44羽 「ただいまー」②
そして、警備の人たちとは、これでお別れ。一夜明けた次の日に、そのまま北ハルナシーヴで離任式を行った。ひとりずつ名前が呼ばれて段にあがって、僕を警護する者として預けられていた徽章みたいのを円環守さんに返還する。円環守さんはその代わりに報酬の徴としての金ピカの棒を渡す。卒業式みたいだった。僕は初めてここで、僕を守ってくれていた人たちの名前を知った。本来ならもっと、関わりを持って打ち解けたかったけれど、僕はもうそうしてはいけない立場みたいだった。タルクからも固く言われていたんだ。個人的な注意を払うことによって警備の人たちとの垣根を崩してはいけないと。警備さんたちの中で特別親しい人ができて、警備さんたちの間にヒエラルキーみたいのができてもいけないと。それが、鑑別師という特別な称号をもらってしまった、僕の地位を安全にもするらしい。あんまり納得が行っていたわけではないけれど、余計な情を抱かないで済んだのはよかったかもね。
ただ、僕は僕なりにケジメをつけたかったから、離任式が終わったあとにみなさんへちゃんとあいさつしたよ。
「本当に長い間、ありがとうございました」
僕の立場でやっちゃいけないのはわかってるけどさ。右手を胸にあてた。みんなびっくりした顔をしていたし、タルクはいかにも「おまえなにやってんだ」って顔をしていた。
ところで円環守さんのお名前も聞きそびれているんだけど、いいかな。この場合もあんまり親しくしない方がいいのかな。まあいいや。
僕のために用意されていた家は、ヴェルク=シーヴィの首都ヴェルンシーヴァにあるらしかった。そっちの方がヴェルク=ライナの人たくさん居そうって思ってしまったんだが、それはどうなんだろうか。結局タルクと同居は変わらないみたいだ。レイパスを受け入れるのにハルシーピ舎と世話人が必要だったから、グラといっしょのタルクが同居なのはありがたい。そこらへんのことはもう、ぜんぶ手配されていたから。
ただ、グラはレイパスとひとつ屋根の下生活を嫌がるかもしれないな……その場合どうしようね。
僕は、レイパスに乗って。タルクは、グラで飛んで。それぞれでヴェルンシーヴァ入りをした。出迎えてくれたのはキャラヤ。非公式だったけれどね。あんまり派手にやって、僕たちの滞在先が一般に知られてもマズいし。レイパスとグラとはそこで別れて、プロのお世話係さんにお任せした。
「まずは、お疲れ様と言っておこうか。ヨータ、君の活躍は聞き及んでいる。テルク=ファルに取り込まれることなく、よくぞ戻ってくれた」
「ありがとうございます。活躍と言うには行き当たりばったりでしたが。まあまあ、いい思い出になりました」
移動の馬車の中で、そんな会話。いつもだんまりのタルクは、めずらしくそこで口を開いて「テルク=ファルからは、なんと言って来ましたか」とキャラヤへ尋ねる。
「通関税を3年間1割に下げるそうだ。その後の税率は応相談と。よくやった、ヨータ」
「えっと、今までがどれくらいだったか知らないんですが、かなり下がったんですか?」
「もう長いこと、テルク=ファルとは一律4割だったな。それでもブロムくんが任じられてからマシになっていたんだ。元はと言えば通関税自主権もなかった」
「なにそれ不平等条約じゃないですか」
僕がびっくりしてそう言うと、キャラヤはちょっと眉尻を下げて「まあ、難しい時代だった」と言った。
「私が円環守総長に立つ前、世の中は混乱していた。それに乗じていろいろな不公平、不条理を強いられた。今でこそこうして穏やかに暮らせているが、私の若いころは戦時中と言っても差し支えなかったよ」
「キャラヤは、本当に凄腕なんですね」
以前のことはよくわからないけれど、思った通りのことを言ったらキャラヤの目が真ん丸になった。そしてキリッとした眉で笑う。
「そこまでまっすぐに褒められるとは思わなかった。ありがとう。凄腕と言うには、私も行き当たりばったりだったよ。どうにかここまでやってきた」
それって謙遜なんじゃないかなあ。なにがあったのかよくわかんないから、そこらへんのことも調べて勉強しようと思った。図書館とかあるのかな。あるとしても、本自体が希少だから一般人は入れなさそう。僕もう一般人扱いじゃないけども。
着いたのは、ヴェルク=シーヴィのちょっと郊外にある広いお庭のある3階建てのお家。灰がかった赤い煉瓦の壁で、三角屋根がふたつ重なっているように見えるシックな感じの建物だった。ご近所さんのお家がそれなりに離れていて、プライバシーめっちゃ守られそう。うおー、戸建て。実家がずっとマンションだから、こういうの憧れるよね。管理たいへんそうだけど。
僕たちが庭先に馬車を着けて降車すると、レイパスの声が聞こえた。先に着いていたみたい。そして正面玄関が開いて、幾人かの人たちが「お帰りなさいませ」と右手を胸にあてて迎えてくれた。
「内勤者もいくらか勝手に手配した。身元のしっかりした者たちなので安心してほしい。相性もあるだろうから、気に入らなかったら代えてかまわない」
人間をカーテンの柄のことみたいに言わないでほしい。僕はキャラヤへ「十分です、ありがとうございます!」と言って、内勤の方たちへ「ヨータです。よろしくお願いいたします」と頭を下げた。






