2羽 「ここ、本当にどこですか?」①
――僕が初生雛鑑別師を生涯の仕事にしたことには、わけがある。
僕の両親が結婚したのは、ノストラダムスの大予言の前の年だ。そしてなんと、よりによって僕は世界が滅ぶかもしれないその年に生まれてしまった。
その後、紆余曲折を経て、物心ついたころに僕は恐怖の大王へひよこを渡す係に就任した。……これだけでは意味がわからないな。
1999年初頭。父は生まれたばかりの僕を抱いて、はっと気づいた。
恐怖の大王はそこまで来ているのに、自分たちの守りは薄い、と。
それで父の地元へ帰って、大王を迎え撃つために25年ローンでマンションを購入したのだ、と母は懐かしそうに述べる。一家を守るソルジャーとして、父は決して負けられなかったのだ。
完璧な守備に恐れをなした大王は、予定の時に来なかった。準備万端で待っていたのにと、いつも残念そうに母は言う。だとしたら、きっとキッチンの収納には組み立て式のバルカン砲が入っているに違いない。
幼いころの僕は、来たるべきそのXデーのことをわりと楽しみにしていた。ピクニックがあちらからやってくるような感覚だったんだ。それに、両親がいればどうにかなるとも思っていた。なにせ、父が買った福岡県飯塚市のマンションに住んでいる。完璧だ。
小学校入学の準備のときだった。母からもらった一年生の漢字書き取り帳を見て、僕は天啓を受けた。
それまで僕の世界はひらがなとカタカナで構成されていたが、なんと、漢字なるものがこの世に存在した。そして、おそらく――恐怖の大王が予定通り来られなかったのは……きっと漢字がわからなくて路線バスに乗れないからだと、気づいてしまった。
来ると予告したノストラさんも、そのことをうっかり失念していたのだ。恐怖の大王の名前にはオトナと同じ『大』の文字があるし、きっと子どものように助けてはもらえないのだろう。
書き取りが本当に苦手だった僕は、少しだけ大王がかわいそうだな、と思った。きっと必死に読み書き練習に励んでいるはずだ。いよいよ日本語をマスターしてやって来たときには、いっしょにピクニカ共和国へ行って、動物たちに囲まれて写真を撮ろうと思った。
ピクニカ共和国は僕の情操教育に大きな影響を及ぼした、動物とのふれあいの場だ。あんなに可愛い生き物たちを見たら、大王はきっと世界を滅ぼそうなんて気は起きなくなるに違いないと、幼心に僕は確信していた。ひよこなんか、手のひらに乗ってしまうくらいなのだ。大王だって、あの愛らしさとぴよぴよという鳴き声にはイチコロだろう。とてもいい案だ。
僕は大王の手のひらにひよこを乗せる大役を全うしようと決意した。それは、りっぱなことだと確信した。
人類と大王双方の立場を慮り、僕はそんな平和的解決を望んでいたのだ。
そして、僕がランドセルを背負い始めたとき。可愛すぎる妹が生まれた。ひよこみたいに、まじで小さくて可愛くてふにゃふにゃしていた。その年の夏休みにじーちゃんの墓へ行ったとき、もうちょい大王の漢字書き取り帳を難しくして(五年生くらい)引き止めておいてくれとお願いした。
大王に妹がいるとは聞いたことがないから、見てしまったらきっと羨ましくて連れて帰ってしまうだろう。そんなことがあってはいけない。妹を守ってやれるのは僕だ。僕は、お兄ちゃんだ。
悲しみつつも、僕は大王と決別した。
ただ、僕は平和的解決をあきらめたわけではない。
僕は、大王の手のひらにひよこを乗せるという責務を、一度は受け入れた男だ。大王の考え次第では、もう一度その役を引き受けてもかまわない。
――などとという理由も、少しはあるかもしれない。
僕は、大学卒業後に専門養成所を経て――『初生雛鑑別師』になった。
僕、ひよこ、好きなんだよ。
海外での需要も大きい技術なので、ノストラさんの故郷のフランスからスカウトの声もあった。だけど、ちょうど僕が資格取得できたころ、父が、亡くなった。その後の母の背中が寂しそうで、なんとなく僕は地元に残っている。
ひよこみたいだった妹は、163センチの僕に迫るくらいに大きくなって、今や早朝の雄鶏よりもかしましい。僕がひとつ言葉を発したら、30くらいの雄叫びが返ってくる。こんなはずじゃなかった。
「――あんなにかわいかったのに……」
「なにがだ」
自分の声と、その質問の声ではっとした。






