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第63話 処刑エンド令嬢、巣立ちのための最後の試練

 三月三十日――。


 タイムリミットまで、残された時間はあと一日。


 伊勢崎八幡神社《いせさきはちまんじんじゃ》のスタジオには、「処刑エンド令嬢s(レディース)」の四人が静かに佇んでいた。


 それぞれが自分の持ち場に立ち、楽器の前で最終確認を行っている。


 チューニング。軽い音出し。指慣らし。


 いつもなら何気なくこなす準備のはずだった。


 だが――今日は違う。


 空気が張り詰めている。


 弦を弾く小さな音ひとつ、スティックがリムに触れるかすかな音ひとつさえ、やけに大きく響いて感じられた。


 その緊張の中心にいるのは――ひとりの女性。


 スタジオの端に置かれた椅子に腰掛け、静かにこちらを見つめるセツナだった。


 細められた目。


 けれど、その奥に宿る視線は鋭く、真っ直ぐだ。


 逃げ場はない。


 誤魔化しも効かない。


 すべてを見透かされるような、そんな圧があった。


(これが……本当の意味で“聴かれる”ということですのね)


 ジェーンは胸の奥で小さく息を吐く。


 今日は、舞姫でのアルバイト最終日。


 そして――このスタジオを使える最後の日。


 だからこそ四人は、これまでのすべてを込めて、完成させたオリジナル曲「Seem a Fleeting Dream」を披露することを決めたのだ。


 セツナへ。


 師へ。


 恩人へ。


 その想いを、音にして届けるために。


「……ふぅ」


 ジェーンは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。


 視線を三人へ送る。


 駒(こま)、ジャンヌ、シャルロット。


 三人は、無言でうなずいた。


 その仕草だけで、すべてが伝わる。


 覚悟も、緊張も、そして――同じ方向を見ているという確信も。


 ジェーンは小さくうなずき返し、セツナへ向き直った。


「それではセツナさん。ワタクシたちが作ったオリジナル曲を聴いてくださいまし」


 声は、驚くほどよく通った。


 震えはない。


「えらい楽しみやわぁ」


 セツナは、いつも通り柔らかく微笑む。


 だが、その目だけは笑っていなかった。


 本気だ。


 本気で聴く気だ。


 ――ならば、こちらも本気で応えるしかない。


 これは披露ではない。


 勝負だ。


 駒(こま)が大きく息を吸う。


 胸が上下し、次の瞬間――


「ひ、ふ、み、よっ!」


 スティックが振り下ろされる。


 乾いたスネアの一打。


 続けざまにハイハットが刻まれる。


 速い。


 鋭い。


 迷いのないエイトビート。


 そのリズムはまるで、止まることを許さない鼓動のようにスタジオを駆け抜けた。


 すぐさま、ジャンヌのベースが応じる。


 低音が、地面を這うように響く。


 指で弦を弾くたび、重く、太く、しかし確実に前へ進む音。


 ドラムのビートにぴたりと寄り添いながら、曲の土台をがっしりと支えていく。


 同時に、シャルロットのキーボードが滑り込む。


 跳ねるようなフレーズ。


 スウィングするリズム感。


 メロコアの直線的な疾走感の中に、あえて差し込まれるジャズの揺らぎ。


 予測を裏切る和音。


 遊ぶように転がる旋律。


 だが決して浮いてはいない。


 むしろ、その“外し”が全体に独特の色を与えていた。


 そして――


 ジェーンのギターも同調する。


 鋭く、力強いカッティング。


 歪んだ音が空気を切り裂き、リズムに噛みつくように絡みつく。


 ストロークは荒々しく、それでいて正確だ。


 コードが連なり、旋律を押し上げる。


 四つの音が、ぶつかり、溶け合い、ひとつの流れになる。


 疾走。


 衝動。


 その中に潜む、どこか切なさを帯びたメロディー。


