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第61話 処刑エンド令嬢、ゼロから生まれる奇跡のセッション

 翌週の放課後――。


 伊勢崎八幡神社《いせさきはちまんじんじゃ》のスタジオには、「処刑エンド令嬢s(レディース)」の四人が顔をそろえていた。


 先週末、セツナから与えられた助言――「いつもとは違うものに触れてみる」。


 その言葉を胸に、四人はそれぞれ作曲のヒントを求めて動いていた。今日は、その成果を持ち寄り、互いに披露する日である。


 スタジオの中央に立ったジェーンは、腕を組みながら三人を見回した。まるで会議の議長のような、どこか威厳めいた立ち姿だ。


「では最初に、駒(こま)から聞かせてもらいますわ」


 指名された駒(こま)は小さく息を整え、椅子から立ち上がる。


「はい」


 少し緊張しているのか、背筋がいつも以上に伸びている。両手を胸の前で軽く重ね、まるで発表会の壇上に立つような真面目な姿勢で語り始めた。


「私は、新しい物語に触れるために、先週末はずっと図書館にこもっていました」


 その言葉にジェーンは感心したようにうなずく。


「なるほど。駒(こま)は普段触れたことのないジャンルの本に挑戦したんですわね?」


 駒(こま)はこくりとうなずく。


 そして、期待のこもった視線を受けながら胸を張った。


「江戸川(えどがわ)乱歩(らんぽ)とコナン・ドイルです!」


 その瞳はきらきらと輝いている。どうやら読書体験そのものは、相当楽しかったらしい。


「そして、その成果のほどは?」


 問いかけられた駒(こま)は、誇らしげに答えた。


「推理眼が養われました!」


 その瞬間、スタジオの空気がほんの一瞬だけ静止する。


 誰もが、今の言葉の意味を頭の中で整理していた。


 そして次の瞬間――


「作曲と何も関係ありませんわッ!」


 ジェーンの鋭いツッコミが飛んだ。


 駒(こま)はその場でガクリと膝をつく。


「うう……結局、ミステリにハマっただけでしたぁ」


 肩を落とすその姿は、まるで捜査に失敗した新人探偵のようだった。


 ジェーンは小さく息を吐く。


「まあ、仕方ありませんわ」


 軽くそう言うと、次の人物へ視線を向ける。


「では次にジャンヌ。アナタはどうでしたの?」


 呼びかけを受け、ジャンヌはすっと立ち上がった。


「ワタシは、新しい文化に触れるため、先週末は剣道場に行ってました」


 凛とした声だった。


 その姿勢はどこか武人のようで、すでに武人の空気をまとっているようにも見える。


 ジェーンは感心したようにうなずく。


「なるほど。ジャンヌは日本文化に触れるために、武士道を学ぼうとしたのですわね」


 ジャンヌは静かにうなずくと、


「個と個がしのぎを削る刹那の美学の中で、ワタシの頭の中にひとつのメロディーが降りて来たのです!」


 瞳を爛々と輝かせながら、力強く語る。


 その言葉に、ジェーンの表情がぱっと明るくなった。


「素晴らしいですわ! それで、そのメロディーはどのようなものですの?」


 だがジャンヌは、少しばつが悪そうに頭をかき、


「すぐに面を打たれて、綺麗さっぱり忘れてしまいました」


 ぺろりと舌を出して言うのだった。


「オーマイガッ!」


 ジェーンは思わず天を仰ぐ。


 ジャンヌは苦笑しながら頭を撫でた。


「面て、防具着けてても痛いんですよ~」


 その言葉に、スタジオの空気が少し緩む。


 ジェーンは気を取り直すようにため息を吐くと、


「こうなったら――」


 最後の希望へと視線を向ける。


「シャルロット、アナタはどうでしたの?」


 最後の希望――シャルロットはゆっくりと立ち上がった。


「アタシは先週末、新しい音に触れるために、CDショップをはしごして視聴コーナーの曲を聴きまくったよ」


 自信満々の表情だった。


 ジェーンは納得したようにうなずく。


「なるほど、聴いたことのないジャンルの曲に触れることで、新しい発見を得ようとしたのですわね」


 シャルロットはニヤリと笑う。


「いろんな曲を聴き流して来たけど、特にジャズは刺激的で、良いインスピレーションを得られたよ」


 そう言うとキーボードの前に立った。


 指が軽やかに鍵盤を弾き始めた。


 流れてきたのは、どこか聞き覚えのある旋律。


「これは……」


 ジェーンが目を見開く。


 ジャンヌも驚いた声を漏らした。


「『神籬(ひもろぎ)』?」


 確かに聞き慣れた曲だ。


 だが、軽快に跳ねるリズムと独特の和音が加わり、まるで別の曲のような印象を与えていた。


「そう。ジャズアレンジしてみたんだ」


 シャルロットは得意げに言う。


 ジェーンは素直に感心した。


「素晴らしいですわ! それで、作曲の成果はいかほどですの?」


 その問いには答えず、


「別の曲も出来るよ」


