57羽 「がんばってきてね」②
「じつはテルク=ファル国内でヨータくんに師事したいと立候補者が相次ぎまして」
「ヴェルク=シーヴィでは内々の情報なのになんでそちらではおおっぴらになってるの」
「今こちらに向かっているのですよ。数日の内に着くと思います」
ブロムはなんだか家の者に話をつけていて、僕の家に滞在した。なんで家主の僕の意向は聞かれなかったの。途中でキャラヤとも話して来たみたいで、テルク=ファルから来る候補者たちも、僕が面接することになった。まあいいんだけどさ。
そして、数日後の真昼間、ハルシーピが飛んできて。
降りてきて、ゴーグルを外した人を見て、びっくりした。
「……おひさしぶりです。ミシム・ヴォルク、御許へまかりこしました」
「ヴォルク医務官!」
陸送騎乗用ハルシーピの病気の件で、ずっと最前線で闘っていた人だ。いただいたお手紙は大切に取ってある。最初の印象こそはそんなによくなかったものの、それは彼がとてもハルシーピについて誠実だったからだ。なつかしくて、僕は「お元気でしたか、みなさんどうされていますか?」と早口で聞いた。
「みな、元気です。たくさん手紙や贈り物を預かって来ました。クラグ・ドルテラン陛下からも、挨拶状を」
「陛下?」
僕が疑問の声をあげると、ブロムが「まあまあ、ここではなんですし、中で話しましょうか」と誘導した。僕の家なんだけど。
「けっきょく、ドルテランさんが王様になったってこと?」
「はい」
「そういうことです」
荷物をいろいろ運び込んでから、食堂のテーブルについてすぐに僕が確認のために尋ねると、すぐにふたりから肯定があった。
僕はびっくりしたと同時に、ほっとした。クラヴェル王子と、スラグヴォルさんの顔が思い浮かんだから。
「いろんな、婚約破棄されていた女の子たちは?」
「それぞれの元の婚約者と、再婚約しています。すべて元通りです」
「よかった!」
そんな、王様の遺言でぜんぶひっちゃかめっちゃかになるなんて理不尽だなって思っていたから、他人事ながら僕はほっとした。陸送騎乗用ハルシーピちゃんたちのその後も聞いたけれど、夏が終わって暑さが一段落したこともあって、状況はかなり改善されたとのことだった。細かいところまで報告してくれて、安心できたところで僕は尋ねた。
「で、ヴォルク医務官は、どうして来ちゃったの?」
将来を嘱望される人物だ。ハルシーピちゃんたちのために必要な人材のはずだ。ヴォルク医務官は口の端をぎゅっと結んで、椅子から立ち上がって右手を胸にあてた。
「今なら! 年が変わる前なら! まだ25です! 単騎で飛空用ハルシーピ騎乗ができるくらいに視力は良好です! 健康に問題ありませんし、なんなら自分でどうにかできます! どんな仕事もやる気があります! なので……お願いいたします!」
しん、と食堂内が静まり返った。ブロムはお茶を飲んでいる。僕はびっくりしてしまって、じっと緊張した表情のヴォルク医務官を見た。
なんか聞いたら、この世界では誕生日で年齢が変わるんじゃなくて、新しい年になったらみんな1歳増やすんだってさ。知らんかった。
「……えっと、本気? 僕の弟子になるため来たの?」
「はい! 草むしりでも使い走りでも、なんでもやります、やらせてください!」
……現役の動物のお医者さんに、初生雛鑑別師になってもらうって、どうなのよ。いいのかそれ。まあ、日本と違ってこちらでは、鑑別技術がそれほど重要であるということなんだけれども。
僕も立ち上がった。そして、ヴォルク医務官へ向けて右手を胸にあてて、笑った。
「あなたのその、無私の献身に敬意を表します。がんばりましょうね」
ブワッと、ヴォルク医務官が泣き出した。僕はあわてたけど、ブロムはお茶を味わいながら「一件落着ですねー。よかったよかった」とのんびり言った。
先にヴェルミトゥラへ行った三人の若者たちを追ってもらう形で、ヴォルク医務官にも向かってもらうことになった。ただ、受けいれ体制を整えるのに数日はかかりそう。その間、元気過ぎるレイパスの健康診断をしてもらって、元気だというお墨付きをもらったりした。
グラが、いつものようにタルクからの手紙を持ってくる。それによると、ダンさんと話し合って、なるべく年内にこちらへ移動してくるとのことだった。どうやってだよ。ダンさんまだ治ってないだろ、どう考えても。
そして、ヴォルク医務官を見送る日。
「……行って参ります」
「うん。気をつけて。ハッラさんご家族によろしく」
結局、新たな受けいれ先を探すんじゃなくて、ハッラさんのお家へお願いすることになった。ハッラさんが「もうひとり増えても問題ない」って言ってくれたからなんだけど。本当にだいじょうぶかな。ライラちゃんもヨルタくんもまだ小さいのにさ。奥さんのムルナさんがたいへんじゃないかな。いろいろ懸念はあったけれど、ヴォルク医務官はいい大人だし、一人暮らしが長くて自炊していたそうだから、お家の手伝いとかもしてくれそうだよね。
ヴォルク医務官が、馬車へ乗り込む前に、ちょっともじもじしながら「あの。鑑別師殿」と言った。
「なに?」
「あの、私は、ミシム・ヴォルクと申します」
「うん、知ってる」
「もう、医務官ではありません」
ちょっと意味を受け取り損ねたけれど、数拍後に理解した。
「――うん。そうだね。ミシム。僕のことはヨータと。これからもよろしく」
僕がそう言うと、ミシムは笑って「はい、よろしくお願いいたします。ヨータさん」と言った。






