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飛ばない僕と、空を行く君と  作者: つこさん。
第三章 ヴェルク=ライナ

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59羽 「管轄なの?」②

 タルクとは、会談の後すぐに灰翼判庁へ向かったので話せていない。いろいろ聞きたいこと、ちゃんとはっきりさせたいことがあるはずなのに言葉にまとまらないから、ちょうどよかったかもしれない。

 帰って来たのは数日後の夕方。年が変わる前日の、10月35日だった。日本での太陽暦とは数え方が違うから、12月30日じゃないんだ。こちらは十二カ月じゃなくて十カ月で、ひと月が35日。そして、5年おきに25日か26日の閏月が入るらしい。

 大晦日みたいな、特別な感じではない。ただ、年が明けたらみんな一斉にひとつ年を取るから、身綺麗にしたり、服を新調しておいたりする。僕も家のメイドさんに促されて、服を買いに行った。イムロもいっしょに。たぶんイムロが着られるならだいじょうぶだろうと思って、タルクの分も買っておいた。あいつ、好みとかなさそうだし、なに着ても似合うし。ダンさんのも買って渡したら、めちゃくちゃ恐縮されてしまった。


「おかえり」


 僕がそう言うと、タルクはちょっと考えて「ただいま」って言った。


 ふたりで夜中に、食堂でお茶を飲んだ。きっとイムロもダンさんも気づいていたけれど、やって来なかった。近況とかをぼそぼそと話し合って、お互いの体調も確認し合って、そして、年が変わった。

 静かだった。すごく静かな夜だった。


「なんかさ。いろいろ聞こうと思っているのに、どう聞いたらいいのかわからないんだ」


 僕が冷めたマグカップを両手で包んで言うと、タルクは「俺も、なにを言ったらいいのかわからん」って言った。それいつものことじゃん。


「聞いといた方がいいことはわかるんだ。だから、なんか上手いこと聞けないかもしれないけれど、いい?」

「ああ、かまわない」


 僕たちの間には、火取り皿の小さな灯りだけ。窓の外は真っ暗で、チラチラと雪が降っている。それをちょっと見てから、僕は「戦争、行くの?」と聞いた。

 タルクは「行かなきゃいけない」と答えた。


「それってさ、タルクも望んだことなの?」

「望まなくても……そういうことになるだろ」

「行きたくない?」

「行かなきゃいけない」


 タルクには、僕の尋ねているところがわからないみたいだった。僕は、タルクが行きたいか行きたくないのか、それを聞いているんだけれど。そんな単純な質問にさえ自分の気持ちを返せないほど、タルクは他人軸で生きることに慣れてしまっているんだろう。悲しいとも哀れとも思わないけれど、なんかタルクらしいなあ、と思った。


「戦争にさ、タルクが、大将みたいな感じで出るわけじゃん」

「うん」

「なりたかった? 大将に」

「べつに」


 タルクは、僕らの会話がどこかすれ違っていることに気づいたみたいで、僕の質問を咀嚼するように手元のマグカップを見た。そして目を上げてから「……俺が行かなきゃ、いけないと思ったから」と言った。


「それって、公翼だから?」

「それもある」

「ヴェルク=ライナの王子様だから?」

「それもある」

「キャラヤに行けって言われたから?」

「それもあ……るけど、たぶん、それじゃない」


 タルクは、自分の人生を諦めているところがある。きっと「将来の夢は?」って聞いても返ってこないし、食いしん坊なのに好物がない。

 霜翼卿がタルクに公翼を任せた理由が、わかる気がした。生きる目的みたいのが、タルクにはなにか必要だったんだ。

 グラがイクナになって。心を許せる存在ができて。

 惰性でも、そうやって生活できるだけ、よかったんだろう。


「……俺は、やらなきゃいけないんだ」

「でも、やりたくないなら、そう言っていいんだよ」

「……わからない」


 本音なんだろうな。

 僕は「お茶、淹れ直してくるね」と席を立った。


 お母さんのことを聞くべきかな、と思った。きっと、なんらかのトラウマになっている。

 僕がそこまで踏み込んでいいのかもわからないな、と思いながら、沸いた湯で茶を淹れる。テーブルに戻ると、小さな火明かりに照らされたタルクが、迷子に見えた。


 注がれた茶の湯気をじっと見ながら、タルクはぼそりと「ダンに、言われた」とつぶやく。


「今の、ヴェルク=ライナ状況がひどいこと。ダンが亡命できて、しかも俺に会えたのは奇跡みたいなものだと。俺は、ただ、父親のこととか、母のことを聞ければいいと思ったんだ」

「うん」

「俺が小さいときになにがあったのか。他の王子たちはどうしているのか。だから、話した。そしたら、俺が、現王を打つべきだと」

「そう言われたんだね」


 キャラヤも、タルクについてきっとその選択肢は常に頭にあったのだと思う。ダンさんが来て、それを実行に移せる絶好の機会が見いだせて。


「でも、やりたくないなら、そう言っていいんだよ」


 僕は、先ほどと同じ言葉を言った。今度は、タルクはわからないとは言わなかった。


「あったかいの飲んで、寝て、それから考えようか」

「……うん」


 静かな夜だった。本当に、静かな。

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