第2話 山田太郎の死
「次は君のところを買収しようと思っている」
目の前のワイン色のソファに座っている男にこう告げられた。
東京の郊外の築40年以上たったボロいアパートに、似合わないような高級スーツに身を纏い煙草を嗜む男がそこにはいる。
俺は腸が煮えくり返るという言葉がどういう言葉か、今初めてその意味を知った。
「ビールもねぇ、そろそろ飲みたかったんだよね」
山田太郎。日本国民誰しもが一度は見るこの名前。ごく普通で平凡なわりに、なかなか見当たらないような名前。その名前を持つのがこの男、山田ホールディングス代表取締役社長の山田太郎。6年前に山田太郎が経営していた「ヤマービール」と「ウミースイ」を傘下にした山田ホールディングスを設立。それ以来様々な企業を子会社化し、急成長を遂げた。
昔は経営仲間として、ビール企業の好敵手として、切磋琢磨してビール好きがおいしく楽しめるようなビールを造ろうと誓った仲なのにもかかわらず、この男は俺を裏切った。ビールだけではなく、食料品業界、ラップ業界、挙げ句の果てには自動車業界にまで、手を出した。
それが許せなかった。
あのときの想いは嘘だったのか。
この男は変わってしまったのか。
今や金のためなら何でもやる男になってしまった。
「自社で造っているビールがあるじゃないか」
「……そうだったか?」
「6年前、あんたがビールを軽視し始めたときから、おかしくなった。以前のあんたは、そんなんじゃなかっただろう。なぜ金を集めるようになったんだ。なんで……」
「とにかくっ! これは決まったことだ。決まったからには私に従ってもらう。いいな」
一方的に話を終わらせると、口に咥えていた煙草を灰皿でにじり消した。
「……そろそろ顔合わせの時間だ。昔の話はこれで終わりだ」
山田太郎はそう言うと、立ち上がり大型のワインセラーのほうへ向かった。
俺は今がチャンスだと思った。
ワインセラーからワインを取り出そうと背後を向けるその時がチャンスだと思った。
「今日はどのワインがいいかな」
気づくと俺の手には、煙草の吸い殻が入った灰皿が握りしめてあった。
俺の内心とは裏腹に楽しげにワインを選ぶ山田太郎の背後に回り込み、手を振り上げた。
ガシャァン
後頭部に灰皿が当たり、その衝撃で透明な灰皿が粉々になった。
頭を抱えながらその場に倒れ込んだ。
後頭部から溢れるほどの血が流れ出ている。
止まらない。
フローリングの床を鮮やかに彩り始めた。
あっ、死んだ。
これは死んだ。
山田太郎はかつての盟友に殺された。




