【第18章】迷子(2)
平日の昼過ぎだった。
美容院の扉が開くと、そこにいたのは彼女だった。
黒のロングコートを着て、ショートブーツをコツコツ鳴らしながら入ってきた。
顔に表情はなく、どこか思い詰めているようだった。
まだ1ヶ月経っていない。ついこの前来たばかりなのに……。
新人スタッフが受付をする。
「今日は、いつも担当している美容師が休みですが……」
「別の人でもいいです」
彼女がはっきりとした口調で言う。
受付のスタッフは、店のパソコン画面を見ながら、空き状況を確認する。
「あいにく予約がいっぱいで……。ああ、でもキャンセルが1つあります。桐山が担当になりますが、お時間は夜になります」
「大丈夫です。お願いします」
彼女は、何かを急いでいるかのように答える。
受付のスタッフが、パソコン画面をクリックする。
「お時間になったら、また来られて下さい」
「あの……、そこのソファで待っていてもいいですか?」
懇願するように訊ねる。
「ええ、構いませんが……」
「ありがとうございます」
コートを脱ぎ、荷物と共に受付に預ける。
そして、また靴をコツコツと鳴らして、ソファに倒れるようにドサッと座った。大きく息を吸って吐く。
そのあとは塞ぎ込んだ目で、ずっと下を向いていた。いつもなら、ぼんやりとこちらを見ているのに……。
何かあったのかな?
その時、僕はハッとした。
ソファに座ってうつむいている彼女が、まるで迷子センターに連れてこられた子供に見えたのだ。
親が迎えに来てくれるのを、じっと待っている。
永遠に続くかのような孤独な時間を耐えている。
そんな子供に……。
美容院の扉が開き、僕が担当するお客様が入ってきた。その人が受付を済ませると「いらっしゃいませ」と言い、席まで案内する。
仕事の時は、彼女のことは考えず集中していた。でも、どこかで胸の高鳴りを感じていた。
彼女の髪を切る。
そんな日は、意外と早く訪れた。
迷子になっている、彼女を見つけてあげたい。
だけど、本当に見つけるのは僕じゃない。彼女が自分で自分を見つけるのだ。
その手伝いなら、僕にはできる。
僕だからできる。
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今日のカットは、彼にしてもらうことになった。
何でだろう、感情が停止している。
長い待ち時間をソファに座って過ごし、落ち着くはずだったのに……。
今日は心の混乱が鎮まらない。
いつもはぼんやりしながら、どこか無心になれるこの場所が好きだったのに、今日はそうなれない。
現実は現実のままで、全然居心地良くない。
仕事が休みになるまで、美容院には来れないと思っていた。
でも、今日はレストランのレジが故障してしまい、急遽店を閉めたのだ。
そのまま、私は吸い寄せられるようにここに来た。
私は、彼を見ることもなく、うつむいたまま床と自分の足元を眺めていた。
私は、高岩さんに恋をしていたのだろうか?
いや、きっとまだ恋じゃなかった。
でも、ときめいていた確かな想い。それなのに……。
私じゃなかった。
そんな風に思っている自分が嫌になる。
こんなことでショックを受けているのに、世の中の人達はよく恋愛できるなと思った。私だったら、耐えられない。
アイドルの時に、恋の歌をたくさん歌ってきた。全てが想像で、私は何も知らなかった。
人は痛みを知って、優しくなれるという。
だったら、私は優しくなんてならなくていい。
痛いのは嫌だ。痛みを拒絶するのは、正常なはずだ。
それなのに、人は何で痛みを伴ってまで誰かを求めるのだろう?
私にだって、本当は分かるはずだ。でも、今は分からないでいたい。
こんなことでは駄目だ。もっと強くならなくては……。
誰にだってあることなんだから。
でも、だんだんと腹が立ってくる。
ときめいていた自分や、楽しさでいっぱいだった気持ち。そして……。
何で、ハグしたの?
グルグルする思考は、どこに向かっているのか?
自分を否定する言葉がどんどん出てくる。
私なんて、選ばれるはずがない。
そう思うことで、少しでも心の痛みを感じないようにするだけで精一杯だった。




