49羽 「おまえは、なんでもできる」②
「彼女ら、500万代だそうで」
服を着て、休み処にて。三人で足を伸ばしてキンキンに冷やされた炭酸水を飲んでいたときに、イムロが言った。彼女らって、さっきの浴場のお姉さんたちのことだろう。他にも休んでいる人たちがいるから、認識票って言葉を使わなかった。
「ここらへん、この国もおおっぴらにしてるわけじゃないですからねー。話には聞いていたけれど、なかなかエグいっすね」
「どんな感じ?」
「番号で身分つーか、就ける職が制限されるみたいです。彼女らは、こうやって自分をひさげるだけいいのかもしれんですね」
真面目な顔で浴場の方を見ながら、イムロがつぶやいた。春を売るのがいい方ってどんなだよ。タルクは真ん丸の目をしてイムロを見て、それからその視線の先を見た。
「……あの商人に、もっと聞いておくべきだったな」
「そんなことしたら、海の向こうに行く気まんまんだと思われるから、これでよかったんだよ」
タルクが身売りみたいなこと言い出したから、僕は即座に否定した。イムロもうなずいて「あの商人、たぶん俺らのこと売っぱらうつもりだったでしょ」と爆弾発言をかます。
「……まじで?」
「だって、海向こう海向こうしか言わないで、どの国か言及しなかったじゃないですか。いろいろ考えたけど、タルクさんの隠し子が父を尋ねて~とかじゃなければ、そういうことだと思いますよ」
たしかになー、僕もおかしいとは思っていた。具体的な国名を言わず船に乗れって、怪しすぎるよね。タルクはうめくように「いねえよ」とつぶやいた。
「俺も話に聞いたことがあるだけですけど、南東の大陸は奴隷商が合法らしいですし」
「うげえ……」
タルクに抱き合わせ販売されるところだったのか。最悪だ。いやピン売りでも嫌だけど。なんかそういうアコギな商売をしている人だったから、ヴェルク=ライナの認識票についても詳しかったんだろうな。もしかしたら、認識票を持っている人間は高く売れるとかもあるのかもしれない。ほんと、逃げてよかったあ……。
ここでこれ以上話すのは危険だとイムロが判断したっぽいので、僕らは引き揚げた。後から番頭のおじさんに聞いたけれど、お姉さんサービスが不要の場合は専用の腕輪をしておくんだってさ。先に言ってよ。でもまあ、これでヴェルク=ライナに居る間は気軽に湯船に浸かれるな。ありがたい。
イムロが聞き出してきた話の詳細はこうだった。
「桁で大枠が決まって、中の数字にもそれぞれ意味があるみたいです。わかる人間には数字見ただけで、そいつが何者か、なにをできて行動範囲はどこまでか、持っている権利はとかを言えるみたいですね」
「じゃあ、ルムスの4978027を調べるっていうのは、方向性として間違っていないんだ」
「っすね」
こういうの、図書館とかで調べられるのかな。もちろんヴェルク=ライナの認識票がなければ、それもできないんだろうけれど。
「ピフラは……ああ、腰のしっかりした金髪のいい女ですが。下二桁が後半なんだそうで。それで色を売っていると言っていました」
「ルムスは27だから……いい方ってことだね」
「たぶんそういうことです」
そんなん言われたら、97とか80が気になるじゃんか。よくなさそうな。タルクもたぶん同じことを考えたんだと思う。露骨に落ち込んだ空気を出した。
そもそもさ、日本のマイナンバーは個人識別のために発行されるけれどさ。
なんだよ、この認識票ナンバリングシステム。個人を番号でレッテル貼りするってことじゃんか。いらねー。
「それでも、認識票がなければ彼女らのように賃金を受け取って働くこともできないらしいので」
僕の考えを読んだみたいにイムロが言った。なにそれこわい。じゃあ国民全員に発行しろよ、と思ったけれど、イムロの口ぶりから言ったらそうじゃないってことだろ。
「そういう人たちは、表に出てこない『作業』をしているんだ、とピフラは言っていました。なんかいやーな感じっすね」
その『作業』がなにか知らないけれど、無賃労働ってことだろ。僕が「それ、海向こうで奴隷にされるのとどう違うの」と言ったら、イムロは「おんなじっすねー」と困ったような顔をした。
僕はタルクに「こういうこと、知ってた?」って聞いてみた。タルクは「……奴隷のように搾取されている層がいることは、知っていた」と述べた。タルクって、認識票を受け取る前にヴェルク=シーヴィへ逃れたっていう話だから、もしヴェルク=ライナに戻ったら、王子様なのに奴隷っぽい身分になるのかな。成り上がり系ラノベっぽいな。
「……僕ら、ヴェルク=シーヴィでよかったねえ」
しみじみと思ってつぶやくと、イムロが「ほんと、それですよ」と実感を込めて言った。
そもそも、ヴェルク=シーヴィって歴史的に考えるとヴェルク=ライナから離反した人たちが作った国だって以前霜翼卿から聞いたけれど。
そりゃ、離反もするでしょうよ。やってらんないよ、こんな国。
で、ヴェルク=ライナの王統側は、かつて逃げていった人たちでできたヴェルク=シーヴィに対する権利を主張していると。それで以前戦争があって、今は冷戦状態で。
で、ルムスは、ヴェルク=シーヴィを諦めていない人たちから、間諜として用いられていたわけだ。
はー、なるほど。
やっと把握できた、世界観。
僕は、いろいろ考えを巡らせてから「話が大きすぎてさ、ちょっとどうしたらいいかわかんないけど」とつぶやく。
「とりあえず、僕は僕の手の届く範囲で、できることをしたいよ。ルムスの減刑、いけそうな気がしてきた」
そう言ったら、タルクはちっちゃい声で「おまえは、なんでもできる」と言った。なにそれ。






