしれません。逮捕しましょう」
「まあ、待て神谷くん。証拠がない上に、動機もない。無闇に逮捕できないよ」
警部がたしなめた。
「なら、公務執行妨害で逮捕しましょう」
「まあ、いいじゃないか。探偵とはそういう生き物なのだよ」
聞いたことのない定義がなされた。探偵は、こう殺人現場をウロチョロする虫のような扱いなのか。
神谷と呼ばれた紺色の刑事は、不服そうに色々反論していたが、警部が宥めているうちに外に出た。
先ほど記憶した秘書の電話番号に電話をかけた。
「私は警察の神谷という者なのだが、あなたは山田社長の秘書さんでいらっしゃいますか」
少し声色を神谷刑事に寄せて喋った。
「ああ、はい。刑事さんがまだ何か」電話から若い女性の声が聞こえてきた。
「あのですね。『太郎の会』というのはご存じでしょうか」
「ん? それはなんでしょう? 存じ上げませんね」
「本当に? 今日は『太郎の会』が開催されていたとお聞きしましたが」
「すみません。存じ上げません」
秘書は本当に知らないというような声で答えた。
「では、社長の今日の予定はどうなっていましたか」
「はい。今日は、16時30分から古い友人と会うとおっしゃっていました。その後は……社長が亡くなられた今だから言いますが、17時頃から舛崎様、酒須木様、鱈子様と極秘の会談をするとおっしゃっていました。……このことは公に公表しないでくださいね」
「重々承知しております。それで、その会談では何をお話される予定だったのでしょう」
「そこまでは……。ただ、今後の我が社に関わる重要な話だということしか……」
「なるほど。では、そのお三方の性格を教えていただけませんか」
「……舛崎様は几帳面で遅刻は絶対にしない方でしょうか。酒須木様は逆にいつも遅刻するような少し時間にルーズな方。綺麗好きのようです。鱈子様はいつも時間通りにくるような真面目な性格ですね。曲がったことがお嫌いのようです。……後ですね、お三方とも、あまり我々の買収に賛同していなくてですね、どれも敵対的買収になったんですよね。吸収されたお二人とも内心では、山田のことを恨んでいるような気がします。特に舛崎様は激しく、何回か会議をしたのですが、毎回怒号が聞こえてきましたね」
「なるほど。わかりました、ご協力ありがとうございます」
そう言うと、電話を切った。
秘書の話によると、『太郎の会』は存在しない。もしかしたら、プライベートだから共有しなかったという可能性が考えられるが、この会談はどうやら仕事の話のようだ。ならば、わざわざ『太郎の会』を隠す必要がない。では、一体どういうことか。
また、念のため、性格を聞いてみたが、先ほど鱈子は「いつも時間よりも早く来るため合鍵を持っている」と供述した。これは明らかに矛盾する。舛崎は遅刻は絶対にしないという性格なのにも関わらず、大事な会談の前に、時計をもたずジムへ行くのか?
二人に疑問が残る。
では、どういうことが考えられるのか。まず第一に、この事件はすべて仕組まれていたという可能性。鱈子に合鍵を持たせ、舛崎をジムに行かせるように第三者が仕向けた。ただ、これは暴論だ。証拠がないし、動機もわからない。
次に、この二人のうちのどちらかが犯人という可能性だ。鱈子は何故か合鍵を持たされているが、指紋が検出されなかったことから、犯人という可能性は限りなくゼロに近い。ただ、そうなると密室という状況を作らなければいけなくなる。この玄関ドアに細工された痕跡はないし、糸が入るような隙間もない。では、合鍵は一つではなかったという仮説も考えられる。合鍵は複数存在しており、二人のうちのどちらかも持っていたということだ。ただ、これは警察も考えていることだろう。恐らく、合鍵を作った工房に行き他に合鍵がないか裏を取っているはずだ。この巨大な警察組織のマンパワーによって、裏付けがなされることだろう。今になっても何も報告がなされていないということは、合鍵は無かったということだ。
ただ、謎はそれだけではない。なぜこの三人は『太郎の会』などという架空の会を作ったのだろうか。三人の指紋は全く検出されなかったという。もし、『太郎の会』を定期的に開催していたとすれば、自ずと全員の指紋は検出されるはずだ。しかし、無いということは、この会自体が事実無根ということになる。なぜこの三人は嘘を付いたのか。謎は深まるが……。
ダイイングメッセージ。「タロー」と書かれていた。これは何を意味するのか。阿賀川警部の言う通り、倒れたときに偶然付いたのか、それとも山田太郎が意図して付けたのか。もし、この文字が「タロー」ではない可能性は……。山田太郎は三人の太郎が来ることは事前に知っていた。そのうえで、ダイイングメッセージを太郎にするのだろうか。もしかしたら、これは違う意味なのかもしれない。
思考の海は言葉で埋め尽くされた。今日のすべての証言、すべての出来事が頭をよぎる。
乱雑に泳いでいる言葉たちは、まるで意味を成していない。
私は深く潜る。潜る。もぐる。海の底にたどり着くまで深く!
……下から見上げる景色はまた違っていた。未だに見ていなかった景色。意味の無い言葉たちは、意味のある言葉の群れへと変化する。
整理された言葉の群れが渦として私を取り囲む。
真実の光がようやく底にたどり着いたようだ。




