40羽 「なにそれうれしい」②
『私の不敬な態度について、ルクヴォテル外務卿へと取り成してくださり感謝いたします。私がしたことは裁かれて当然のことでした。しかし鑑別師殿のおかげで不問とされ、これからもハルシーピのために働いて行けます。
鑑別師殿が、真にハルシーピたちのことを想い、行動しておられたことはカイラントに派遣されたすべての者が知るところです。もちろん、私も。
ハルシーピと寝起きし、私たちに歩むべき指針を示してくださったこと、それに、命がけでそれを私たちに伝えてくださったこと。わすれません。わすれられません。私は、自分が一番大事なことを学んでいなかったこと、そして学ぼうともしていなかったことに、気づきました。鑑別師殿の、真っ直ぐな姿勢から。それは、これまで私がハルシーピや他の動物たちの医官として務めて来た中で、一番大きな学びであったと感じています』
大げさだなあ、って思う。僕は、どうしようもなかったからただ、ハルシーピちゃんといっしょに寝泊まりしただけ。スマホもインターネットもなくて、各種論文にアクセスできる母校も図書館もない。自分の不確かな記憶の断片をつないで、それを確認するにはどうすればいいかって、やぶれかぶれになっていただけ。他にどうしようもなかったんだ。だって、この世界ではなにが常識で、なにができなくて、なにが手の届くことなのかさっぱりわからなかった。
それでもさ、やっぱり、うれしいもんだね。こうやって、感謝されるっていうのは。
『足元にも及びませんが――私は、決意し、ここに表明します。鑑別師殿のような、高潔な魂を持つ動物医官になると。それを目指して、今後もたゆみない努力をして行くと。
本当に、ありがとうございました。
なによりも、そのひと言です』
高価な紙を4枚も使って、びっしりと書かれたお手紙は、もしかしたら僕にとって、この世界に来たことの意味をぜんぶまとめてくれたものだったかもしれない。
他の人だったらもっと上手いことやれたんだろう。でも、七転八倒した上でもらったのがこのお手紙なら、悪くない気がした。
ここに来た意味があった。
ここでできることがあった。
ここに居てもよかった。
ここに来たのが、僕でよかった。
そう思えた。
丸一日休んで疲れがとれたところでドルテランさんから使いが来た。立派なお盆に携えられた書状は、どう考えてもテルク=ファルの国の正式なもの。
なんかね、表彰されることになったみたい。僕。
しかも空気感的に、あれだ。王様とかに授与されて、それ以降名前に『サー』が着けられちゃう系のヤツだ。たぶん。
ちょっと待ってくれ。そこまでのことはしていない。まじで。
陸送騎乗用ハルシーピちゃんたちへの献身がどーのこーのと、あと『海の手』の活用方法を伝授した功績とかなんとか。人々の「食べられない、海の怖いヤツ」みたいな海藻類への意識を変えるのはすごく時間がかかりそうな気もするけれど、ブロムのいる国だから、サクッといい感じの名産品作り出して流通させそうな気もする。あ、食べ過ぎはよくないよっていうのはめっちゃ何度も言ったよ。
「もらっとけばいんじゃね」
「軽っ」
使者さんの前でタルクがこともなげに言った。勲爵ってそんなにカジュアルにされていいんでしょうか。僕が手にとった書状をなんとなく斜めにして透かし見たりしていたら、タルクは「べつに、もらってかさばるもんじゃねえし」と言った。さすが生まれついての王子様は目線の高さが違うよな……。
お断りするのもものすごくたいへんそうな気配だったので、拝受することになった。当然、それにともなった式典。もう準備されていて、僕が行くだけになっていた。
キャラヤから鑑別師をもらったときよりも、もっと荘厳な感じの、すんごい縦長な大広間。天井が高すぎる。ろうそくのシャンデリアが何個もあって、自然採光も含めてめちゃくちゃ明るかった。
真ん中あたりに立っている、めちゃくちゃかっこよく着飾ってだれだかわからなくなっているドルテランさんのところまで歩いて行き、ちょっと離れたところに立つ。目の前には、台座に据え置かれた金色の洗面器みたいな火鉢。
「――鑑別師ヨータ・コガ。あなたを我が国の熔炎伏守と称え、父祖たちの名とともに石に刻みます」
ドルテランさんの声が、大勢の人々が見守る中に響いた。儀式は、僕が授爵と考えてすぐに想像できる肩に剣を当てるものではなかった。
着せられた礼服には、体に巻きつけるようなショールがあるんだけれど、事前に知らされた手順に従って、僕は腰に下げたナイフでその裾を切った。ナイフをしまってから、切った裾を火鉢へ投げ込む。ところ変わればやり方も違うね。それが燃え尽きたとき、僕は正式に、そのよくわからない横文字の肩書きになるらしい。なんだか、国の護り人みたいな意味合いだって。おおげさすぎるなって思った。
裾の切れ端が完全になくなったとき、ドルテランさんは右手を胸に当てて「我がハルに」と言った。その場に居るテルク=ファルの人全員が同じく「我がハルに」と唱和して、会場がちょっと揺れた。
僕だけじゃなくてタルクにも。僕たちを守るためいっしょに来てくれた護衛の方たち総勢18名にも。テルク=ファルの『友人』枠みたいなのが授与された。こんなに大勢が、しかも他国の人がいっぺんにテルク=ファルで栄誉を受けるって、史上初なんだって。まじかよ。いいのか、本当に。
ということで。
なんか僕、テルク=ファルでもすごい人扱いになってしまった。
どうしようね。






