【第23章】興味
お腹いっぱいになった。
映画を観て、ごはんも食べて、私は少し眠くなっていた。
「これから、どうしようか?」
蕎麦屋を出て、彼に聞いてみる。
まだ時間はある。
彼はスマホを取り出して、何かを調べ始めた。
「近くに小さいけど、カフェがある」
「またカフェ!?」
私はつい大きな声で聞き返してしまった。
その声に、彼は驚いたのかビクッとする。
「桐山さんって、本当にカフェが好きなんだね」
「嫌?」
「……いいよ。行こう」
今日は、彼に付き合わせてしまった。
彼が映画に興味ないのは分かっていたし、もしかしたら昼食に行くのも嫌だったかもしれない。
彼が少食なのは知っていた。以前カフェに行った時、コーヒーだけを飲んでいたから。
私もアイドルだった時、少しでも細くなれるようにダイエットをしていた。
食べ吐きを繰り返していたけれど、周りのメンバーたちもしていたので、日常的になっていた。
卒業してから、少しずつ普通に食べれるようになっていったので良かったけど。
私たちはカフェまで歩いた。
近くにあるとはいえ、少し分かりにくい場所だったので、思っていたより着くのに時間が掛かってしまった。
その間に、雲行きが怪しくなっていく。
今日は雨が降らない予報だったけれど……。
そのカフェは、またお洒落なところだった。
くすんだ赤い色の壁に、テーブルにはピンク色のクロスがかかっている。床はストライプ柄で、座席は緑色。テーブル一つひとつの上には丸い形の照明が暖かく灯っている。
どこかクリスマスを思わせるような空間だった。
彼はコーヒーを頼み、私も同じにした。
「桐山さん、遅くなったけど……。この前は、ありがとう。綺麗に髪を切ってもらえて、嬉しかった」
「うん」
彼は、下を見ながら頷く。
仕事だから、と言っているようにも見えるけれど、無表情なので読み取れない。
いいのだ、私がお礼を言いたかっただけなのだから。
「このカフェ、クリスマスみたい」
私は店内を見回す。
「初めて来た」
彼は視線を変えずに呟く。
「さっき、スマホで探して見つけたの?」
そう聞くと、彼はこくん頷いた。
「桐山さんって、どうしてそんなにカフェが好きなの?」
今日の私は積極的だった。
だけど、もしかすると、これが本来の自分なのかもしれないと思えてくる。
彼に髪を切ってもらえて嬉しかったし、自分を好きになれた。
そして、彼に興味を持って、知りたいと思っている。
勇気を出して接しているうちに、私はそんな自分自身に気づいた。
彼は、また黙ってしまった。
でも、無視している訳ではない。考えているのだ。
「教えて」
私は、目線を下げている彼を覗き込みながら言った。
「聞きたい」
笑顔で訊ねてみる。
また幼稚園の先生みたいだ。
いや、まるで迷子になって黙っている子供に名前を聞くみたいだった。
彼は、ゆっくりと話し始める。
「昔から……」
少し言葉を詰まらせながら、
「夜、眠るのが怖かった」
と言った。
夜に眠るのが怖い?
カフェが好き理由を聞いたんだけど?
でも、やっと彼が自分のことを話そうとしている。私は聞くことに専念した。
「子供の頃、母がいなくなってから、夜に寝るのが怖くなった。
いつも海の中に引きずり込まれるような悪夢を見るから……。
その度に目を覚ましてしまう。だから、眠れない。いや、眠らないんだ」
そこにコーヒーが運ばれてきた。
白いカップと花びらのように広がるお皿。
彼は一口飲む。私も飲んてみると、苦味が強い。
「いつも夜はカフェに寄って、コーヒーを飲んでから帰る。
そこから朝まで眠らないで過ごす」
お母さんがいなくなった……。
そう彼は言った。
離婚したのだろうか? それとも病気か何かで……?
彼はカフェが好きなのではなく、コーヒーを飲んで夜眠らないために行っていたのだ。
「あとは……」
彼が続けようとして、また言葉を詰まらせる。
チラリとこちらを見たので、私は「聞きたい」という顔をする。
「家でも、職場でもない場所でゆっくりしたい」
彼はそこで言葉を止めた。
私は、彼が自分のことを話してくれて、嬉しさを感じた。
「似てるかも……」
思ったことを口にする。
「私が美容院でいつも待っているのは、家でも職場でもないところで過ごしたいから。
不思議だけど、あそこは何かを考えながら、何も考えなくていい、そんな居心地のいい場所。
あんまりしょっちゅう行くと変だから、月に一度だけにしてるけど、あの場所で私は自分を取り戻すんだ」
彼の話を聞こうと思っていたのに、私は自分の話をしてしまった。
「この前は?」
「え?」
「この前は、早く来たよね」
ああ……、と私は頷く。
彼が「何かあった?」と聞くように顔を向ける。どこか心配そうだった。
私は首を横に振る。
「いいの、それはもう……。私は、桐山さんに髪を切ってもらえて、本当の自分を見つけてもらえたから」
正直に伝えたあと、喋り過ぎたかなと少し不安になる。
「佐藤さん」
彼は私に言う。
「僕は髪を切っただけで、自分を見つけたのは佐藤さんだよ」




