42羽 「それでいいんですか?」①
「おまえ、結婚するのか」
「えっ」
前振りなくタルクからそう言われて、僕は咄嗟になにも返せなかった。
僕は結婚する気持ちがない。そう伝えてからのスラグヴォルさんの告白は、正直なところまっすぐに僕の心に落ちてきた。その後どうやって別れたのかはっきり覚えていない。ただ、僕が返事を先延ばしにした事実だけがある。それは、誠実なことではないな、と自分で思う。
タルクは、あいまいな言葉さえ言えない僕をじっと見た。それからふいっとどこかを向いて「それなら、それでいい」と言って部屋を出ていった。
その「それ」が、僕の去就のどちらを指すのかがわからなくて、やっぱり僕はなにも言えなかった。
クラヴェル王子に会うべきなのかな、と思った。
彼の気持ちが、知りたかった。
ブロムがやって来たときに「クラヴェル王子に、会えるかな」って聞いたら、理由を聞かずに「はい、わかりましたよ」と言ってくれた。たぶん、ぜんぶお見通しなんだと思う。
「このたびは、お慶び申し上げます」
クラヴェル王子は、スラグヴォルさんそっくりな柔らかい笑顔でそう言って、右手を胸に当てた。僕はクラヴェル王子よりも立場が上になってしまったということだろうか。それとも、もっと違う意味があるんだろうか。
「お呼び立てしまして、申し訳ないです」
「いえ。……たぶん、こうなると思っていました」
なにを、どう話せばいいのかな。僕たちは、テーブル越しに向かい合って、お互いの手元のマグカップへ目を落とした。
「……スラグヴォルさんから、告白されました」
「はい」
「クラヴェル王子よりも、やさしい人がいいのだ、と言われました」
「はい」
くしゃっと笑うクラヴェル王子は、スラグヴォルさんと同じで、悲しんではいなかった。ただ、ちょっとだけ戸惑っていて、どうすればいいのかわからないような雰囲気で、僕へ言った。
「あなたは、とてもやさしい人だ。ヨータさん」
「クラヴェル王子は、それでいいんですか?」
聞きたいのはそれだった。僕がどうこうではなくて。クラヴェル王子は、大事な物のようにマグカップを両手で包んだ。笑ったまま「はい。それでいいのです」と言う。
「まさか、こんな日が来るとは思いもしなかった。でも、よかったのだと思います。私は、やさしくはないので」
そうだろうか、と僕は思う。スラグヴォルさんといっしょにいるときの、彼の穏やかな表情を思い出す。
そして、僕ははっきりと「あなたは、スラグヴォルさんが好きですよね」と聞いた。迷いのない声で「はい。とても」と返事があった。
「どうして、あなたも、スラグヴォルさんも……互いに手放すんですか? 好き合っているじゃないですか」
「だからです」
クラヴェル王子は、たしか僕より5つくらい年下だったはずだ。でも、どこか僕よりずっと老成したまなざしで、僕を見た。
「好いているからこそ、幸せになってほしいと思いました。ヨータさん、あなたに会ったとき。……ああ、この人がラインフェリアを好きになってくれればいいのに、と。そう思いました」
それって、僕にはちょっとわからない境地だ。好きな人が、他の人を好きになるって、すごくツラいことだと思うから。別れた元カノのことをチラッと考える。当時、僕はそれなりに彼女のことが好きだった。だから、好きな人ができたって言われたとき、まあまあショックだったよ。
「僕がスラグヴォルさんを好きになったら、僕はスラグヴォルさんと結婚してしまうかもしれないですよ」
「はい」
「どうして? 結婚するつもりだったんでしょう? どうしてそんな、ふたりとも、悲しくなさそうなんですか?」
思ったことをそのまま聞いた。クラヴェル王子はちょっと目を見張って、それから、やっぱり笑う。大事そうに、マグカップを包みながら。
「……まだ、実感がないのかもしれません。あまりに、いろいろなことが一度に起こりすぎて」
それは本音だと思う。陸送騎乗用ハルシーピの件。王様が亡くなった件。それに、遺言でぜんぶめちゃくちゃになった件。
でも、まだクラヴェル王子が王様になると決まったわけではない。だから、諦める必要なんてないはずだ。
「……私がやさしいのは、ラインフェリアへだけなのです。あの子が幸せになるのが見たいのです」
「それでいいと思います。僕、元カノには『ヨータってだれにでもやさしいよね』って言われてフラれました」
大真面目に言ったんだけど、思いっきり吹かれた。クラヴェル王子は喉を鳴らして笑って「なるほど」と言った。納得しないでほしい。僕は、仲人にでもなった気持ちで「ふたりのこと、応援したいんですよ」と言った。
クラヴェル王子は、ちょっと考え込むように沈黙してから「ありがとう」と言ってマグカップの茶を飲み干した。
「このたび、順位に関係なく王が選定されるにあたり、継承権を持つ者すべての婚約が白紙になりました」
「はい、なんとなく聞きました」
「それは、どの娘にも王妃になる可能性があるからです。側妃にも。それを望む者も当然多くいることでしょう。元々の王太子には、婚約も側妃の内定もあったのですが、それも解消されました」
まっすぐに僕の目を見て、クラヴェル王子は真顔で言った。
「だれが立ったとしても、ラインフェリアは望まれます。けれど国外の要人であるあなたと結婚すれば、それは難しくなる」






