第74話 処刑エンド令嬢は揺るがない
――四月下旬、週末。
晴天に恵まれた、穏やかな春の日。
この日、市内の商店街には、普段以上に多くの人々が集まっていた。
商店街の一角にある空き地には特設ステージが設けられ、周囲には屋台や出店が並んでいる。
家族連れ。
買い物に訪れた主婦。
友人同士で歩く若者。
そして、イベントを目当てに訪れた地元住民。
様々な人々が行き交い、商店街はいつも以上の活気に包まれていた。
「いやぁ、『雨で中止』やらにならんでよかったなぁ」
その特設ステージを見上げながら、細目の女性ーー天守セツナ。が笑う。
この商店街でメイド喫茶『舞姫』を営む女性であり、閉店中でもメイド服姿だった。
「それは、ワタクシたちの晴れ舞台ですもの。晴れて当然ですわ」
セツナの隣で、同じくメイド服を身にまとったジェーンが胸を張る。
その表情には、いつもの尊大な笑みが浮かんでいた。
「それに、あれだけ練習したんですから、やらない訳にはいきませんもんね」
ジェーンの後ろでは、駒もメイド服姿で微笑んでいる。
「きっと、神がワタシたちを見守ってくださっていることでしょう」
その隣では、ジャンヌが胸元の十字架を握りしめ、真剣な表情で祈りを捧げていた。
「こんだけの人がいるんだから、一人でも多くの人にアタシたちの存在を植え付けてやろうよ」
ジェーンの隣に立つシャルロットも、当然のようにメイド服姿だった。
周囲を見回しながら、やる気満々の表情で拳を握る。
「ええ意気込みやなぁ」
そんな四人を眺めながら、セツナが細い目をさらに細めた。
「こら、期待できそうや」
「ええ!」
ジェーンが勢いよく頷く。
「せっかくセツナさんと組合の理事長さんが用意してくださった舞台ですもの」
そして、特設ステージを見上げる。
その目には、強い決意が宿っていた。
「ド派手に暴れて、ここにいる方全員に忘れられない爪痕を刻んで差し上げますわ!」
「おお、言うねぇ」
シャルロットが楽しそうに笑う。
「そのくらいじゃないと、アタシたちらしくないよね」
「ふふっ」
駒も穏やかな笑みを浮かべる。
ジャンヌも力強く頷いた。
「全力で参りましょう」
「もちろんですわ!」
四人が気合を入れ直した、その時だった。
「あら。随分と余裕がおありですのね」
背後から、凛とした気品のある声が響いた。
ジェーンが振り返る。
「薫子さん……」
そこに立っていたのは、金髪の縦ロールを風になびかせた少女ーー姫神薫子だった。
いかにもお嬢様といった優雅な立ち姿。
その背後には、彼女と同じ『HY=Society』のメンバーたちも並んでいる。
「そう言うアナタこそ」
ジェーンは負けじと笑みを浮かべる。
「わざわざ見学だなんて、随分お暇ですのね」
「なっ……!」
薫子の表情が固まった。
「け、見学などではありませんわ!」
頬を僅かに紅潮させながら、声を張り上げる。
「敵陣視察ですわよッ!」
「はいはい」
シャルロットが苦笑する。
「あーあ、素直に『応援に来たよ』って言えばいいのに」
「な、何をおっしゃいますの!」
「ホント、薫子は意地っ張りだからなぁ」
『HY=Society』のメンバーが肩をすくめる。
「しかし」
その隣にいた、同じく『HY=Society』のメンバーである菊池が、静かに口を開く。
「そこがお嬢様の良いところでもあります」
「…………」
薫子が固まった。
完全に図星だったらしい。
「……こほん」
やがて、わざとらしい咳払いをひとつ。
照れを誤魔化すように、再びジェーンへ視線を向ける。
「今回は学園祭の時とは違いましてよ?」
薫子の視線が、周囲の人々へ向けられる。
そこには、ステージの存在に気付いている者もいれば、全く関心を示さず通り過ぎていく者もいた。
「いわばアウェーの舞台ですわ」
そして、試すような目をジェーンへ向ける。
「一般の通行人の足を止めさせるのは、容易ではありませんわよ?」
