43羽 「コガとお呼びください」②
「わたくしと結婚してくださいまし」
「お断りいたします」
「ぶっは」
僕が即断したら、タルクがウケた。
僕がスラグヴォルさんとお庭散策したことが伝わっていたみたいで、趣味国防おじさんの姪っ子さんからは植物園での面会を求められた。ふたりきりで会うのはまずい空気感だったので、タルクも連れて来た。ちょっと眉根をひそめられたけど、タルクはイケメンなので文句は言われなかった。むしろちょっとそわそわしてた。
場所がどこだろうとお断りなのはいっしょだけどな。でも初めて見る樹もあってそれなりにたのしめたよ。真っ黄色な柳みたいのとか、真っ赤な桜みたいのとか。
姪っ子さんのファルヴォルンさんは、僕の即答にちょっとついていけなかったみたいで、しばらく固まっていた。そして我に返って「なっ、なんとおっしゃいましたの?」とちょっと裏返った声で言う。
「僕、結婚願望ないんです。今は仕事がたのしくて。なので、ごめんなさい」
しっかりとお断りの意を表明したら、ファルヴォルンさんは日傘を持ったを両手をぎゅっと握りしめて、信じられないといった表情をする。
「わたくし、イグネラ・ファルヴォルンと申しますの」
「はい、伺いました」
「テルク=ファルの防衛卿である、タルクム・ブラズヴェルの近親者ですのよ」
「だそうですね」
「なのに、なぜ」
なぜって言われてもなあ。僕に、お国のこととか関係ないもん。国防が趣味とかいうおじさんと仲良くなりたいわけでもないし。なんかこわい。僕はまっすぐに向き直って「あなたがどのような立場かで、僕の気持ちが左右するわけではありません。僕はここでだれかと結婚する気も、家庭を築く気もありません。それだけです」と言った。なんとなく、タルクがなんか言いたそうな空気感をかもしだしていた。なんだよ。
「……なんて、なんてことでしょう。恥を忍んでわたくしから結婚を申し込みましたのに」
「いろんなお立場もあって、そうなされたことは理解できます。あなたならきっと他にふさわしい人がいるはずです」
ファルヴォルンさんは顔を真っ赤にして「このことは伯父に報告いたします。失礼いたしますわ!」とめちゃくちゃ怒って去って行った。どうせだからぜんぶ見て回りたくて、僕は植物園を回った。タルクもついてきた。
「で、なに。なんか言いたいんでしょ、タルク」
僕がしゃがんで、こぶし大のすずらんみたいのを見ながら水を向けると、ちょっと間があってからタルクは口を開いた。
「テルク=ファルの女が嫌なのか」
「ん? なんでそうなる?」
「ヴェルク=シーヴィなら? あっちの女となら、結婚するか」
「んー?」
しゃがんだままタルクを見上げた。なんか大真面目な顔をしているから、本気でそう聞いているっぽかった。なんでそうなる? 僕はその姿勢のまま「結婚する気ないって言ってんじゃん」と返した。
タルクは軸足を変えて立ち直して、それから僕と目線を合わせるためにしゃがんだ。
「……おまえは、ニホンに帰りたがっていた」
「それはそう」
「こっちで結婚したら? 帰らないか?」
……そういうこと? なんだよ、タルクかわいいじゃーん、と思って、頭をガシガシなでてやった。なんか抵抗しなかったので、赤髪が無造作ヘアになる。なんで似合うんだよこのイケメンが。
「僕が居なくなるのさみしいのかー。そうかー。そういうときはな、ちゃんと『さみしいから行かないで』って言うんだぞ」
「『さみしいから行かないで』」
「素直かよ笑う」
僕は立ち上がった。タルクのつむじを見るのは初めてだ。もう一度僕はタルクの頭をガシガシした。そして言う。
「……まだ、しばらくはさ。居るよ。僕が来たことの、本当の意味がわかるまで。それに、どうやったら帰れるかも、まだわからない」
「もらっていた本に、書いてあるのか?」
「それも、読み解いてみないとわかんないよ」
僕が表彰された際、ドルテランさんは以前約束してくれていた、ハル古典の上巻を僕にくれた。これで、ブロムに買ってもらった下巻と合わせて読むことができる。ハルシーピのグラに呼ばれて、ハルシーピのために僕がここに居るのだとしたら、なにか得るものはあると思うんだ。だから、ヴェルク=シーヴィに戻ったら、まずは読書と調べ物かな。グラが思惑を話してくれたら、楽なんだけどねえ……。
タルクはちょっと傷ついたような瞳で、でっかいすずらんを見た。僕はもう一度その頭をなでて「まだ、いっしょにいるよ」と言った。
少なくとも、しばらくは。
もうひとりのお嬢さんは来なかった。ファルヴォルンさんの顔を立てたんだろうな、たぶん。






