48羽 「さて、行きますか!」②
僕の言葉を聞いて、レイパスが甲高くひと声鳴き、走り出す。イムロが乗っているハルシーピもそれに倣った。
グラが先導している、一般道ではない、整備されていないけもの道をひた走る。時折同じように陸送騎乗のハルシーピとすれ違ったけれど、僕も慣れたもので、無言のあいさつとして左手の甲をかかげる。車でハザードをチカチカするのと同じ感じの意味合い。テルク=ファルで教わった、全世界共通のジェスチャーだ。最初はバランス崩しそうになったりして怖かったな。
夕方まで走って、野宿。それを三日やって湖畔の街ヴェラルークに到着した。テルク=ファルよりもずっと気温と湿度が高いから、僕らも気をつけなければならないけれど、グラやレイパスたちの体調も気にかけながらの移動だった。感覚的には亜熱帯の地域って考えればいいかな。汗と埃まみれの自分にうんざりしたけれど、しかたない。
まっさきに街の外周付近にあるハルシーピ舎を訪ねて、レイパスたちを預ける。この前みたいにグラはどこか行っちゃった。たぶん、レイパスといっしょの舎屋にいるのが嫌なんだよなー。ずっとラブコールされるから。前途多難だね、グラもレイパスも。
ヴェラルークは、いかにも歴史ある城下町、といった趣きで、尖塔がみっつある灰色煉瓦のお城の裾へ放射状に栄えていた。あまり背の高い建物はなくて、だから中心のお城がなおのこと大きく立派に見える。たぶん街のどの位置からでも見えるんじゃないかな。海ではなく湖の沿岸ということで、磯の香りはしないけれど冷涼な風と空気感だ。これは、この国では人が住みやすい場所だろうなと思う。
タルクが、じっとお城を見ていた。そんなタルクを僕もじっと見た。小さいときのことでも思い出しているんだろうか。そもそも、この国の記憶はしっかりあるんだろうか。
あんまり高級な宿に泊まってタルクの身分がバレたらこまるので、小規模の民宿をみつけてそこを拠点にしようって話し合う。今は繁忙期ではないからということで、4人部屋を3人で使わせてもらえたんだけど、風呂がないんだってさ。まあ、これはこの世界の民宿にはありがち。イムロがぜんぶ手続きをしてくれた。僕ら三人の中では、一番普通の人に見えるんだよ。だから、そういう対人周りのことはぜんぶ任せてしまっている。滞在の理由を聞かれたとき、観光と答えていた。そりゃそうだ。バカ正直に「なんか意味深な認識票のことを探りに来ました」なんて言えないからね。
「まずは、どうする?」
桶にもらった温いお湯を部屋の床において、あぐらをかき上半身裸になって布で体を拭きながら僕はふたりに尋ねた。イムロは穏やかな眼差しで「観光」と即答した。君はそうだろうね。タルクは「城へ行きたい」って言った。
「入れるの? あのお城」
「観光者向けに公開している部分があるはずだ」
靴と靴下も脱いで、足の指の間もキレイにした。あー、生き返る。僕は、なんか僕の動作をじっと見ているタルクに聞いてみた。
「小さいころの、思い出とか、ある?」
「ない」
即答だった。興味もなさそうだった。強がりとかではないと思う。でもさ、ここはタルクのルーツの土地だ。なにもないってことはないと思うんだよな。……嫌な記憶ばかりなのかな。小さすぎて、覚えてないのかな。お父さんの存在は話に上るけど、お母さんは?
家族仲がめちゃくちゃいい僕から考えたら、タルクの状況や環境は、ちょっと想像がつかないんだ。
僕は今、努めて実家やそこに残してきた母と妹のことを考えないようにしている。それは、考えても事態がなにも変わらないから。
タルクもそうなのかな。いろいろ考えたけれど、疲れてしまって、もう考えるのをやめてしまったのかな。どうかな。どうにもならないことって、あるよな。
僕は、どうしたらタルクの頑なになってしまった気持ちの部分を解せるだろうかと考える。なにも思いつかなくて、右足親指の爪の縦割れを気にしながら「あー、風呂入りたい」とつぶやいた。
「――ヨータさん、風呂、興味あるんですか」
「イムロの言う風呂って僕の考えるものとまったく違うでしょう、ひっかからないよ」
「いやー、そうは言いますけどね? 情報収集の場としてはものすごく有益なんですよ?」
人畜無害そうな抑えた声色でイムロは言った。イムロは、本当に空気読みが上手くてすごいなって思う。ちょっと深刻になりかけた雰囲気を、ガラッと変えちゃった。こういうところはオトナだなって思う。行きたいだけかもしんないけど。いやたぶんそうだ。
そして、タルクが「行けばいいんじゃないか、風呂」とか言い出した。おいおい。
「おーーーー、タルクさん、話がわかりますね!」
「わかってないと思う」
「体、キレイにした方がいだろ?」
僕はタルクを無言で見た。間違いない、こいつはばっちいけどキレイな体だ。公翼ってこういう知識は入って来ない環境なのかな。純粋培養か。イムロがすごく穏やかな眼差しと声色で「じゃあ、行きましょうよ、三人で。風呂」と言った。






