最終話 Seem a Fleeting Dream
ステージ上では今、スタッフたちによってドラムセットやギターなどのアンプが設置され、着々とライブの準備が進められていた。
やがて全てのセッティングが整うと――
『お待たせしました。次は、市内のガールズバンド、“処刑エンド令嬢s”のみなさんによる演奏です』
案内所からのアナウンスが、スピーカーを通して商店街に響き渡る。
会場からパラパラとまばらな拍手が上がる中、ステージ裏から四人の少女が姿を現した。
四人とも身にまとっているのは、揃いのメイド服。
ただし、普通のメイド服とは少々……いや、かなり違っている。
ジェーン、駒、シャルロットの三人は、首元に血のように真っ赤に染まったチョーカーを身に着けている。
そしてジャンヌに至っては――。
メイド服そのものが、真っ赤だった。
これは、ジェーン、駒、シャルロットの三人が斬首刑を、そしてジャンヌが火刑を暗示したもの。
彼女たち自身が考え出した、“処刑エンド令嬢s”を象徴するファッションである。
そして、その狙いは見事に成功していた。
「なんだ、あの子たち?」
「あれ、バンド?」
「メイド服……?」
「一人だけ真っ赤なんだけど……」
観客だけではない。
通りを歩いていた人々までもが足を止め、ステージへと視線を向けている。
インパクトは十分だった。
四人はそれぞれの持ち場へと向かうと、楽器を手に取る。
ジェーンは愛用のギターを肩に掛け、チューニングを確認すると――。
ジャァァァンッ!!
全力で弦を掻き鳴らした。
続くように、駒のドラムが音を刻み、ジャンヌのベースが重低音を響かせ、シャルロットのキーボードがそれに重なる。
四つの楽器から放たれた重厚な音が、春の青空の下へと広がっていく。
少し変わったメイド服姿の少女たち。
その四人が奏でる、少しどころではなく重たい音楽。
それだけで充分なインパクトだった。
最初はまばらだった観客席が、通行人を引き込むようにして徐々に埋まっていく。
立ち止まる者。
スマートフォンを取り出す者。
友人に声を掛け、連れ立ってやって来る者。
気が付けば、ステージの前にはかなりの人だかりが出来ていた。
やがて、全てのセッティングを終える。
ジェーンが目の前のスタンドに掛けられたマイクへ手を添えた。
『皆さま、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます』
そう言って、メイドらしくスカートの裾を持ち上げながら一礼する。
それに合わせ、他の三人も一斉に頭を下げた。
『大半の方が初めてだと思いますので、自己紹介させていただきます』
ジェーンが顔を上げる。
『ワタクシたちは、かつて処刑された過去を持つメンバーによって結成されたバンド、“処刑エンド令嬢s”と申します』
――ありのままの事実である。
だが。
「……え?」
「処刑された?」
「何それ?」
「すごい斬新な設定!」
観客席から、どよめきと笑い声が起こった。
まあ、当然だろう。
現代日本の女子高生が、いきなり「かつて処刑された過去があります」などと言われても、信じられるはずがない。
ジェーンはそんな観客たちの反応を気にすることなく、堂々と名乗る。
『ワタクシはギターを担当しております――“九日間の女王”ことジェーン・グレイと申します』
深々と一礼。
続いて駒が立ち上がった。
『私が、ドラムを務めます――“奥州の才媛”、駒姫こと最上駒です』
こちらも深々と一礼する。
次にシャルロットがマイクの前へ。
『アタシが、キーボード担当の――“暗殺の天使”の二つ名を持つ、シャルロット・コルデーで〜す!』
元気よく手を振りながら名乗り、最後にぺこりと一礼。
そして最後に――。
ジャンヌが一歩前へ出た。
マイクを握りしめる。
『そしてワタシが、ベースボーカルを務めます――“オルレアンの乙女”でお馴染みのジャンヌ・ダルクです!』
声高らかに名乗った瞬間。
「おおおおおおおおっ!!」
客席から、一際大きな歓声が上がった。
「ジャンヌ・ダルク!?」
「本物!?」
「知ってる! ゲームにも出てる人!」
「すげえ!」
やはり知名度という点では、どうしてもジェーンたちよりジャンヌの方が上である。
その反応を聞いたジェーンは、ほんの少しだけ頬を膨らませた。
(……ちょっとジェラシーですわ)
しかし、そこは大人の対応。
すぐに営業スマイルへ戻る。
『本日は、ワタクシたちのオリジナル曲をお届けしたいと思います』
ジェーンは客席を見渡した。
『ご来場の方々は、どうかこの時間だけは足を止めて傾聴いただき、この後もお買い物や催し物を楽しんでくだされば幸いですわ』
しっかりとイベントのアピールも忘れない。
すると、駒もマイクを手に取った。
『地元の美味しいお野菜や果物が、たくさん並んでますよ』
「そうそう!」
「今日は安いよ!」
どこからか商店街の人々から声が飛んでくる。
シャルロットも負けじと続けた。
『フリマもやってるから、何か掘り出し物が見つかるかもしれませんよ〜』
「フリマ見てきた!」
「結構面白いよ!」
こちらにも反応が返ってくる。
そして最後にジャンヌ。
『あと、ひと息吐きたい時には、カフェ・レストラン“舞姫”がオススメです』
そこで一拍置いて。
『今日は休業してますけど、普段はワタシたちもバイトしてますので、是非お越しください!』
「今日は休みなのかよ!」
「てか、ただの宣伝じゃん!」
会場から、どっと笑いが沸き起こった。
四人も思わず笑う。
どうやら――。
掴みは完璧だ。
ジェーンは満足そうに微笑むと、再びマイクへ顔を近づけた。
『それでは、聴いてください』
すぅ……。
小さく息を吸う。
『“Seem a Fleating Dream”……』
一瞬。
会場が静まり返った。
そして――。
ドンッ!