 Aメロが駆け抜ける。


 Bメロでわずかに影を落とし、


 そして――


 サビ。


 あの旋律が、解き放たれる。


 言葉と共に。


 想いと共に。


 四人のすべてを乗せて。


 音は止まらない。


 ただ前へ、前へと進み続ける。


 やがて――


 最後の一音。


 ジャーン、と余韻を残して、すべてが止まった。


 静寂。


 そして――


「ハァ……ハァ……」


 四人の荒い呼吸だけが、スタジオに満ちる。


 その沈黙を破ったのは、拍手だった。


 パチ、パチ、と。


 ゆっくりと、しかし確かな手応えを伴った音。


「この前まで、ろくに音も合わへんかったのに……ようここまで仕上げてきたなぁ」


 セツナが立ち上がる。


 その言葉には、はっきりとした感嘆が込められていた。


 ゆっくりと四人へ歩み寄る。


 まず視線を向けたのは、駒(こま)だった。


「ドラム、よう踏ん張っとった。あのテンポで走らんように抑えつつ、ちゃんと前に引っ張っとる。ええ支え方や」


 次にジャンヌへ。


「ベースもええな。低音がブレへんから、全体が安定しとる。音で“地面”作れてたで」


 そしてシャルロット。


「キーボード……あのジャズの入れ方、面白いことするやん。普通なら浮くとこやのに、ちゃんと曲に溶け込ませとる。センスあるわ」


 最後に、ジェーン。


「ギターもよう鳴っとった。勢い任せやのうて、ちゃんと他の音を聴いて絡めとる。バンドとして弾けとる証拠や」


 一人ひとりに向けられる言葉。


 そのすべてが、まっすぐだった。


 評価であり、認める言葉だった。


 次の瞬間――


 四人は、ほとんど同時に抱き合っていた。


「やりましたわ……!」


「ほんとに……!」


「報われました……!」


「はぁ……よかった……!」


 言葉にならない感情が溢れる。


 その余韻を胸に残したまま、四人はセツナの前に並んだ。


 ジェーンが一歩前に出る。


 そっと差し出したのは――鍵。


「これ、お返ししますわ」


 静かな声だった。


 だが、迷いはなかった。


 セツナは手を伸ばす。


 けれど――途中で止める。


「……ほんまに、ええの?」


 問いかける声は、どこか優しかった。


「四月のライブかてそうや。理事長も、いつでも枠空けて待っとる言うてたで」


 その言葉に、四人は顔を見合わせる。


 そして――


 ゆっくりと、首を横に振った。


「わたくしたちは、もう充分お世話になりました」


 ジェーンが言う。


 その声は、静かで、強い。


「どうか、この鍵は次にこの場所を必要とする方にお渡しくださいまし」


 決意だった。


 未来へ進むための。


 セツナはしばらく黙っていたが、


「……分かった」


 そう短く言い、鍵を受け取った。


「セツナさん!」


 シャルロットが一歩前に出る。


「今まで、本当にありがとうございました!!」


 四人は揃って、深く頭を下げた。


 セツナは目を細める。


「……礼言うんは、こっちや」


 声が、少し震えていた。


「ずっとな、この場所でバンド育てたい思うてたんや。せやけど、なかなか上手いこといかんでな……」


 一度、言葉を切る。


「せやけど、キミらが叶えてくれた。ほんまに……ありがとう」


 ぽろり、と。


 涙が落ちた。


「セツナさん!!」


 四人は堪えきれず、一斉に飛び込む。


 抱きつく。


 泣く。


 声を上げて。


 セツナはその背を、優しく叩いた。


「また弾きたなったら、いつでも戻ってきぃ」


 柔らかな声。


「バイトも、ずっと募集しとるさかいな」


「はい!!」


 四人は、ぐしゃぐしゃの顔で答える。


 その返事が、もう叶わないものだと知りながら。


 それでも――


 確かに、その言葉を胸に刻むように。


 強く、強く。


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