38羽 「立ち会えるかな」①
結局丸2日起き上がれなくて、ずっとうとうとしていた。入れ代わり立ち代わりだれかがやって来て、体を拭いてくれたり頭を冷やしたりしてくれていた。ありがとう。
「……どうだ、ヨータ」
「……しんどい」
目を覚ましたときに、傍に座っていたタルクが心配そうに顔を覗き込んできて、僕は思った通りのことを言った。自分でもびっくりするくらい声がガラッガラ。体を起こして、水をもらった。
まだ熱があるからか、それともずっと寝ていたからか、体を動かすとバキバキ言った。タルクが「なんか、食えるか?」と聞いてきてくれたけど、そういやぜんぜんお腹空いてないやと思って首を振った。食べた方が治りもいいのはわかっていたけれども。気分が乗らなかった。
頭がくらくらしている。でも足の状態を見たくて、布団から這い出た。僕は服を脱がされて下着だけの状態だった。で、左足はどう見ても右脚の1.5倍くらいになっているの。うわー、思っていたよりずっとひどいな。とりあえずトイレへ行きたくなったので、そう言ったらタルクに部屋の隅を指さされた。蓋つきの壺。うわ。なにそれ、おまるかよ。最悪だ。でもダルくて抵抗する気力もなくて、使ったけど。
虫に食われた痕は、足が腫れたせいでぜんぜんわからなくなった。そして肌がカッサカサ。ハルシーピの遺体の乾癬は、もしかしてこれの延長線上かなあ。
「とりあえず、ハルシーピ舎の一斉清掃に入った。おまえを噛んだ虫退治のために」
「うわー、なんかたいへんだったよね。でも必要なことだから、やってもらってよかったかも」
ちょっと気になっていたことを、聞いた。
「僕が添い寝していたハルシーピちゃん、どうなった?」
タルクがちょっと黙り込んで、はっきりと「今朝、死んだ」と言った。僕は、ぐっと胸に来るものを抑え込んで「そっか」と返した。
タルクにたのんで、ハルシーピちゃんの検死結果を取りに行ってもらった。書類を持ったドルテランさんがタルクといっしょに来た。彼は開口一番「ごムリなさらないでください」と言ってくれた。ありがたいけど、命がかかっていることに後手には回りたくない。
僕が倒れたあと、ハルシーピちゃんたちの体も一斉点検したみたい。探すのたいへんだったと思うけど、やっぱり亡くなった子には虫刺されみたいのがあったみたいで。これまで見過ごされていた理由は容易に理解できる。前にタルクも言っていたけれど、ハルシーピってめっちゃ基礎体温が高いんだ。これは添い寝していてめちゃくちゃ感じた。人間の僕ならこの高熱はすぐわかるけど、ハルシーピちゃんではそこまではっきりとした違いは出ないんだと思う。まして、それ以前に体を壊しているんだから、なおさら。
「虫……特定できるかなあ」
僕が検死結果を眺めながらつぶやくと、ドルテランさんがはっきりと「します。ぜったいに」と即答した。なんてたのもしい。
僕が起きたって聞いてブロムがお見舞いに来てくれた。というか、僕が寝ていた部屋にはお見舞いの品がたくさんだった。お花を贈る文化はないみたいだけど、その代わり落雁みたいなハルシーピをかたどったお菓子や、ハルシーピの置物がたくさん。熱が出たときに「ハルシーピがその熱を持って行ってくれますように」という願掛けみたいなものらしい。
「ハルシーピの体温が高いことには、伝承がありまして」
ブロムはすぐに食べられるモノっていうことで、水分大目の梨みたいな果物を持ってきてくれた。剥いてくれたからありがたくいただく。あ、これなら食べられそう。タルクにも勧めたら「おまえが食えよ」と言われてしまった。そっか、いくら食いしん坊でも病人を優先できるんだね。えらい、タルク。
「かつて、活火山の影響でこの世が終わろうとしていたときに。身を挺して人間を守ってくれたのがハルシーピだったと言われています」
「溶岩から?」
「そうですね。火口へ飛び込んで、火山活動を封じ込めてくれたと。……なので、そのときの苦しい思いを再び味わわせることがないように、基本的にハルシーピは土葬なのです」
「ああ……それで……」
本当に伝統的なことだったんだなあ。僕はちょっと考えてから、聞いてみた。
「今朝亡くなった、僕が添い寝していた子……もう火葬しちゃった?」
「今準備をしているところです」
「立ち会えるかな」
「調整しましょう」
ブロムはさっと立ち上がって部屋を出ていった。タルクは僕の体調を窺ってか、僕をじっと観察している。そしておもむろに「なんで、俺は刺されなかったんだ」と怒ったように言った。
「それは、僕に聞かれても。虫の気まぐれ?」
そう言いつつ、やっぱり弱っている個体に噛みつく虫なのかなあ、とか考える。日本人としての知識では、虫に噛まれて高熱って、マダニが真っ先に思い浮かぶ。でも、違う。だって、今このカイラントの地域は、例年になく高温で乾燥した空気なんだ。マダニはじめじめした、梅雨みたいなときに最も繁殖する。だから、そこらへんの僕の付け焼き刃知識は、参考程度にしかならない。
そして、1時間後くらいに、ドルテランさんが再度やって来て、ハルシーピちゃんの火葬の準備が整ったと教えてくれた。ハルシーピを火葬するということ自体が、一般市民の感情を昂らせてしまう可能性を考えて、町の外で。まだ熱はあったしふらふらしていたけれど、しっかり服を来て、参列した。右手を胸に当てて。