駒のドラムがエイトビートを刻み始める。
それを皮切りに、ギター、ベース、キーボードが一斉に奏で出した。
♪
Warning! Warning! A Scary Wolf is Coming Soon
Hurry up and Hide Somewhere
断崖絶壁 孤立無援 このまま消えてしまおう
私のココロは壊れてしまいそう
現実世界は地獄よ オオカミよりもコワイ
LoserのDancing もっとRomantic Night
CoolなKissで染め上げるわ……
今宵 Parting これで最後よ
Seem a Fleeting Dream……
♪
音楽が進むにつれ、観客たちの身体が自然とリズムを刻み始める。
最初は様子を窺っていた者たちも、いつの間にかステージへと釘付けになっていた。
やがて曲が間奏へ入る。
客席は――総立ち。
会場のボルテージは、一気に頂点へと駆け上がっていく。
その時だった。
「ナデシコちゃ~~~~んッ!!」
ジェーンがギターソロを弾いている最中、客席から大きな声が飛んできた。
ジェーンがそちらへ目を向ける。
そこには、数人のクラスメイトの少女たちがいた。
みんな大きく手を振っている。
ジェーンは一瞬、目を丸くした。
そして――。
パチッ。
口元を上げると、彼女たちへ向かってウインクを飛ばした。
「きゃあああああっ!」
それだけで、クラスメイトたちは大喜びだ。
その反応に、ジェーンも大満足。
そして、ふと周囲を見渡した。
いるーー
八塚見が。
担任の那波が。
そして――両親も。
少し離れた場所には、薫子と『HY=Society』のメンバーたち。
ステージの裏には、セツナと神社の宮司の姿もある。
知っている顔。
知らない顔。
年齢も立場も違う。
今日、この場所で初めて彼女たちの音楽を聴いた人も大勢いる。
それでも――。
誰もが彼女たちの奏でる音楽に耳を傾け、そのリズムに身体を揺らしていた。
ジェーンはステージの上から、もう一度仲間たちへ視線を向ける。
駒が――。
ジャンヌが――。
シャルロットが――。
笑顔で応えてくれる。
ジェーンも笑った。
かつて、大衆の前で、その命を絶たれた少女たち。
人々の視線に晒されながら、逃げることも出来ず、その人生を終えた少女たち。
そんな四人が今は――。
大衆の前に立ち。
大衆の心を揺り動かす音楽を奏でている。
なんという皮肉だろう。
けれど――。
ジェーンは、そんな運命を嫌いではなかった。
むしろ。
最高に――面白いと思っていた。
♪
絡んだこの糸 まるで前世の罪
深くこの体 食い込んでゆくわ……
LoserのDancing もっとRomantic Night
CoolなKissで染め上げるわ……
今宵 Parting これで最後よ
Seem a Fleeting Dream……
WinnerのCrying きっとLonely Blue Night
誰を求め彷徨うの?
いつか Smiling 「また会いましょう」
Seem a Fleeting Dream……
Life is Just Seem a Fleeting Dream
Life is Just Seem a Fleeting Dream……
♪
最後の音が――。
青空へと溶けていく。
そして。
演奏が終了した。
シン……。
一瞬だけ。
会場が静まり返る。
四人が息を整える。
ジェーンが顔を上げる。
次の瞬間――。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
割れんばかりの拍手と歓声が、会場を包み込んだ。
「すげえええええ!」
「最高ーッ!」
「処刑エンド令嬢s!」
最初はまばらだった観客席。
それが今では、完全に埋め尽くされている。
座席だけでは足りず、周囲には大勢の立ち見客までひしめいていた。
ジェーンは、その光景を見つめる。
胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。
全力を尽くして演奏出来た。
そして、その演奏をたくさんの人たちが受け止めてくれた。
これ以上ないほどの満足感。
そして――高揚感。
ジェーンは隣を見る。
駒も。
ジャンヌも。
シャルロットも。
みんな同じ顔をしていた。
笑顔だ。
四人はステージの前へ移動し、一列に並ぶ。
そして――。
「ありがとうございました!!!!」
四人揃って、深々と頭を下げた。
その瞬間。
再び、会場中から大きな拍手が巻き起こった。
かつて処刑台で散った少女たちは――。
今、同じ大衆の前で。
歓声と拍手を、その身いっぱいに浴びていた。
それはきっと。
彼女たちが二度目の人生で掴み取った――最高の青春の証だった。