後ろにいる『HY=Society』のメンバーたちも、その言葉に同調するように頷いた。
「そうですわね……」
ジェーンはすぐには反論しなかった。
周囲を見渡す。
今日、この場にいる人々の多くは、四人のことを知らない。
自分たちのことを待っている観客がいるわけでもない。
ましてや、学校の文化祭のように、最初からライブを目当てに集まっているわけでもない。
ステージに立ったところで、誰も足を止めてくれない可能性だってある。
ジェーンは、それを十分に理解していた。
「……確かに」
静かに口を開く。
「何の関心も持たない方々の気を引くのが容易でないことは、ワタクシたちも重々承知ですわ」
それでも――
ジェーンの表情に、不安はなかった。
「ですが」
ゆっくりと顔を上げる。
「今日に向けて、やれることは全てやりました」
駒が頷く。
「はい」
ジャンヌも胸元の十字架から手を離した。
「ワタシたちは、もう準備を終えています」
シャルロットがニヤリと笑う。
「後はやるだけだね」
「ええ」
ジェーンは三人を見回す。
「ですから、まずはベストを尽くすこと。そして……何よりも、自分自身が楽しむことを心掛けますわ!」
力強い言葉だった。
以前のジェーンならば、もっと結果にこだわっていただろう。
失敗しないこと。
観客を満足させること。
完璧な演奏をすること。
それらを当然のように求めていた。
けれど、今は違う。
四人で音を奏でること。
ステージに立つこと。
そして、その瞬間を自分たち自身が楽しむこと。
それこそが、この四人にとって何より大切なものだった。
「……もう覚悟は出来ている、ということですわね」
薫子が静かに呟く。
ジェーンは、にっこりと微笑んだ。
「もちろんですわ」
「ならば――」
薫子も僅かに口元を緩める。
「ワタクシたちも、楽しみに拝聴させていただきますわ」
そう言い残すと、薫子は踵を返した。
『HY=Society』のメンバーたちも、その後に続く。
やがて、その姿が人混みの中へと消えていく。
「彼女らなりの激励やね」
セツナが、くすりと笑った。
「……ええ」
ジェーンも、その背中を見つめながら微笑む。
ステージ上では、イベントが着々と進行している。
市長と振興会理事長による挨拶。
ゲストとして招かれた芸人による漫才。
そして、地域の団体による活動発表。
様々な催しが行われ、そのたびに観客から拍手や笑い声が起きる。
四人は舞台袖から、その様子を眺めていた。
いよいよ――
自分たちの番が近づいている。
「そろそろ、出番ですわね」
ジェーンがステージを見上げる。
三人も頷いた。
「頑張ってな」
セツナが、四人を見つめる。
「那波ちゃんも見に来るって言うとったさかい、どっかで見てる思うで」
「那波先生も……」
小さくて頼りない先生。
だけど、これまでジェーンたちと多く関わり、時には四人を助けるヒントも与えてくれた。
ジェーンが周囲を見回す。
どこにいるのかは分からない。
けれど――
きっと、どこかで見てくれている。
「では――」
ジェーンが三人を見る。
「参りましょう」
「はい!」
「うん!」
「行きましょう!」
四人は大きく頷いた。
そして――
ステージへと続く階段を上る。
先頭を歩くジェーン。
その後ろに駒、ジャンヌ、シャルロット。
四人のメイド服が春風に揺れる。
ステージへ続く最後の一歩を踏み出す直前。
ジェーンは一度だけ、目を閉じた。
聞こえてくるのは、観客たちのざわめき。
まだ、自分たちを待っているわけではない人々の声。
それでも――
怖くはなかった。
むしろ、胸が高鳴っている。
この先に何が待っているのか。
誰が自分たちの演奏を聴いてくれるのか。
そして、自分たちは何を感じるのか。
何も分からない。
だからこそ、面白いのだ。
晴れ渡った春の空の下。
初めて立つ、完全なアウェーのステージへと、四人は踏み出した。




