第70話 普通のJKナデシコの日常⑥
「はぁぁぁぁぁ……」
帰宅して自室に入るとすぐに、ナデシコはベッドの上へとダイブした。
朝からずっと、あり得ないことの連続だった。
初めての高校登校。
自分が生徒会長だったという衝撃。
全校生徒の前での挨拶。
自分がバンドを組んでいたという、身に覚えのない事実。
そして、今日だけで三人もの少女から、以前から自分を知っているかのような言葉を掛けられた。
ナデシコにとっては、まさに激動の一日だった。
「今日は疲れたなぁ……」
ベッドの上で仰向けになりながら、自然とため息がこぼれる。
すると、今日一日の出来事が、再び頭の中で駆け巡り始めた。
『アナタ……もしかして、どこかで会ったことある?』
最初に浮かんだのは、トイレで出会ったサトコと呼ばれていたショートカットの少女。
『前にもこんなコト、ありませんでしたか?』
次に浮かんだのは、野球グラウンドで自分を助けてくれた、ポニーテールの少女。
そして。
『お前、どっかで会ったことないか?』
最後に浮かんだのは、金属バットを片手に男を追いかけていた、金髪碧眼の少女。
たった一日。
たったそれだけなのに。
三人の少女から、同じような言葉を掛けられる経験など、そうそうあるものではない。
しかも、その全員が初対面なのだから、なおさらだ。
「初対面……なのに、何で……」
ナデシコは天井を見つめながら、小さく呟く。
何かが引っ掛かる。
だけど、何も思い出せない。
喉元まで答えが出かかっているのに、あと一歩のところで引っ込んでしまうような、そんなもどかしさ。
それはまるで、心の中にぽっかりと穴が開いているような感覚。
そこに填まるはずのピースが、どうしても見当たらない。
ナデシコは、そんな感情にずっと苛まれていた。
そんな時だった。
不意に向けた視線の先に、一本のエレキギターがあることに気づく。
ギタースタンドに立て掛けられた、ワインレッド色の光沢を持つボディ。
神社で目を覚ました後、自室へ戻った時にも、真っ先にナデシコを驚かせたもののひとつだ。
これまで弾いたこともなければ、まともに触ったことすらない。
それなのに。
今の自分の部屋には、まるで以前からそこにあったかのように、一本のエレキギターが置かれている。
(もしかしたら……)
ナデシコは、おもむろに体を起こした。
ベッドから降りると、ゆっくりとギタースタンドの前まで歩いていく。
(もしかしたら、弾けるかも……)
そんなことを、不意に思った。
もちろん、ナデシコ自身にギターの演奏歴はない。
それどころか、音楽そのものにあまり興味を持ったことすらなかった。
だけど。
空白になっている一年間。
その間の自分が、本当にバンドをやっていたのなら。
今の自分にも、体が覚えているものがあるかもしれない。
そんな、ほんの少しの期待を抱きながら、ナデシコはギターへ手を伸ばす。
ストラップを肩に掛ける。
「重ッ!」
ずしりとのし掛かる重みに、思わず声が出た。
ナデシコは少しだけよろめきながらも、どうにかギターを抱え直す。
右手にピックを持ち、姿見の方へと体を向けた。
鏡の中には、派手なパーマヘアをした自分の姿が映っている。
そして、その胸元には、エレキギター。
「……」
何だか、それなりに様になっているようにも見えた。
少なくとも、見た目だけなら。
(いけるかも?)
ナデシコは少しだけ期待を抱いた。
左手で、適当に弦を押さえる。
それから、勢いよく。
ピックで弦を、上から下へと弾き下ろした。
「……」
べきょべきょべきょんっ!
部屋の中に、音楽とは程遠い不協和音が響き渡る。
「……」
ナデシコは、しばらく固まった。
(まあ、そりゃそうだよね)
すぐに弾けるわけがない。
音楽経験のない人間が、いきなりギターを弾けるようになるなど、そんな都合の良い話があるはずもなかった。
ナデシコは苦笑を漏らすと、ギターをそっとスタンドへ戻す。
「あ〜あ……」
そして、再び大きなため息を吐いた。
「何かアドバイスでもあればなぁ……」
そう呟きながら、ベッドへ向かって歩き出す。
と、その時だった。
(もしかしたら……)
ナデシコは、不意に何かを思い出したように足を止めた。
ゆっくりと、別の方向へ視線を向ける。
そこは、彼女の学習机だった。




