37羽 「そのつもりだったけど?」①
「まず、みなさんが日夜ハルシーピのために駆け回り、死力を尽くしていらっしゃることを称賛したいと思います。本当によくやっていらっしゃいます。お疲れ様です、自分を労ってあげてください」
僕がそう切り出すと、僕の話を聞くために集まった現場の人たちが押し黙った。ちょっと泣いてしまった女性もいる。悲惨な病床を見た後だから、僕にもその意味がわかる。
火葬するっていう僕の案は、現場に快く受けいれてもらえたとは言い難い。そりゃそうだ。ぽっと出のよくわからん隣国の偉い人が、ハルシーピの医療専門家でもないのに、伝統的な営みを壊そうとしているんだから。ハルシーピは神鳥だから、それなりの弔い方があるんだろう。でも……それで他の子たちの命を危険に晒すことなんてとてもできない。
「僕がこの、陸送騎乗用ハルシーピの窮状について聞いてから、ずっと考えてきたことがあります。仮説を述べます。今、メスのハルシーピたちの体には、みっつの異変が起きている」
いっしゅん、ざわっとした。中には書き板を持ってきた人もいて、僕の言葉をメモしようとかまえる。ちょっと恥ずかしい。でも、大事なことだから、しっかりと伝えなければ。
「ひとつ目……『卵を産む命令が強くなりすぎる』こと」
なにかが引き金となった、KNDy経路の過剰活性化。人間の女性だったら、更年期障害のホットフラッシュみたいに、ホルモンバランスが暴走しているイメージ。
黒板へ書き出して行く。事前にタルクへ説明したときに、理解できた言葉だけを使って。
「ふたつ目……『卵の殻がうまく作れなくなる』こと」
なんらかの理由でSIRT1が抑制されている。体内の調整役であるSIRT1が弱まると、ビタミンD受容体が低下してちゃんと働かなくなり、カルシウムを腸から吸収するのも、卵の殻に固めるのも両方うまくいかなくなる。どれだけエサに注意を払っても、症状が改善されないのはこれが原因。
「みっつ目。これが突然死にもつながっていると思うのですが……『体全体の平衡が取れていない』」
ひとつ目だけ、ふたつ目だけなら、対処のしようはあった。でも、ふたつ同時に起こってしまった。ハルシーピの体は悲鳴をあげていて、ほぼ確実に肝機能の低下が起きている。それによる低アルブミン血症。結果の腹水と……耐えられなくなった後の、死。
僕の説明は、たどたどしかったかもしれない。ここは大学のラボじゃないし、血液検査ひとつできるわけでもないし、なにもかもが僕の知識だけを頼りとした仮定だ。
ここまでを話し終えて、みんなの顔を見ると、一様に深刻な表情で僕を、黒板を見ていた。
僕は、ちょっとだけ喉がからからになりながらも、続けた。
「みなさんが取られて来た対策は、どれもすばらしいものです。ぜひ、今後もその指針を貫いていただきたいです。確実に必要なことですから」
「――しかし、鑑別師。それでは、解決しませんでした」
当然の疑問だと思う。僕だって、なんでここまでみんなががんばっているのに、ちっとも事態が好転しないのか、意味がわからない。その、意味がわからないっていうのが、僕が説明した中で『なにかが引き金となった』と『なんらかの理由で』だ。
「はい、おっしゃる通りです。みなさんの取られた対策で根絶できない病気だなんて、正直僕は見聞きしたことがない」
「じゃあ、どうすれば……!」
悲鳴みたいな声があがって、批難めいた声色のどよめきがそれに続いた。僕はしっかりとみんなの方を向きながら「僕に、ちょっと時間をください」と言った。
「時間……どうするんですか?」
部屋の端っこで腕を組んでずっと黙っていたブロムが、喧騒を裂くような響き渡る声で言った。瞬時に静まって、僕はブロムを見返して、言った。
「僕も、ハルシーピと……ここの子たちと同じ生活をしてみようと思います。数日でも、数週間でも。そうすれば、見えてくるものもあるかもしれないので」
タルクが吹いた。ブロムはオーバルメガネをくいっとした。ドルテランさんが一拍後に爆笑して、そして「いいですね。私もごいっしょしましょう」と言った。みんなあっけに取られていた。
そして、その日の夕方から。僕だけでなくタルクも、ドルテランさんも、病床のハルシーピ舎にごろんと横になっていた。大真面目に。ブロムは逃げた。
「……ヨータ。聞いておきたいんだが」
各ハルシーピごとに仕切りがあって、僕らはそれぞれ違うハルシーピに添い寝している。隣の囲いから聞こえたタルクの声に、僕は「なにー?」と聞き返した。
「……まさかとは思うが。……食事まで、ハルシーピと同じものなんて、言わないよな?」
「えっ、そのつもりだったけど?」
僕が即答すると「まじかよ……」と懇願の色を帯びた声があがる。そりゃ、完全にハルシーピと同じことしなきゃ、なにが悪いかわかんないじゃんねえ?
「だって食べられるでしょ? 今、基本的に熱を通したものしか食べさせてないんだし」
絶望しきった哀切な「あーーーーーー」という声が響いて、消えた。ドルテランさんは忍び笑いをしていた。






