第62話 処刑エンド令嬢、オリジナル曲を仕上げる
ジェーンが榛名湖から持ち帰ったメロディーは、その日のセッションの中で何度も繰り返し演奏されるうちに、自然と曲の中心へと据えられていった。
最初はただの思いつきだった旋律。
だが四人で合わせてみると、それは驚くほど耳に残る力を持っていた。
やがて誰ともなく気付き始める。
――これは、サビだ。
それからの作業は早かった。
サビを基準にして、その前後に流れを作っていく。
Aメロをどうするか。
Bメロでどんな展開を作るか。
さらにCメロを入れるかどうか。
四人はそれぞれの楽器を手に、何度も音を重ねながらアイデアを出し合った。
リズムを変え、コードを変え、メロディーを少しずつ整えていく。
試行錯誤を繰り返すうちに、曲の輪郭はみるみる形になっていった。
やがて一通り演奏を終えたところで、シャルロットが鍵盤から手を離した。
「あとはイントロ、アウトロ、間奏を加えれば、『食レポの歌(仮)』は完成だね」
キーボードの前で椅子にもたれかかりながら言う。
ジャンヌはベースを軽く抱え直した。
「いい感じに仕上がってきましたね、『食レポの歌(仮)』」
指先で弦を軽く弾きながら、満足そうにうなずく。
その様子を見ていた駒も、ドラムスティックをくるくると回した。
「でも、思ったより早く完成しそうですね、『食レポの歌(仮)』」
三人の声はどこか弾んでいる。
曲作りがうまく進んでいることが、素直に嬉しいのだろう。
しかし――
ジェーンだけは、少しだけ複雑そうな顔をしていた。
「確かに、曲が形を成してゆくのは喜ばしいですが……」
腕を組みながらぽつりと呟く。
そして、わずかに肩をすくめた。
「いい加減、『食レポの歌(仮)』では格好がつきませんわ」
その言葉に、シャルロットが思わず笑う。
「ははは、そうだよねー。初めてのオリジナル曲が『食レポの歌(仮)』じゃあねー」
ジャンヌも苦笑する。
「これじゃ、ジェーンさんが食いしん坊なだけの歌ですからね」
二人の言葉に、ジェーンの頬がぷくりと膨らんだ。
明らかに不機嫌そうな顔である。
その空気を感じ取ったのか、駒が少し慌てたように手を挙げた。
「……あの!」
三人の視線が一斉に向く。
駒は少し照れくさそうに視線を泳がせながら続けた。
「私、詩を作ってみたんです。この曲の旋律に合わせて」
そう言って、鞄から一枚の紙を取り出す。
それをそっと差し出した。
ジェーンはすぐにそれを受け取った。
「まあ、それは是非とも拝見してみたいですわ」
三人が肩を寄せ合うようにして紙を覗き込む。
そこに書かれていたのは、駒らしい柔らかな言葉で綴られた詩だった。
繊細で、静かで、どこか儚さを感じさせる文体。
読み終えた三人は、自然と顔を見合わせた。
駒は不安そうに体をもじもじさせながら尋ねる。
「それで……どうでしょうか?」
ジャンヌは一度うなずいた。
「とても叙情的で、ステキな詩だと思います。ですが……」
そこまで言って言葉を止める。
代わりにシャルロットが口を開いた。
「ちょっと堅いかな、歌詞としては」
駒の表情が少し曇る。
「そう……ですか」
嬉しさと落ち込みが同時に押し寄せてきたのだろう。複雑そうな顔だった。
その様子を見て、ジェーンは紙を閉じた。
「確かに、このままでは歌詞として使うのは難しいですわね」
そう言って駒の前まで歩み寄る。
そして、うなだれた肩にそっと手を置いた。
「ですから、ワタクシたちも一緒に、この曲の歌詞となるように推敲しますわ」
優しく、しかし力強く言う。
駒はハッと顔を上げた。
三人は静かに微笑んでいる。
その笑顔を見た瞬間、駒の胸の中の不安はすっと軽くなった。
こうして四人は、曲作りと並行して作詞にも取りかかることになった。
もともと駒の書いた詩という下地がある。
それを基に、言葉を削り、並びを変え、メロディーに合う形へと整えていく。
週末ーー
四人はジェーンの家に集まり、夜通しでその作業を続けた。
言葉を一つ変えるだけで歌の印象は変わる。
だからこそ妥協は出来ない。
眠気と戦いながらも、四人は何度も歌詞を書き直した。
そして――
ついに完成する。
出来上がった詞は、人生の儚さに揺れながらも、それでも前を向いて生きようとする強さを歌ったものだった。
まるで今の彼女たちそのものを映したかのような歌だった。
完成した紙を掲げながら、ジェーンが呟く。
「儚い人生……『Seem a Fleeting Dream』。それが、この曲のタイトルですわ」
三人は顔を見合わせ、静かにうなずいた。
こうして、「処刑エンド令嬢s」にとって初めてとなるオリジナル曲のタイトルは決まった。
それから彼女たちは、この「Seem a Fleeting Dream」の編曲を何度も磨き続けた。
毎日のようにスタジオへ通う。
イントロを変える。
間奏を作り直す。
アウトロを伸ばす。
ほんの数秒のフレーズに何時間も費やすこともあった。
それでも誰一人として弱音を吐かなかった。
悔いの残らないように。
残された時間を、すべて使い切るために。
そして――
最後の演奏が終わる。
「ハァハァ……」
スタジオの中に、四人の荒い息遣いだけが残った。
ジェーンは額の汗を拭おうともせず、ゆっくりと顔を上げる。
「ついに……完成しましたわ」
その言葉には、確かな達成感が込められていた。
三人もまた、言葉を発さないままうなずく。
全力を出し切った後の、静かな充実感がそこにあった。
それは――
三月二十九日。
タイムリミットまで、あと数日のことだった。
処刑エンド令嬢s――
限られた時間の中で、四人が初めて本物の歌を完成させた瞬間だった。




