39羽 「大成功です」①
お借りした『ハルロイネン』に関する資料は読み込んだ。高温で乾燥した地域によく見られる、見た目は赤ダニみたいな虫。
対処法は湿度を高めに、室温はほどほどにすること。ここはダニとは真反対で、やっぱ僕が日本で得た常識なんかじゃ、この世界では通用しないなあと思う。でも、さすがに熱湯をかけられたら死ぬみたいなので、殺菌作用のあるハーブをぐらぐら煮出したお湯を、定期的にハルシーピ舎へ撒くように調整した。
ハルシーピちゃんたちがちゃんと食事をできないのは、それでなくても熱い体温を下げるために、たくさん水を飲んでおなかいっぱいになっちゃうからじゃないかな、っていっしょに寝ていたときにちょっと考えた。あと、消化ってどうしても体温を上げるから、本能的に避けているんだと思う。なので、飲水に栄養添加できないかなってドルテランさんと医療班の人たちに相談した。
「ここ、海が近いですよね?」
「はい。この街は漁港としての機能もございます」
「じゃあ、廃棄の貝殻とかありません? それか昆布。栄養源にできないかな」
カルシウムってどうやって説明すればいいのかわかんないや。とりあえず「人間が摂取したら、骨が丈夫になる成分が、貝殻にあるんです。昆布なら、ミネラルっていう成分も。ハルシーピの軟卵に効くと思います」と言った。
そもそも、昆布やわかめって食用ではないみたいで、言ってもみんな「なんのこと?」と疑問満点な顔をしていた。警備さんたちと魚市場を見に行ったけど、たしかに売ってなかったなあ。
摂取し過ぎはよくないけど、昆布出汁ってぜったい栄養価高いから、ハルシーピちゃんたちがお水しか飲めない今、ぜったい摂り入れたい。
「あのー、僕、取って来ちゃだめですかね?」
そんなこんなで、漁船に乗せてもらえることになった。もちろん警備さんもタルクも、なんならドルテランさんも医療班の人もいっしょに。
ちなみに、タルクは外洋船に乗るのが初めてらしい。警備さんは4人乗船された内、ふたりは経験あり。ドルテランさんたちはもちろん経験あり。僕は子どものころに四国へ遊びに行ったときに乗ったくらいだけれど、まあだいじょうぶだろ。
東の海は、当初高波がすごかった。でもすぐに凪いでくれて助かった。漁船の乗組員さんたちが「どこまで行きますかー!」ってめっちゃ遠くまで行ってくれそうな空気感出してくれていたんだけれど、たしか昆布って、沿岸に生えてるんだよなあ……。ここでもそうかはわかんないけど。
とりあえず「あんまり遠くへ行かないで、ここらへんで網を下ろしていただきたいんですがー」とお願いしたら、めっちゃ変な顔された。なんかすいません……。
「うーんと、ここいらはなんもとれないと思うけど、とりあえず兄ちゃんの言う通りにしてみるわ」
船長さんがめっちゃ悩んでから承諾してくれた。なんかすいません……。
警備さんのひとりが船酔いで海へ撒き餌している。タルクは「なんか、足元が揺れるって変な気分だが、すげーな!」とたのしそう。いや、君はしょっちゅう空で足元ふわふわしてるでしょうが。
船員さんが投網してくれて、しばらく無反応だった。くるっと僕の方を向いて「あの、意味ないっすね」と言う。
うーん、昆布ってどのくらいで採れるんだろう。網を投げたらもう、それでひっかかるかな。
「あの、もしよかったら、それで引き揚げてもらってもいいですか?」
「えっ、なんもかかってないっすよ」
「念のために……」
すっごく不審な顔をされたけど、お願いした。手伝おうとしたら「素人さんには触らせらんないっすよ!」と言われてしまった。なんかすいません……。
で、見事かかってた。昆布! ちっちゃい魚もぴちぴちしている。
「やっぱダメっすねえ……」
「大成功です。これがほしかったので」
僕が網から出ていた昆布をつまんでびろーんと持ち上げると、波の音が掻き消えるくらいに船上が騒がしくなった。
「はあ⁉ なに考えてんだ、ヨータ⁉ こんなん食えるわけねーだろ!」
代表してタルクがキレ気味に言った。いや食えるし。ドルテランさんが唸りながら「……着目点が違いますね、鑑別師殿」と言った。
とりあえず、みんなをなだめて船着き場まで戻ってもらった。けっこう採れたし、しばらくはもつかな。なんだか動揺しているみなさんの言葉を総合してみると、昆布とか海藻類は、人間を海へ引き込むとかいうオカルトチックなおとぎ話があるっぽい。しらんがな。そして、正式名称は『海の手』だそうで。
「これ、料理の下味とかをつけるのにとてもいいんですよ。僕、なんか作ってみますね」
本当はハルシーピ舎へ戻って調理したかったんだけど、船長さん始め海の男さんたちが、どうするのか見たいって声高に主張されたので、場所を借りて調理することになった。とは言っても、出汁を取って他の料理に使うだけだけど。海だしアラ汁でいいよね、ってことで、さくっと作った。
「はい、できました」
出汁を取ったら中から出したけど、みんなしーんと静まり返って微動だにしない。まあいいや。僕が自分で食べ始めたら、食いしん坊タルクが自分でよそって食べた。
「……んまいな」
「でしょー」
「……そっちは、食えんのか」
「食べられないことはないけど、出汁を取るのに使っちゃったから、そんな美味しくはないよ」
僕が調理台の上によけた昆布をじっと見て、タルクが言ったので、僕はそう返した。食いやがった。そして「うん、そこそこまずい」と言った。
しーんとして。その次に食べようとしたのは船長さんとドルテランさん。そこからはあっという間になくなったよ。よかったよかった。






