【第16章】心の声
月に一度の、美容院の日。
私は、今日も予約なしで飛び込み、長い待ち時間を入口近くのソファで過ごす。
そこで、先日の高岩さんとのことを考えていた。
心の整理をするには、この場所で考えるのが一番落ち着く。
あの後、高岩さんと職場で会い、「この前は、ありがとうございました」と伝えた。
それからは特に進展はなかった。
普段と変わらず、ホールにいる私とキッチンの高岩さんとは、話をする機会はない。また、そんな関係が戻ってきた。
それでも、私の心からは、あの時のときめきは消えていなかった。
私は、高岩さんのことが好きになったのだろうか? 分からない。
でも、気になる存在として、目で追っている。
彼は、キッチンで真剣に料理と向き合っていた。
また、デートすることはあるのかな? 今度は私から誘ってみようかな? でも、そんな勇気はまだ持てないし……。
そんなことを、ひたすら美容院で考えていた。
ぼんやりしている私の目の先には彼がいる。
デニムパンツを穿いて、トップスはオーバーサイズの白シャツ。
これだけなら、ラフで爽やかなのに、彼はその上からショッキングピンクのジャケットを羽織っている。
今日は一段と派手だなと思った。
そして、相変わらず、ちゃんと着こなせている。なかなかショッキングピンクが似合う人はいないと思うけど、違和感なく存在している。
明るい笑顔、大きな声。
髪を切りながら、女性客と楽しそうに会話している。
彼のそんなギャップにも慣れてきた。
理由は分からないけれど、彼は私とはこの美容院では違う姿で接しようと決めたのだ。
以前、こんなに明るく振る舞っているのが偽りの彼で、私に会う時の子供のような彼が本物なのかな? と考えたことがあった。
けれど、目の前にいる彼を見ていると、とてもそうには思えなかった。
溜め息が出る。
そして、また高岩さんのことを思い出す。
高岩さんは、彼とは全然違う。
美容院で、私と彼が話すことはない。
最初に来た時は、たまたま支払いをしてくれただけで、それからは全く接することはなかった。
彼は器用な手つきで女性客の髪を切っていく。そして、最終的には本当に素敵な仕上がりになる。そこも変わらずだ。
私は、今日も店長さんにボブヘアーにカットしてもらう。カラーリングで根本の黒髪の部分も綺麗に染まった。
この美容院は人気店なので、料金はなかなか高い。けれど、心の整理ができる場所だと思えば、安いものだった。
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あれから彼女に連絡をするが、返信はいつも断りのラインだった。
当然といえば、当然である。
一緒にカフェに行ってから、1ヶ月以上が経った。
あれ以来、会えていない。
いや、美容院には来ていた。
彼女は、いつも予約せずに飛び込みで来る。
長い待ち時間を入口近くのソファに座って、ぼんやりとこちらを見ている。
見られることに抵抗はない。
ただ、その視線が好意を持って向けられているものではないのは分かっていた。
多分、彼女の前で全く違う人間になる僕を変に思い、呆れて見ているのだろう。
もう会ってはくれないのだろうか。
僕は、孤独が深まっていくのを感じていた。
彼女と会っている時、僕ももっと話せばいいのにと、自分でも思う。
話したいことは、たくさんあるはずなんだ。
ただ、何も言葉が出てこない。そこには空っぽの自分がいた。
美容院での接客は、もちろんお客様に満足してもらうため、テクニック的なことはやっている。
お客様の情報や髪へのこだわり、好きな傾向などを頭に入れて会話する。
でも、やっぱり一番のこだわりは、その人のそのままの良さを引き出せるような髪型にすることだ。
それはいつも意識して心掛けている。
背伸びすることも、偽ることもない、そのままの自分を好きになってもらえるように……。
イメチェンの時ですら、本人の変わりたいという気持ちを大切にしつつ、本来の自分との調和が取れるような仕上がりを目指している。
そうしてカットすると、大胆に切るよりも喜んでもらえる。物足りなさを感じる人もいるかもしれないが、今のところ満足してもらえている。
彼女の髪を切る時は来るだろうか?
ふとそんなことを思った。
どこかでそんな機会が訪れるかもしれない。
でも、それはきっとないだろう。
こんな変な男に、髪を切ってもらいたいなんて思う訳がない。
ただ、もし切るとしたら、彼女の良さを最大限に引き出したい。
それは、僕にしかできないと思うから。




