【第15章】ときめき
何を着ていこう?
約束の日の朝、私はまた着ていく服に悩んでいた。
桐山さんと会った時は、シンプルなコーディネートにしたけれど……。
私は持っている服を手当たり次第に体に合わせて、姿見の前で唸り続ける。
結局、以前アイドル時代に着ていた服で行くことにした。
フリルやレースのついたブラウスだけど、白のスカートにくすんだピンク色のニットを合わせてみる。
うん、悪くない。大人の女性が着ても違和感はない。
その日は快晴だった。雲一つない青空。秋の空が遠くなっていく。
ショッピングや食事、映画なども楽しめる、大型商業施設に私たちは行くことにした。そこは、少しテーマパークのような造りになっていて、自然と気持ちがわくわくする。
最寄り駅で待ち合わせをしたけれど、早く着いてしまった。
私はいつも約束の時間より、早く着いてしまう癖がある。
アイドル時代、遅刻は連帯責任になるため、予定時間を過ぎないように10分前行動が絶対だった。その名残だ。
高岩さんは、時間通りにやって来た。
カジュアルでラフだけど、色使いが素敵なコーディネート。いつものコック姿の時とは、当たり前だけれど印象が違う。その服はスラッとした体型によく似合っていた。
私は、それを見て少しだけホッとした。
「待たせちゃったね」
私は大丈夫と言って頷き、二人で並んで歩き出した。
高岩さんはいろんな話をしてくれた。
自分のことや趣味、好きなもの、仕事や将来の夢……。そして、その度に私にも聞いてくれて、自然と自分の話をすることができた。
高岩さんがこんなに笑う人だとは、知らなかった。
私に興味を持って、気遣ってくれているのが分かる。私も高岩さんに興味を持ち、話が弾んだ。
ああ、楽だ……。
ふとそんな想いになる。
安心感が胸に広がっていく。
それは桐山さんと比べていたからだ。
会話にならない重たい空気に、沈黙。私に興味があるのか無いのか分からない態度。そして、笑わない顔と伏せた目……。
それしか知らなかった私は、高岩さんの和やかな空気感の中で、のびのびとデートを楽しんでいた。
二人でショッピングをして、私はアクセサリーショップでイヤリングを買った。花の形をしたピンク色のイヤリング。
「似合うよ」と、高岩さんも言ってくれた。
食事はイタリアンレストラン。
明るく広い店内に並ぶテーブルには、黄色いクロスが敷かれている。焦茶色の椅子に、壁にはいろいろな植物の絵が描かれていて、遊び心のあるレストランだ。
私はカルボナーラを、高岩さんはボロネーゼのパスタを注文した。
そこでも、話は尽きない。
二人で「美味しいね」と言いながら食べていると、向かい合っている高岩さんの後ろに、ふと桐山さんが出てきた。
全然違う。
彼はコーヒーしか頼まず、それを飲む時の虚ろな目を思い出す。
ただ、そんな彼の前で、私は2回も泣いてしまった。
私は当時「泣かないアイドル」と呼ばれていた。数少ないファンと仲間たちにそう呼ばれていただけだったけれど、結局私は卒業ライブでも泣かなかった。
そんな私が、なぜか彼の前では泣いたのだ。
本当は彼とも今日みたいにいろんな話をして、笑い合うことを想い描いていたのに……。
「自分のために生きれるって、いいな」
そう言っていたけれど、彼は自分のために生きてこなかったのだろうか?
美容院で見る彼は、社交的で気遣いのできる人だ。でも、私の前では無表情の別人になる。
なぜなのか、未だに分からないし、彼も理由は語りたがらない。
もしかして、普段の明るい彼は作ったもので、私に会う時の彼が本物なのだろうか?
私が必死になってアイドルをやっていたように、彼もまた一生懸命偽りの自分を生きているのだろうか?
そんなことを考えていると、
「どうしたの?」
と、高岩さんが心配そうに声を掛けた。
ハッと我に返り、私は「ううん」と言って首を横に振る。
帰りは駅まで一緒に行き、高岩さんとはそこで別れることになった。
「今日は、ありがとうございました。楽しかったです」
「こちらこそ」
私たちは笑い合う。
高岩さんは右手を私の前に差し出した。握手を求めてきたのだ。私は手握り、それに応える。
すると、突然「ハグしよう」と言ってきた。
私は驚いてしまった。けれど、判断する暇もないまま、私たちはハグをした。
手を振って別れたあと、改札口に入り、駅の階段を上ってホームに立った。
私は今のハグに動揺していた。
高岩さんとは付き合っている訳ではない。
でも、初めてのデートに私の心はときめきを隠せなかった。




