第58話 処刑エンド令嬢、意地悪な神様への挑発
教室を出た足で、ジェーンは伊勢崎八幡神社のスタジオへと向かった。
すでに三人にはチャットを送っている。
――今日、スタジオに集まっていただけますか?
既読は付いているが、返信はない。
スタジオの中は、静まり返っていた。
機材の並ぶ空間。
壁に貼られた吸音材。
使われないままのマイクスタンド。
ジェーンはひとり、中央に立つ。
このまま誰も来なければ、終わりを告げるまでもなく、バンドは空中分解してしまう――
そんな不安が、胸をかすめる。
――ガチャリ。
その時、扉がゆっくりと開いた。
伏目がちに入ってきたのは、シャルロットだった。
「シャルロット……」
ぽつりと名を呼ぶ。
それ以上、言葉は出ない。
けれど――来てくれた。
それだけで、胸の奥に小さな灯がともる。
シャルロットは無言のまま、スタジオの隅に置かれた椅子へと腰を下ろした。
二人の間には、微妙な距離がある。
――ガチャリ。
再び扉が開く。
おずおずと顔をのぞかせたのは、駒とジャンヌだった。
「駒。ジャンヌ」
それぞれの名を呼ぶ。
これでメンバーが全員そろった。
その事実に、ジェーンは胸の奥で小さく息をついた。
最悪の事態は避けられた――その安堵が、わずかに肩の力を抜かせる。
四人は、互いに少し距離を保ったまま椅子に腰を下ろした。
机も譜面台もない、ただの空間が、かえってその距離感を際立たせている。
言葉を切り出す者は誰もいない。
視線も交わらない。
それぞれが床や機材の方へと目を落とし、自分の胸の内にある迷いと向き合っていた。
スタジオの静寂は、音が無いというよりも、言葉にならない感情が満ちているがゆえの重さを帯びているようだった。
「みなさん、よく来てくださいました」
ジェーンは立ち上がる。
三人は目を伏せたまま、何も答えない。
「今日は、ワタクシの思いを伝えたく、こうして集まっていただきました」
それでも、ジェーンは深く息を吸いこみ、
「ワタクシは……タイムリミットとなる三月末日まで、この四人でバンドを続けたいと願っておりますわ」
胸に手を当て、三人を見回しながらただ率直な気持ちを述べる。
それは、強制でもお願いでもない。
偽りのない、自分の本心だ。
沈黙の中、シャルロットがゆっくりと顔を上げ、小さく口を開いた。
「どうせ居なくなるのに……バンドを続ける意味あんの?」
視線を床に落としたまま、わざと感情を削ぎ落としたような言葉だ。強がっているのは明らかだったが、その奥には拭いきれない不安と諦めが滲んでいる。
駒とジャンヌはうつむいたまま。
同じ思いを抱えているのかも知れない。
重苦しい空気が、スタジオを満たす。
「意味なら、大ありですわ!」
しかし、ジェーンはそんな空気を振り払うかのように、胸を張ってはっきりと言い切る。
三人の目が大きく見開かれる。
「生きとし生ける全てのものは、必ず死を迎えます。それは逃れられない宿命……。ですが、いずれ死ぬのだから生きる意味が無いと仰るのであれば、それはすでに死んでいるのと同じではありませんこと?」
淡々とした語り口。
だが、その瞳は揺るがない。
その言葉に何か感じるものがあったのか、三人は真剣な顔で考え込む。
「死刑宣告にも等しいタイムリミットを告げられ、冷静でいられるはずもありません。ですが、終わりの時は誰にでも訪れる。遅いか早いかの違いだけですわ」
ジェーンはゆっくりと口元を緩めた。その笑みは無理に作ったものではなく、迷いを受け入れたうえで前を向こうとする覚悟を含んだ、静かな強さを帯びていた。
「……ジェーンさんは、死を恐れてないのですか?」