 シャルロットは、さらに「Medium(ミディアム)」の別の曲をジャズアレンジで披露する。


 だがジェーンは、腕を組んだまま尋ねる。


「ええ。それで、作曲の方は?」


 度重なる問いに、シャルロットの指が止まる。


 そして、観念したように不協和音を鳴らしながら、


「既存の曲をジャズアレンジするのが楽しくて、作曲のこと忘れてたよ〜」


 メロディーに乗せて弁明するだった。


「まあ、それはそれでスゴいことだと思いますわよ」


 ジェーンは苦笑しながらも、フォローを入れる。


 そして、気を取り直すように小さく咳払いをすると、


「それでは、ワタクシの成果を発表されていただきますわ!」


 ジェーンは胸を張って前に出る。


 真打の登場に、三人の視線が一斉に集まる。


「ワタクシは、新しい世界に触れるべく、榛名湖(はるなこ)を訪れましたわ」


 その言葉に、三人の関心が高まる。


「そこは雪と氷に満ちた幻想的な風景で、見ているだけで心が洗われるようでした」


 そして、少し間を置いてから、


「そこでワタクシは、神の啓示を得たのです」


 そう言って、手帳を取り出す。


 三人の前で広げたページには――


『榛名湖の ワカサギを 天ぷらで食しますわ

アツアツの ハフハフで 美味ですわ』


 そう記されていた。


 三人はしばらく沈黙した。


「これは暗号文ですね。きっと、真犯人に繋がる手掛かりが隠されているはずです」


 やがて駒(こま)が真剣な顔で言う。


「いいえ、これはポエムですね。ジェーンさんの素直な心情がよく表れています」


 ジャンヌがすぐに反論する。


「いやいや。ただの食レポでしょ?」


 シャルロットは冷静にツッコむ。


 その瞬間――


「曲ですわよッ!!」


 ジェーンの叫びがスタジオ中に響いた。


「曲?」


 三人は一斉に首をかしげる。


「そうですわ。スマホを忘れて録音出来なかったので、言葉にしてずっと口ずさんでいたのですわ」


 ジェーンは胸を張る。


「なるほど。それで、どんなメロディーなんですか?」


 ジャンヌが身を乗り出す。


 その瞬間、ジェーンは一瞬言葉を詰まらせ、


「それが……途中で周囲の環境音に心乱されてしまい、結局忘れてしまいましたわ」


 申し訳なさそうに頭をかきながら、ぺろりと舌を出して言う。


「それじゃあ、ワタシと同じじゃないですか! なんで忘れちゃうんですか!」


 ジャンヌが叫ぶ。


 ジェーンは慌てて弁明する。


「仕方ないじゃありませんの! これでもずっと、忘れないように必死に口ずさんでましたのよ。♪榛名湖の〜 ワカサギを〜 天ぷらで食しますわ〜♪ って!」


 その瞬間、三人はが目を大きく見開く。


「ジェーンさん。今、なんて?」


 駒(こま)の問いに、ジェーンは首をかしげた。


「ですから! ♪榛名湖の〜 ワカサギを〜 天ぷらで食しますわ〜♪ って……」


 その瞬間、ジェーンも大きく目を見開き、


「思い出しましたわ~~~!!」


 弾けるような声で叫ぶ。


「ちょっと待ってね」


 シャルロットがすぐに、今の旋律を鍵盤で再現する。


 その旋律を耳にした瞬間、駒(こま)の目がぱっと輝いた。椅子から勢いよく立ち上がると、迷うことなくドラムセットの前へと向かう。


「私も」


 スティックを握ると、ためらいなくスネアを打つ。乾いた音がスタジオに弾け、続いてハイハットが軽やかなリズムを刻み始めた。シャルロットの旋律に寄り添うように、ビートがゆっくりと形を作っていく。


 そのリズムに呼応するように、ジャンヌもベースを手に取った。


「では、ワタシも」


 低く太い音が鳴る。指で弦を弾いた瞬間、腹の底に響くような低音がスタジオの空気を震わせた。メロディーとリズムの隙間を埋めるように、その音は静かに、しかし確かな存在感をもって広がっていく。


 残るひとり、ジェーンはその様子を一瞬だけ見渡した。


 三人の音がすでに流れ始めている。ならば、ここで自分が加わらない理由はない。


 ジェーンは壁に立て掛けてあったギターを手に取る。


「負けてられませんわ」


 ピックを握り、コードを鳴らす。


 乾いたストロークが空気を切り裂き、旋律の輪郭が一気にくっきりと浮かび上がった。


 ドラムのリズム。


 ベースの低音。


 キーボードの旋律。


 そこにギターが重なる。


 四人の音が、自然とひとつに溶け合った。


「♪榛名湖の〜 ワカサギを〜 天ぷらで食しますわ〜♪」


 こうして、忘れかけていたメロディーは再び甦り、「食レポの歌(仮)」は確かな合奏としてひとつの形を成したのであった。



 処刑エンド令嬢s(レディース)――

 ゼロから生み出された音が、四人でひとつの曲として響き始めた瞬間だった。


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