8羽 「ない、ない!」②
ルムスは最初ちょっとだけ信じられなさそうな表情をしたけど、家の状況を見て納得したみたいで「片づけ、手伝うよ」って言って散乱した服を拾い集め始めた。なんていいヤツなんだ。僕もそれでやっとやる気が出て、体が動くようになる。
「ありがとう、ルムス」
「お安い御用ー! まあ、ヤロウの下着たたむ経験は、もう今後いっさいしたくないかな!」
「ごめん……」
手を動かしながら、ルムスに質問されるまま、自分のことを話した。なんでかヴェルク=シーヴィに来てしまったこと。日本という国に、母と妹がいること。きっとみんな心配していること。そんな内容。うん、うんっていい感じのあいづちをくれるし、質問のしかたがさりげなくて、なんだかいっぱい話してしまった。もちろん、タルクとハッラさんと「秘密にしておこう」って約束した、鑑別技術のことは言わなかったけどさ。言えるわけないよ。たぶん……ライラちゃんはそれが原因で連れて行かれちゃったんだから。
ふたりでちゃちゃっと片づけたら、そんなに時間はかからなかった。でも、もう完全に日が落ちていて、外は真っ暗だ。
「ルムス、家はここから近いの? こんな時間まで、だいじょうぶ?」
「あー? まあ、そこそこ近いよ。ひとりモンだし、ぜんぜん問題なーし!」
タルクが帰って来るまで待ってるってルムスが言ってくれた。ひとりで居たらネガティブなことばかり考えてしまうから、すごく助かる。申し訳ない。軽い夕食でも振る舞おうかと思ったけれど、食材がぜんぜんなかった。いつも仕事帰りにどこかで買って帰るからさ。お茶を入れて、堅焼きパンだけあったから、スライスしていっしょに食べた。
深夜になっても、タルクは帰って来なかった。
ライラちゃんは……どうなっただろう。
「もうこのまま泊まるー、いい?」
「もちろん。どうしよう、僕のベッド使って!」
「いい、いい。男の寝床とかムリ」
「それはそう」
言うが早いがルムスは床にごろ寝して、寝息をたてた。はやっ。僕も、なんかルムスにだけ床に寝させるのは申し訳なくて、床に転がった。
不安な気持ちのときに、ひとりじゃないってありがたいな。思っていたよりもすぐに、僕も寝ついた気がする。
「おきろー、ヨーター」
揺り動かされて目が覚めた。起き上がろうとしたら、なんだか僕は毛布でぐるぐる巻きにされていた。赤ちゃんのおくるみみたいに。なにこれ。なんとか這い出たら、ルムスが「なんか夜中に寝言で寒い寒いって言ってたから、巻きつけた」って言った。お手数おかけしました……。
「結局、戻って来なかったんだねー、タルクは」
「そっか……」
タルクのベッドを見た僕に、ルムスは確認するみたいに言った。そして「今日、仕事どうする?」と尋ねてくる。
「いくよ。……なんか、じっとしているのも、嫌だし」
「そっかー。じゃあ、ぶらぶら歩いて、どっかで食事調達して、行く?」
「そうだね。……ハッラさんのお家、寄ってもいい?」
きっと、ハッラさんも奥さんも、不安な気持ちでいるに違いない。ルムスはふたつ返事で了承してくれた。
馬車と馬くんは、灰翼判庁に置いてきてしまったから、どうしたって徒歩じゃなきゃいけない。タルクの家からハッラさんの家まで歩くのは、ヴェルク=シーヴィに来てから二度目だ。初日に、わけもわからずタルクの背中を追っかけて歩いたとき以来。
鶏舎には、昨日ハッラさんに詰め寄っていた同業者さんがひとりと、他にも数人の姿。
「おお、判別師くんか。ハッラには、ライラちゃんの捜索に専念してもらうってことで、今は俺らが手伝いに入ってる」
「すごいな……みなさんの団結力、頭が下がります」
「なんのなんのー。助け合いは自分のためって言うしなー」
そもそも、ハッラさんの奥さんであるムルナさんは、産み月間近の妊婦さんだ。それでこんな、とんでもないストレスを抱えちゃってさ。手伝いのおじさんも「翼騎兵団のあの人、なんか言っていたかい?」と心配そうに尋ねて来る。僕は首を振って「なにも。まだ捜索から帰って来ていません」と言う他なかった。
ハッラさんのお家にも立ち寄った。ルムスはそれにも嫌な顔せずつきあってくれる。いいヤツだなって思う。
「ヨータ……!」
一晩で10歳くらい老け込んだんじゃないかってくらい、弱りきったハッラさんが僕を迎え入れてくれた。お家の中には知らない女性が数名いらして、寝室と台所を行き来してなにか話し合っていた。
「ハッラさん、今、タルクが全力でライラちゃんを探してくれているから……」
「うん、うん。ありがとう、ありがとう。ありがとう……」
なんて言えばいいのかわかんない。ただハッラさんの手を握って、言葉だけの励まし。ここが日本ならさ、チラシとか作って、街道で配るくらいのことはできたけれど。
ムルナさんは、やっぱり出産予定日が近いらしい。ふたり目だし、予期せぬトラブルがあったから早まる可能性も考えて、助産師さんたちが来てくれているんだって。お家の中にふたりきりなのは気分的にもつらいだろうから、よかった。
仕事が終わったらまた来るからね、と言って家を出ようとしたとき、ずっと黙っていたルムスが、思い出したみたいな感じで声をあげた。
「そういやーさ、ヨータって判定師なわけじゃん? 他の呪いとかしないの? 行方不明者の居場所とか、呪えない?」
全員の視線が、ルムスに集中して、それが僕に移動した。
えっと……すみません。僕、雌雄鑑別師であって、呪い師ではないんです……。




