56羽 「ねえ」②
ぼんやりとした気分でルムスと別れた。僕は、両手を縛られて看守に連れられて行く彼の背中をじっと見送った。ルムスは一度も振り返らなかった。
聞くべきことは聞いたと思う。思った以上に状況は深刻で、僕は頭が働かない。
肩に手を置かれてびくりとするまで、僕はだれもいない廊下を眺めていた。イムロが心配そうな表情で僕を見下ろしていて、僕はなにも覆えずになぜか「ごめん」とつぶやいた。
霜翼卿は、年明けにルムスの裁判が始まるって言っていた。
それまでに、なにができるだろう。
ヴェルミトゥラのドルツさんのお家へイムロといっしょに滞在する。奥さんがいらしてちょっと申し訳なかったから、すぐに空いている他のお家へ移るけれども。せっかく首都のヴェルンシーヴァに立派なお家をもらったのに、ぜんぜん住んでいないよな。管理してくれる人たちがいるので、長期間空けても問題ないけれども。
グラがタルクと僕の間を行ったり来たりして、情報伝達をしてくれている。紙よりも安価な獣皮紙を使って、まるで文通みたいだ。
僕は、ルムスから聞いたことを書いた。そして彼が、死にたがっているという、だれの目にも明らかなことも書いた。僕が抱いた言いようのない気持ちを共有できるのはタルクの他にいないと思ったから。僕は、タルクを親友だと思っている。
タルクから来た返事は、言葉がヘタなタルクらしかった。
『考える。』
ちょっと笑って、僕は「そうだね」と言った。
こちらの世界の司法がどうなっているのかわからなかったから、専門家に教えてもらうことになった。無事イムロといっしょに空き家へ移ってからドルツさん経由で紹介してもらったのは、諮問審議委員会に参加していた女性だった。イオ・マレべさん。
「おひさしぶりです。委員会についてお知りになりたいと聞きました」
「はい。僕は、審議にかけられる被疑者のルムス・ハルカの減刑を目指しています」
イムロが出してくれたお茶に「ありがとうございます」と言ってから、マレベさんは僕に向き直って「とても、難しいと思います」と端的に言った。
「まず、本人は罪を認めており、その後なにも語りません。自分の罪を軽くするようなことはなにも。ヴェルク=シーヴィでは、本人がなにも述べない場合、全面的に訴えを認めているとみなされます」
「心神喪失……本人が、心の病で語れない場合は?」
「それは、その場合は考慮されますが……彼は違うでしょう?」
僕は、しれっと芝居を打った。なんていうか、僕もいい性格してるんだなって、自分で思った。
「彼は直近で多くの親族を亡くした可能性があり、それでかなり塞ぎ込んでいます」
「……報告では、変わりなく過ごしていると上がっていますが」
「これは、近しい者にしかわからないです。彼は、なんでも笑顔で隠そうとするんです。本心や、抱えた痛みも」
マレベさんは僕をじっと見たあと、少し考えるような素振りで「では、医師を派遣しましょう」と言った。
「ムリだと思います。拒否するんじゃないかな」
「しかし、診療記録がない限り、病ゆえに証言できないという証明ができません」
「それ自体が、診療拒否自体が、もう大きな病を得ている証拠だと思います。だれだって、自分の命は惜しい。それなのに、自分を弁護しないなんて、おかしいでしょう?」
惜しんでいないけれど。
ルムスは、自分の命を惜しんでいないけれど。
僕は、生きていてほしいんだ。ルムスに。
それは、親しい人の死を経験したくないという、僕のわがままに過ぎないのは、わかっているけれど。
マレベさんは「おっしゃりたいことの要旨は、わかりました」と言った。それが、僕の願い通りに事が運ぶ言葉なのかは、判断できなかった。
僕は、タルクの下手っぴ言葉の手紙を見ながら、本当にたくさん考えた。
だから、結論は出ている。
「審議は、どのように行われるのでしょうか?」
「なされている訴えと証拠に基づいて、訴えを受けている者が自身で弁論します。それは口頭でも書面でもかまいません。それを審議官たちが精査し、真偽を判断します」
「その弁論を、本人ができないほどに病が深ければ?」
「……鑑別師殿。なにをおっしゃる気ですか」
マレベさんは、少し批難めいた強い視線で僕を見た。僕は、同じくらい目力を込めて見返した。
「彼の代わりに、弁論する者を立てたいのです」
「前例がないわけではありませんが、それは未成年や後見が必要な高齢者であった場合です」
「未成年や高齢者がそれを許されるのは、自分じゃできないからでしょう」
ヘリクツでもなんでもいい。でも正論だ。これが通らない道理なんかない。いや、通すよ。
じゃないと……死んじゃうんだから。
「もし本職の弁士が許されないのでしたら、僕が。鑑別師ヨータ・コガが、心神喪失のルムス・ハルカの代わりに審議の場に立ちます」