駒の問いに、ジェーンは小さく首を横に振る。
「恐れていない訳ではありません。ですが、死を恐れるあまり何も出来なくなってしまうことの方を、ワタクシは恐れておりますわ」
三人は再び真剣な顔で考え込む。
「難しく考える必要なんてありませんわ」
そんな三人の悩みを払うように、
「笑顔で最後の時を迎えられるよう、残された時間を心ゆくまで楽しめばいいんですのよ!」
ジェーンは快活な口調で断言する。
「っ!!」
その瞬間、胸の奥に渦巻いていたモヤモヤとした黒い感情が、一気に霧散する。
一度死を経験した者だからこそ、その言葉には重みも説得力も感じられるのだった。
「……だから、バンドなんですね?」
ジャンヌの問いに、ジェーンは満面の笑みでうなずく。
「四月のライブには間に合いませんが、それでも『処刑エンド令嬢s』のオリジナル曲を完成させましょう。ワタクシたちの、青春の証明として!」
その力強い宣言に、三人は立ち上がってジェーンのもとへ駆け寄る。
「そう……だよね。ウジウジしてたら、後悔を抱えたまま元の時代に戻されちゃうんだもんね」
シャルロットは雑念を振り払うように首をぶんぶん振り、
「やろう、バンド! 作ろう、オリジナル曲!」
完全に吹っ切れた様子で同調する。
「四人で、最後まで青春しましょう!」
駒が拳を握る。
「ワタシは、神に与えられた使命を果たし、喜んでこの身を捧げるつもりでいました。でも……心の奥底で、別の感情も芽生え出したのです。自分の心の望むままに生きたい、と」
ジャンヌは胸の十字架を握りしめながら、
「ワタシは、最後までみなさんと共に居たい。それが、今のワタシの望みです!」
凛とした声で告げる。
ジェーンは三人を見回し、小さくうなずいた。
四人の熱が少し落ち着いたところで、空気は再び静かな真剣さを帯びた。
ジェーンはふっと表情を和らげる。
「あのお面の方が本当に神なのかは分かりませんが、願いを叶えてくださったことは事実ですから、感謝はしております」
その言葉に、三人も小さくうなずく。
あの存在をどう受け止めるべきかは分からない。
だが、願いが叶ったのは事実だ。
それでも――
ジェーンは胸に手を当て、わずかに声を強めた。
「宿主をーーナデシコさんを助けてあげたい思いも、当然ありますわ。ですが、その為の繋ぎとして選ばれた、ということだけが、どうにも納得がいきませんの!」
その本音に、空気がぴんと張る。
「情報の集合体だの、更新だの、人間はそんな無機質な記号じゃありません!」
駒が拳を握りしめ、珍しく感情を露わにする。
「そもそも、ワタシの知る神とはイメージが違い過ぎます。なんなんですか、あの奇天烈な格好は!」
ジャンヌも眉をひそめ、不満を口にする。
「そうだそうだ! 顔くらい見せろっつうの!」
シャルロットも拳を突き上げ、ヤジを飛ばすように叫ぶ。
その勢いに、思わず四人の間に小さな笑いが生まれる。
怒りと戸惑いと、それでもどこか吹っ切れた感情。
ジェーンは一歩前に出た。
「利用されるだけの人生なんて、まっぴらごめんですわ。ですから、こちらも精一杯精一杯を謳歌して、『繋ぎで選んでいただき、ありがとうですわ!』って、イヤミのひとつでも言って差し上げますわよ!!」
その堂々たる宣言に、笑い声がスタジオ中に弾けた。
不安も、恐怖も、怒りも――全部まとめて、今を生きる力に変えてしまえばいい。
終わりが決まっているのなら、その終わりまで全力で突っ走ればいい。
四人の視線が、自然と中央に集まる。
そこには、もう迷いはなかった。
処刑エンド令嬢s――
神に与えられた運命を受け入れるのではなく、笑って挑発する覚悟を決めた瞬間だった。




